第4話 雪の中の公園

「……リオ、公園に行く?」


 ユミカちゃんからの突然の提案に、思わず首を傾げた。顔がくっついてしまいそうなほど近い距離にあるユミカちゃんの顔。お互いの息が触れる。


「どうして、公園?」


 ユミカちゃんは、聞かれると思っていなかったようで数回瞬きを繰り返す。薄い水の膜を張る、大きな黒い瞳に吸い込まれてしまいそうだ。


 「公園しかないでしょ!」


 ユミカちゃんは、私の手をとりエスコートをするように公園へ連れて行く。いつものユミカちゃんではなくて、なんだかくすぐったさを感じる。ユミカちゃんの滑らかな手が、私の手を包むようにそっと握る。


(手を握るのだって、ぎゅっと抱きしめるのだって…… いつものことなのに。なんでこんなに、ふわふわするんだろう)


 地面に足がつかないほどふわりと浮いている感覚に、離れないでと握る手にぎゅっと力を込めた。同じ強さでユミカちゃんは、握り返してくれた。それがなんだか、 “私は離れないよ” と返事をしてくれているように感じる。

 ひらりと冷たい雪が、繋いだ手の上に落ちて熱で溶ける。

 私の手の甲を、ユミカちゃんが親指でするりとなぞる。その指の動きに、ぶわっと頬に熱が集まってくる。隣にいるユミカちゃんが少し余裕そうで、それがまた恥ずかしさを高めていく。

 少し視線を逸らそうと、ユミカちゃんと反対側を向く。


 ジャリジャリと、人に踏まれて固くなった雪を踏み締めて歩いている。


「どうしてそっち向いちゃうの?」


 口をモゴモゴとさせて、言葉を濁した。瞳だけをふいっと動かして、こちらを見つめるユミカちゃんと視線が絡み合う。デクレッシェンドをして、後半は蚊のなく音になる。


「だって…… ユミカちゃん、さっきと違って凄く落ち着いてるから」


「え〜? そんなことないよ?」

 

 そう言って繋いでいる私の手を自分の胸に当てた。手のひらからは、早く打つ心臓の音が聞こえてくる。


「わっ! ちょっと、ユミカちゃん! 分かった、分かったから! 手を……離してぇ」


 サッと手を離されて、ふふふっとユミカちゃんが笑う。


「ね、同じでしょ? ちょっと、意識した?」


「し、してないもん!」


 おでこまで赤くなるほど、先ほど以上の顔の熱さを感じた。視線を泳がせて、捕まえられた顔を逸らす。その視線の先には、目指していた公園が目に留まる。ぐるぐると思考回路が巡っていて、もうそこまで来ていたことに気が付かなかった。


 そこは、誰の足跡も付けられていない真っ白なキャンバスだった。先ほどまでの固い質感とは違い、柔らかい降り始めのサクリとした質感の雪。

 上からは、山楂飴のような赤い色の太陽の光が注がれている。真っ白の雪と太陽の赤い光のコントラストが視界をチカチカとさせる。

 奥でたらんと垂れるブランコ。


 

「ブランコ、懐かしいねっ」


 スキップをするように軽やかな足取りでブランコに足を進める。後ろから、笑い声をさせながらユミカちゃんがついてくる。

 

 軽く積もった雪をサッと払って、ブランコに座って揺らす。ユミカちゃんは、隣のブランコではなくて私の目の前に立った。軽く揺らしたブランコを足を地面に乗せて、止めると私の顔に目を閉じて近づけてきたので慌てて目を閉じ緊張して心臓が高鳴った。


 焦っていると私のおでこにぴたりとおでこを合わせられる。それは温もりと、肌が触れている感触と優しい香りが漂い胸がキュンとしてしまった。抱きしめ合う温もりとは違い素肌が直接触れ合う温もりは心も温かくしてくれた。

 

 ユミカちゃんの息遣いを感じていると背中に腕を回されて、抱きしめられた。ユミカちゃんは、私の輪郭をなぞるように強く抱き込んで頬を擦り寄せる。

 言葉にならないぐらい “好きだよ” と、その頬から伝わってくるように感じる。



 頬から伝わる熱がくすぐったく感じ、思わず笑ってしまう。


「ユミカちゃん、だぁいすき!」


 ユミカちゃんの大きな瞳が水分を多く含み、揺れ動く。その瞳の中に映る自分の姿が、揺れ動き波を打つ。


 頬に添えられた手が、微かに揺れる。ゆっくりと近づく顔に私も自然と瞼が落ちていく。ユミカちゃんの柔らかい唇が重ねられる。


 一瞬、ふわっと優しい香りとともに温かさを唇に感じた。

 離れていく温もりに、寂しさを覚えてぎゅっとユミカちゃんの服の裾を握る。ぎゅっと閉じた瞳にうるりと水分が溜まる。


「もう一回、して?」


 私から言われると思っていなかったようで、ユミカちゃんは大きな瞳をさらに大きく開いて驚いている。呼吸とともに薄く開いた、薄い桃色の唇に目を奪われる。


「もう一回だけ?」


 ユミカちゃんの滑らかな肌が、艶めいていてほんのりと染めた頬に私は手を伸ばす。肌から伝わる熱が伝わり、熱でまわりの雪を溶かしていってしまいそうだ。


 天華のように、雪の花が地面で咲き誇っている。一面の雪の花は、ふわりと風で撫でられたんぽぽの綿毛のように宙を舞う。舞い踊るように宙を漂う。


「……好きにしてっ」


 ユミカちゃんは自分の長い綺麗な髪を耳にかけて、優しく微笑む。手の甲で頬を撫で耳から首筋をなぞられ、ぴくりと跳ねる。

 私の反応を見て、ユミカちゃんはくすくすと笑っている。ユミカの人差し指がおでこからツゥっと鼻へ鼻から唇へ流れる動きで、私の顔をなぞる。


「好きにしてって言う割に、この反応だもんなぁ」

 

 ちょっと馬鹿にされたようで、むっとなってブランコから立ちあがった。そして、少し背伸びをして軽くユミカちゃんの唇にキスをした。


 ユミカちゃんに、ぎゅっと抱きしめられた。


「……大好き!」


 そう言って、ユミカちゃんの顔が再度近づいてくる。ユミカちゃんの温もりを全身で感じて、お互いの熱が溶け合うような感じがする。


 真っ白な空間に二人きり。この世界には、私とユミカちゃんだけと勘違いをしてしまいそうになる。


(隙間なく、ユミカちゃんで埋めて欲しい)


 ぴったりと吸い付くように肌を寄せた。近い距で視線が絡み、どちらからともなく笑みが溢れた。


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雪の中で鳴り響く鈴の音 みみっく @mimikku666

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