完璧な自殺

文学少女

不思議の国

   完璧な自殺


 なぜだか、静かな、薄暗い図書館に、僕は一人でいた。周りには人がおらず、左右に伸びる道は暗闇に吸い込まれていて、暗闇という壁に左右から挟まれているようだった。本棚には、面白そうな本がたくさんあり、どの本を借りようかと、長い間、僕は丹念に本棚に並べられている本の背表紙を眺めていた。すると、どこからか、僕の友達が知らない人を連れてやってきて、僕は、その人たちが来たことに気づかないふりをしながら、本棚を眺め続けた。そして、ある本を見つけた。僕はその本を手に取り、タイトルと表紙を見ていると、僕は、どこかで、この本を見たことがあると思った。その本は、「完璧な自殺」という本だった。僕は、具体的なことは思い出せないが、この本が、なんとなく、トラウマだった記憶があった。


 気がつくと、僕は、畳が敷かれたとても広い部屋にいた。本当にとても広い部屋で、宴会場のような場所で、実際、そこでは宴会が催されているようだった。人ぐらいの大きさの蛙がたくさんいて、和太鼓をどんどこと鳴らしながら、無表情で踊っていて、その音に合わせ、赤い着物を着た芸者のような女の人たちが、白い扇子をひらりひらりと動かしながら、背筋が凍るような恐ろしい笑顔で舞っていた。そして、会社員だと思われるスーツを着た多くの人々が並んで席に着き、踊っている芸者を眺めていた。僕はこの部屋から出ようと思ったが、出口がどこだか分からず、横にある控え室のようなところに行った。そこには灰色の廊下が伸びていて、その廊下の奥、壁際で、男女が抱き合っていたようだったが、僕が入ってくるなりやめて、何事もなかったかのようなそぶりをしていた。廊下には四つのドアが並んでいた。一つ目のドアを開くと、そこは楽屋のようだったが、ひどく荒れていて、お菓子の袋や酒の瓶や缶などのゴミが散乱していた。僕はすぐにドアを閉め、廊下の奥にいる男に「出口はどこですか?」と尋ねた。すると男は、うつろな目を壁に向けながら、弱々しい声で「右に行って……右に行って……簡単に着くよ」と、よくわからないことを言った。僕は「ありがとうございます」と言い、宴会の部屋へと戻った。すると、もう、僕の右側に出口があった。こんなにすぐそこにあって、今、簡単に見つけることが出来たのに、僕はどうして出口を見つけられなかったのだろうと、不思議に思った。相変わらず、大きな蛙が和太鼓をどんどこと鳴らし、芸者が舞い、スーツを着た人々が喋り、がやがやとしていた。僕は部屋を出ようと、襖を開けた、そのとき、ぴた、と静寂が走った。振り返ると、全員が、僕を睨んでいた。蛙も、芸者も、スーツを着た人々も、僕のことをじっと見つめたまま、動かなかった。僕は恐怖で動けなくなった。なんだ、これは。僕は、思い出した。「完璧な自殺」という作品に、こんなシーンがあったな、と。


 僕は目を覚ました。僕は自分の部屋のベッドに寝ていたようで、体を起こすと、大きな窓から深い群青の、どこまでも果てしなく澄んでいる美しい青空が見えた。そして、その群青を背景に、純白の雪がゆっくりと、いくつも降っていて、辺りを真っ白に染めていた。窓のすぐそばの雪道を、女の人が二人歩いていて、窓からその二人はすぐ目の前にいて、その二人から僕の部屋が丸見えだというのに、僕はなぜだかカーテンを開けたままにしていた。二人が通り過ぎた後、僕は冬じゃないのに降っている雪が、ほんとうに雪なのか疑わしくなり、窓を開け、雪なのか確かめるために雪に触った。ふかふかで冷たく、これは、ほんとうに雪なのだと思った。僕の横に、いつのまにか、知らない女の人がいた。


 僕は目を覚ました。先ほどと同様、僕の部屋のベッドで僕は寝ていて、さっきまで見ていた光景は、まだ夢の中だったのだと思った。ドアのそばに、黒いドレスを身に纏った、首のない少女が立っていた。マネキンのように、ただ、直立していた。部屋の中には、なぜか僕の友人が何人かいた。僕のベッドや、床に座って、友人たちは楽しく話しているようだった。僕の足元の方の壁にスクリーンがあり、友人たちはそこに映し出された映画を見ていた。その映画は「完璧な自殺」で、主人公が首つり自殺をし、静かに揺れているシーンが倍速で流れていた。僕は友人たちに「完璧な自殺」という作品がとてもトラウマだということを話した。そのとき、僕の手にはいつのまにか「完璧な自殺」の本があって、ぱらぱらとページをめくっていた。


 僕は目を覚ました。さっきのも夢か、と、僕はよくわからない感覚になった。やっと目を覚ましたかと思ったが、ドアのそばには、黒いドレスを着た首のない少女が立っていた。僕はとっさに起き上がろうとしたが、起き上がることができなかった。体をなんとか動かそうとするが、体を動かすことはできず、僕はとても怖くなった。「宇宙人と、あなたは出発しますか?」と、何者かに聞かれた。逆光で、その人物の姿は真っ黒で、顔が全く見えなかった。僕は拒否した。僕は、「完璧な自殺」という作品に、こんなシーンがあったような気がした。ベッドの上で動けないまま、僕の呼吸はどんどん荒くなっていき、苦しくなっていった。とても、怖くなった。


 僕は目を覚ました。さっきのも夢だったのかと、僕は絶望的な気持ちになった。ドアのそばに、また、立っていた。黒いドレスを着た、首のない少女が。なんだか、意識が全くはっきりとせず、ぼんやりとしていた。目を覚ましたのに、ひどく眠い。瞼が開き切らない。頭の中におもりを入れられたように、頭がとてつもなく重い。僕は目を覚まそうと、なんとかして体を起き上がらせようと思ったが、また、体が動かなかった。全く、動けない。脚だけが動かせて、僕は必死に足をバタバタを動かしていた。なんで起きれないんだ? 僕は、ものすごく、怖くなった。


 僕は目を覚ました。僕は、いつまで夢を見ているのだろう。今度は、ついに、体を動かすことが出来た。僕は力を振り絞って起き上がり、懸命に意識をはっきりさせようとした。僕はようやく、目を覚ましたようだった。


 まだ僕は、夢を見ているのだろうか?


 現実は、一番長い夢なのかもしれない。


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完璧な自殺 文学少女 @asao22

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