闇の旅商人と笛吹の少年

千織

旅商人レバンジ

 異界とつながる穴がそこら中に開いていた時代。村や街の外には奇妙な生物が我が物顔で歩いていた。人々は彼らに侵入されないように結界を張り、まじないやお守りを持ち歩いた。


 とある大きな街に、アマウという権力者がいた。彼にはお気に入りの少年楽師がいた。その美しい笛吹の名はジュカ。アマウは毎晩、彼の笛を聴きながら書を読むのが好きだった。


 ある時から、ジュカは耳の聞こえが悪くなっていった。アマウは街で手に入るあらゆる薬を試したが、ジュカの難聴が良くなる気配はない。ほとほと困っていた時に、旅商人がやってきた。名はレバンジと言った。


「わかりました、良い薬が作れないかやってみましょう」


 と、レバンジは言った。彼がジュカの笛を聴きたがったので、ジュカは一曲演奏した。アマウの好きな、月夜の曲。満月の静かな輝き、子どもたちの寝息、空気が冷えて沈んでいく様をうたっている。


 レバンジは笛の音に感動して、なんとかしてあげましょう!と意気込んで街の外へ駆けていった。



 レバンジは、街の外にいる異形の巨人を見かけると、自分の腕を鋭い鞭に変形させて、あっという間に巨人の首をはねた。さらによろけた巨人の両腕を切り落とし、胴体も真っ二つにした。


 そこから巨人の太ももを切り裂いて、骨を取り出し、洗い、削り、穴を開け、磨いて、横笛を作った。



♢♢♢



 レバンジが屋敷を飛び出してから一週間が経ち、ジュカの聴力はますます悪くなっていった。もう、よっぽど耳の近くで話さなくては聴こえない。もっとも、アマウがジュカの耳元で囁くのは今に始まったことではないが。



 レバンジが屋敷にやってきて、不気味な笛を差し出した。明らかに骨だが、人間のより太く、長い。


「吹いてみてください。きっと気に入ると思いますよ」


 レバンジは屈託のない笑顔で言う。


 ジュカは恐る恐る笛を手にした。手を添えると、驚くほど手に馴染む。まるで自分の手形を元に削られたかのようだ。笛を口元に当てると、こちらもぴたりとおさまる。息を吹き込めば、軽さも柔らかさも、厳しさも憂鬱さも自在に表現できた。


 何より、音がはっきり聴こえた。ジュカがそれらのことについてアマウに伝えると、アマウはレバンジに訊いた。


「一体どういうことなのだ。私には全くわからないが、ジュカにとって素晴らしい笛らしい。だが、ジュカの耳が良くなっているわけではなかろう?」


「おっしゃる通りで。その笛は異形から作りました。その音がはっきり聴こえるなら、ジュカ殿の耳が悪くなったのは病気ではありません。呪いです」


 アマウとジュカは驚いた。


「心当たりがおありで?」


 とレバンジは訊いた。


「……私には複数の妻がいるのだが、彼女らは私がジュカとばかり一緒にいるのが不満なのだ。呪いをかけるほど憎んでいるとは思わなかったが」


「そうですか。アマウ様はこの笛の音をどう思いますか?」


「いや、それが、ほぼ聴こえないのだ。スカスカと息が漏れる音ばかりで」


「それが普通です。その笛は呪われた者と呪いをかけた者にしか聴こえません。だから、奥方の皆様にこっそり聴かせて、犯人を見つければよいのです」


 アマウはなるほど、と合点して、早速そのようにした。



♢♢♢



 一週間後、ジュカの聞こえは元に戻った。レバンジが代金を取りに屋敷に来た。


「第二の妻が犯人であった。問い詰めると素直に白状して、反省をしているようだから、ジュカも許すというので万事丸く収まったよ」


 アマウは機嫌よく言った。


「それは良かったです。処刑するようなら、遺体を買わせていただこうと思っていましたが」


「冗談がきついな。まず、感謝している。笛は買い取るし、解決金も支払おう」


 アマウは十分な金額をレバンジに渡した。


「買ってもらえるのは嬉しいですが、耳が聞こえるようになったら、あの笛は不要なのでは?」


「ジュカがあの笛の音色をたいそう気に入って、呪いがなくても聴くことはできないかと勉強しているのだよ。レバンジ殿から、笛の作り方を学ぶことはできないのかね?」


「それはいくらなんでも秘密でして。まあ、あの華奢なジュカ殿が異形退治はやらないと思いますが、特殊なものなのであまり欲はかかない方が身のためですよ」


 レバンジはそう言い残して、街を去っていった。



♢♢♢



 あれから、ジュカは様々な長さの笛を作り、それぞれの笛の響きが生きる曲を作った。単独の演奏では奏でられない、複雑な旋律の重なり。低い音から高い音まで広がった音域。ジュカは楽団を作り、素晴らしい曲を生み出し続け、奏でた。


「これらの曲は、耳の聞こえが悪い人でも聴きやすいんです。自分が難聴になって初めて気づきました」


 ジュカが恥ずかしそうにそう言った。

 ジュカの清らかさに、二人の愛はますます深まったという。



(完)

同じ世界観のお話はこちら

https://kakuyomu.jp/works/16818093083321413728/episodes/16818093083321425563

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