第19話 私のお兄様②(side:オルキデ)
ーーー益をもたらすべく励むよう
そう期待を受けて、周りを大人たちに囲まれたなかオルキデは懸命に頑張ってきた。
けれど誰一人、自分の頑張りを認めてくれなかった。誰も彼もオルキデを
あの方はこの歳にはこれができていた。
なぜあなたはこれができないの?
教育係の女官らに毎日のように言われ、オルキデは毎日母親の膝にしがみつき涙を零して訴えた。
「お母様、教育係を変えてください。あの人たちは王女である私を馬鹿にするのです」
しかし、娘の訴えに母親は困った顔で小さく息を吐き、ゆっくりと首を横に振るだけ。
そして言うのだ。
「あなたはお父様の意に沿うよう励みなさい」
まったく自分の訴えが通じない。
通じないから教育係はそのままで、
それでも、そんなやりとりを繰り返して、ようやく……ようやくこれまでの優しい世界に戻れないことへの絶望感を心に抱えながら周囲が見えてきたとき、オルキデば自分たち母娘が置かれている状況というものが薄らとではあるが分かってきた。
自分の母親の立場は妃とは名ばかりで、女官に物申すこともできないほど後宮内で地位が一番低いということを。その娘であるオルキデは出来の悪さも相俟って女官らから最低な扱いとなっていた。
それが我慢がならないほど不快で、その不快を無くすためにはと考えて、考えて、そして兄スリジエの存在を思い出したのだ。
母親の名で呼び出し久々に会った兄は痩せ細り、オルキデと似た顔をしながら幸薄そうな雰囲気だった。
なのに片割れ《妹》を見る目はとても穏やかで、しかも哀れむようなそれであったのが歯軋りしたくなるほど悔しく思った。
オルキデの怒りはふつふつと湧き上がり、その度にスリジエへあたり憂さを晴そうとしても、更に積もる苛立ちがじりじりと胸の奥に食い込んでいく。
そこへ、オルキデが勝手に盗み聞きした、国王による『
(なんで、なんでっ)
怒りと焦燥がオルキデの心中を大いに荒らした。
そこに追い討ちをかけたのが、何処ともなく聞こえてきた噂だ。曰く、功績を上げた臣下へ褒美として王女を下賜する、というものだった。
王女で婚約者が決まっていないのはオルキデだけであったから、下賜する王女はオルキデだと決めつけそれが後宮内に広まっていく。
心無い女たちは陰で笑いながら『オルキデの夫の最低な
(嘘よ、嘘。そんな嫌な老人のところに、私が褒美扱いで下げ渡されるなんて)
そんなとき、オルキデにとってチャンスが巡ってきた。
突如上空に鳴り響いた落雷と、その後オルキデを『番』と呼ぶ狼獣人が現れたのである。
エールプティオと名乗った狼獣人は人間の体に耳と尻尾が付いただけの、結構見た目の良い容貌をしていて、そんな男から熱心に口説かれた。
愛している、離れたくない、大切にしたい。
オルキデは下賜される例の噂と天秤にかけ……るまでもなかった。老人より獣人ではあるが美形で一心に自分を慕ってくれる方へすり寄るのがいいに決まっている。
なにより決定的だったのは「あなたの何でも願いを叶えよう」と言ったことだった。
その瞬間、オルキデの脳裏に浮かんだのは兄のスリジエだ。
「……本当に私の願いを叶えてくれる?」
「勿論だ」
頷くエールプティオの耳へ、「じゃあね」と囁いてオルキデは告げる。
ーーーこれから受ける兄スリジエの惨めな姿を想像しながら。
(……なのに、なのにっ)
オルキデは現在質素なワンピースに着替えさせられたうえ手足に鎖の繋がった鉄輪を嵌められ、強引に木の床に跪かされていた。
見上げた先には、スリジエを『我が番』と呼ぶ竜人。
しかも王だという。
まただ、とオルキデは唇を噛みしめて思った。
スリジエは周りから見放された存在だったのに、自分より劣る存在だったのに、なぜか遥かに上位の者たちがオルキデより価値があると認めていく。
「私と双子で似ているから、兄が番だと勘違いなされているのですっ」
(私より上であるなんて絶対に認めない……っ)
そんなはずは無いと、竜王が番に望むのは自分であるべきだと、そんな意味を込めて懸命に訴えても目の前の竜王には一笑に付される。
挙句、スリジエとまったく似ていないし遥かに劣ると言われて、オルキデの全身に怒りが駆け巡った。
だが、その怒りは外に出すことが叶わなかった。
オルキデを見下ろす金の瞳は縦に割れ爛々としていた。そこに好意の欠片も無く、ただ敵意に満ちていて、それだけで身動ぎ一つできないでいる。
『特に竜人は怒らせてはならない。魔法も使えない人間など彼らは苦もなく打ち負かす』
そう習ったのはいつ、どこでだったか。
「貴様が我が番にした仕打ちは決して許さん。だが我が番は貴様の罰をティユルの国王に委ねるという」
竜王はそう告げて口端をつり上げ笑う。
オルキデは反射的に命が助かったと安堵しかけて、それがスリジエの言葉によってもたらされたことに苛立った。
だが竜王の言葉はまだ続いていた。
「助かったと思うか? だがさて、それが貴様にとって吉と出るか凶と出るか……どちらだろうな?」
その言葉にオルキデはぞわりと背筋が震えた。
『竜人の番に手を出してはならぬ。出せばその命はないぞ』
(そう教えてくれたのは誰だった……?)
本能により分からされた恐怖に震えるオルキデの姿を捉える金の瞳は決してオルキデを許さないと告げている。
番を害せば殺す。だがそれをしないで、
オルキデは遠く昔に聞いた竜人の国のことを思い出し、そして顔色を変える。
(決めさせる……私への罰を、あの
野心家で、最近スリジエの価値に気づき、オルキデを切り捨てようとしたあの男に、竜王が託す罰。
その意味に気づいた瞬間、オルキデは竜王に向けて噛みつくようにそう叫んだ。
「なんでっ……なんで、私とあいつは同じはずなのに、私だけがっ」
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