彼氏持ち幼馴染とラブホにて、

板谷空炉

彼氏持ち幼馴染とラブホにて、

【一応警告】

 本作は、R15相当の性的表現であると捉えかねない表現を含んでおります。

 微妙なラインなので、性的表現がかなり苦手な方はここで、もしくはきついと思った時点でブラウザバックをお願い致します。また、十五歳未満の閲覧はあまり推奨しません。

 尚、価値観はあくまでも登場人物のものとなっております。




【本編】

 酔った勢いであれこれ、という話はよく耳にする。珍しくもないことだ。

 だけど俺はそれが嫌いだ。それに加え、ワンナイトで誇っている学生時代の同級生や会社の奴らも、正直嫌いだ。性別関係なく。

 勿論、それを誇っていない人々は嫌いじゃない。そして決して人間が嫌いなわけではないし、行為を否定するわけではない。むしろ、人間であるが故に性欲を満たすことについて、一人で行うか誰かと行うかの違いであることは認識している。その「誰かと」というものは、好いた人でなければ俺は抵抗がある、というだけだ。また、風俗に行っている人々や、そこで働いている人を否定するわけでもない。働いている人は生活のためだし、客のほうは浮気や不倫でなければ、もしくはパートナーの同意のうえで行っているのなら俺がとやかく言うことではない。事情は人それぞれだ。

 つまり、「仕事でも手順を踏んだ愛でもないのに関係を持つ」人々が嫌いだ。

 「据え膳食わぬは男の恥」とは言うが、「だから何だ」と言いたい。

 そして今、どう逃れようかと考えている。


「本当に大丈夫なのか……?」

 ラブホテルのダブルベッドに押し倒す形になりつつも、俺は幼馴染のつぼみに問いかけた。

「良いよ、どうせ私なんかに価値はないから。それなら最期くらい、誰かの役に立って、それでいて人間としての何かを感じてから死にたい」

 つぼみは涙を流しながら、この世の全てを諦めたような目をして言った。綺麗な長い黒髪やワンピースが乱れても気にしておらず、本当に生への執着は無いようだった。

「……」

 俺は、何も返せなかった。



 そもそもどうしてこうなったのか。

 つぼみは会社の帰り道に、彼氏が別の女性とホテルに行くのを目撃してしまったらしい。そこで、週末だということもあり、ヤケ酒目的で居酒屋に寄った。そこで、特に理由もなく一人呑みしていた俺と同窓会ぶりの、三年振りの再会を果たした。

 カウンター席に横並びで座り、酒を飲みながら彼女の話を詳しく聞いた。つぼみは今年、二十八歳になってから初めて彼氏ができたらしく、まだそういった展開になったことが無いらしい。そりゃあ、初めての彼氏に浮気されたのはきついものがある。加えて、会社で本日大きなミスをしてしまい、かなりメンタルに来ていたことも聞いた。クリスマス前であることも相まって、彼女の精神的ダメージは図り切れない。

 連続して大きなダメージがきたら、そりゃあ自暴自棄になるのも分かる。

 だからこそ、泣いている彼女の「お願い」は断る理由がなかった。でも「お願い」の内容については知らされていなかったから、これは非常事態であり急展開だった。ホテルの前に連れてこられた時に俺は逃げようとしたが、つぼみの馬鹿力で無理やりここまで連れてこられ、靴と鞄と上着を脱がされ、腕を引っ張られ、つぼみをベッドに押し倒すような形になった。それが今だ。

 この体勢になっている中、三年前に行われた高校の同窓会を思い出した。

 「まだ彼氏できない! いったい何が悪いのかな?」と酒を飲みながら俺に言っていたつぼみ。そうは言いつつも相手のことを思いやる姿も、他の同窓生の話を真摯に聞く姿も、それでいて綺麗な長い黒髪も美しい瞳も、ずっと変わらず大好き。

 何でも話せる関係でも、彼女に想いを伝えることだけは出来なかった。だから小学校時代からずるずると片思いしながら、その日も思いを告げることは無かった。

 もしも君に同窓会で「好きだ」と言えていたのなら、それでいて付き合うことができていたのなら。今日、君が悲しんで自暴自棄になる世界線はなかったのかもしれない。


 ああ、俺はどうしてこんなにも馬鹿なのだろうか──


「淳一」

 目の前の美しい人が、優しい声で俺の名を呼ぶ。

「どうして? 淳一も泣くことないのに」

「え……?」

 気付いたときには頬を雫が伝い、俺の涙がつぼみに落ちていたようだった。だけど視界は悪く、つぼみのどこに涙が落ちたのかも、今つぼみがどんな表情をしているのかも分からなかった。

