第20話 王の番③(side:カリマ)




 竜王自分に噛みつく小娘の自己顕示欲の強さは父親とそっくりだなと、カリマは頭の片隅で思う。

 その上で他者、特に自分の兄を持ち上げる言動には敏感に反応し、必ず蔑める言葉を発する。


(……双子だから我が番と同体だと? ふん、同じ時に生まれたとてどこもというのに愚かなことだ。そもそも誰かと比べている時点で自分の方が劣っていると気づかないか?)


 それに気づけば頭が良いことになるなと思いながら小犬のようにキャンキャンと叫ぶ様へ冷めた目を向けて、さっさと喚き疲れてしまえばいいのにと内心で溜息を零す。

 一つ一つに否定していく予定であったが、癇癪を起こす小娘が言っているのは大まかに二つだ。

 ーーースリジエより自分の方が王族として教育を受けているから凄い。

 ーーースリジエが竜王の番であるわけがない。

 仕様もない訴えと甲高い声に苛まされる頭痛と湧く憤りを抑えながらカリマ答える。


「貴様が貴様の言う人物ならば、とっくに大国の王妃になっているだろうにな?」


(まぁもっとも『番』というのは外面だけで判断するものでもないが……ハレムを好む獣人なら関係なく外面用として手元に置くかもな)


 そう思いつつ、別のことを言葉にしながら鼻であしらって見せれば、小娘は枷を嵌められながらも全身で暴れ反抗する。

 弱い人間のやることとはいえ、取り押さえる獣人が大変そうだ。押さえることはだが人間は非力なので力を入れ間違えるとすぐに壊れてしまうから。

 しかしカリマが言った台詞は単に揶揄したものだったが、なぜか今回のは小娘の目の色がガラリと変わった。


「……小娘が勝手に陛下の言葉を自ら深読みし、自傷したのでしょう」


 カリマの疑問が顔に出ていたか、セリオンが小声で伝えてくる。


「自傷?」

「ええ。それだけ素晴らしい王女であるなら早くに竜王陛下の番として選ばれているだろうと」

「おい」


 ナトゥラル皇国は確かに大国ではあるが。


「俺はスリジエだけで十分だ」

「ええ、大抵の者はそうです。ですがそれが人間には分からない」


 不快感から眉を顰めるカリマにセリオンは溜息を吐きながらそんなことを言う。

 確かに番が分からない人間は自身の価値を上げることで強者に選ばれようと必死になるらしいが、ことこの小娘の場合は思い違いが強すぎるだけ。ーーー自らに価値が無いと本当は

 カリマとセリオンがそんなやりとりをしている間も小娘はブツブツと呟いている。


「間違い、間違いなのよ……もうっ。こんなことならあんな奴、道中遊ばせてないでさっさと消せば……っ」

「貴様は本当に学習しないな?」


 皆まで言わせずカッと目を見開き、殺意が爆発的に噴き上がる。

 陛下、と背後からやや焦りを含んだ止める声が聞こえたが、当然無視だ。

 立ち上がったカリマの瞳孔はまだ縦に割れたままであり放つ気配は獰猛なことを隠さずにいるから、人間でもある小娘にとって大層恐ろしいことだろう。

 それを正面まともに浴びて、直視できず俯く小娘の髪を無造作に掴み上げれば、案の定顔面蒼白で唇を震わせており、カリマはその顔へぐっと近づく。


「番を害せば殺す。何度言えばその頭は理解する?」

「……ちが、ちがう。あいつは私より劣るんだもの、ちがう、ちがう」

「何が違う? はっ、誰かと比べて劣るのはどれもお前だ。いまだ自分が置かれた状況を把握せず、我が番のせいばかりして。言ったろう? お前の命は我が番が乞うたからまだここにあるのだ」


 恐怖に駆られても壊れた玩具のようにスリジエを貶める小娘へ、カリマは空いた人差し指の爪を長く尖らせその爪先を白く細い首へ当てる。

 爪先がぷつりと小さな赤色を作った。


「貴様がどう思おうと、我らは番を本能による直感で探し当てる。同じ時に生まれたや顔が似ている程度で勘違いするなど絶対に無いし、例え極悪な者でも番と定めたなら貴様のように心移ろうことも無い」

「に、人間には、そんなの、分からない、分からないわっ」

「そうだ、だから貴様は愚かなのだ。番関係を知らずに、ただ自分の欲のためだけに動いて、結果番を壊した」


(もうあの狼獣人と添い遂げることはだ)


 カリマはニヤリと笑う。


「スリジエは俺が番と名乗り出ても、貴様のように飛びつくことはしなかったぞ。本当に思慮深い……貴様と違ってな」


 その瞬間、スリジエに似ているという顔は憎悪に醜く歪んだ。だが声は出ない。あ、あ、と漏れる声はあっても唇をはくはく動かすだけなのは、きっとカリマが容赦なく髪を掴んでいるため痛いからだろう。

 言葉での否定、痛みと威圧による屈伏。

 竜人、しかも王からされれば、大抵の人間はこれで抗うのを止めて堕ちる。それは小娘も例外では無いだろう。

 その証拠に、憎悪に歪んでいた小娘の目から一筋の涙が零れ落ちたから。

 それを見たカリマは掴んでいた髪を雑に放した。小娘は汚い悲鳴と共にばたんと床に崩れ落ちる。


「私は、私は、愛された、王女なの……」

「ふん、唯一にも見放されてたがな」


 カリマは小娘の泣き声をまた鼻であしらい、控えていた獣人に牢へ戻すよう目配せする。

 獣人たちは小娘の両脇を抱えて無理矢理立ち上がらせたが、その足元に僅かばかりの水たまりがあった。

 その臭いにカリマは忌々しげに目を細め、それから部屋から出される背中へ吐き捨てた。


「貴様の父親は凡庸な王だ。力に弱い、そうにな。貴様はその国王により裁かれる」

「……」


 もう小娘は口を開かなかった。いや、開けなかったというのが正しいか。

 虚な目をして何も言わずに部屋を出て、やがて気配が遠かったところでカリマは大きく背伸びをしセリオンは此れ見よがしはぁと溜息を吐いた。


「少しすっきりしたな」

「……そうですか。まぁよかったですね?」

「おとなしくさせただろうが」

「番殿が不審に思われないといいのですが……」

「ふん、移動中会わせなければいい」


 カリマはそう言い、隣室に続く扉へと足を向けて、セリオンへ振り返った。


「多少汚れたな。から部屋を元通りにしておくよう伝えてくれ」



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その言葉を僕は知らない ふじさき @fuji39k

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