「ねえ、淳一」

 つぼみが袖で俺の涙を拭き、ようやく目の前がはっきりと見えた。視界に映った彼女はまだ泣いていたが、表情は先程よりも和らいでおり、俺は少しだけ安堵した。

「これが、最初で最後。だから、淳一の好きにしていいんだよ」

 つぼみはそう言うと、更に俺の腕をぐっと引っ張った。そして、図らずも彼女と口付けを交わした。

 温かくて柔らかく、それでいて涙の味がした。

 嬉しさと欲が高まると共に、罪悪感が更に強まった。

「……っ、~~!」

「……!?」

 驚いた、つぼみが更に深い口付けをしてきたからだ。だけど慣れない中必死になっている彼女の姿が、薄目を開けても伝わってきた。とても可愛く美しく、愛しい。

 口の中が、お互いの唾液と涙で広がる。愛し合う場所で、それが混ざり合う音が響く。

「──っ……はあっ……。」

 つぼみには彼氏がいるのに。こんなことで嬉しくならないでくれ。

 キスを終えたつぼみは、目がかなりトロンとしていた。

「淳一……!」

「え」

 彼女の姿に目を奪われていたせいで気を抜いてしまい、今度はベッドに押し倒された。さすがにここまでは予想していなかった。

「抵抗あるもんね。彼氏に浮気された幼馴染と行為するなんて」

 そうだ、仕事でも手順を踏んだ愛でもないのに関係を持つのは嫌だ。

 でも今は、つぼみ相手。

 つぼみとこのような展開を期待したことは過去に何遍もあるし、一線を越える妄想もした。それによって、自分の欲を吐き出したことも数えきれない。何なら今、この状況を理解しながらも興奮してしまっている自分もここにいる。

「でも私は価値がないの。ずっと彼氏いなかったし、抱かれたこともない。なら最期くらい、一回くらい、満たされて愛されてから死にたい!」

 つぼみは嗚咽をあげながら叫んだあと、ワンピースを脱いで下着姿になった。彼女の肌は白く、とても柔らかそうだった。

「お願い淳一、私とセックスしてよ……」

 長年片思いしていた人とキスしたり、押し倒されるような姿勢になったり、ひとつになりそうなのは嬉しい。そして彼女の姿は、この二十年以上で一番綺麗だ。

 〝据え膳食わぬは男の恥〟、今なら解る気がする。このチャンスを逃したらもう、彼女を繋ぎ留められる瞬間は二度とやって来ないだろう。


 抱きたい。

 気が変わってもしも君が生きてくれるのなら、満足するまで抱きたい。

 抱いて抱いて何度も交わって、俺のものになってほしい。

 それで君がいてくれるなら、プライドなんていらない。


『でもさあ、初めては付き合った彼氏とがいいな。拗らせてるとか言われても、やぱり夢見ちゃうよ』

 ──急に、三年前の同窓会のことを思い出した。周りは酔って俺らの会話なんて聞いていない。そのおかげでこんな会話もできてしまっていた。

『だからさお願い。淳一、もしもいつか私の気が変になって〝抱いて〟とか言ったなら──』


 思い出せた。ありがとう、つぼみ。


「ごめん、やっぱり俺にはできない。もう少しだけ、自分のことを大事にしてほしい」

 ここで止めるのが精一杯だった。

 彼女との約束を果たせる理性が残っている間に。

 一線を越え、理性の歯車が狂って崩壊する前に。



☆ 

 あの後。自分の理性を抑え込むように更につぼみを抱きしめて、泣いている彼女を宥めた。だんだんとつぼみも冷静になり安心したのか、今はベッドで眠っている。

 自分も寝落ちていたためスマホの時計を見ると、ちょうど日付が変わった頃だった。

 こんな場所に男女二人でいるが、俗に言う「一線は越えて」ない。キスはされたが、それ以上はギリギリない。だから俺は服をしっかり着ているしつぼみにも着せた。事後の余韻などこの部屋には存在しない。

 二人の間にあるのは、越えそうになった友情。

 手を出していないとは言え、もう戻ることは出来なさそうだ。

 もしも、つぼみの目が覚めて彼氏と別れたら、今度は恋人として君の横で歩きたい。

 そんなことを寝起きの頭で考えながら、つぼみの額にキスをした。

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