第4話 口だけなのはイケないと思う

 草原を抜けると、そこは木々に囲まれた小道になっていた。

 少し前を歩くデュランザールが迷わず進んでいく。その後に続くトーマ。

 綺麗に舗装された道は歩きやすく、その道を並んで歩く二人。


 真っすぐの道がひたすら続く。

 

 木の枝には見たことのない色彩の鳥が大口を開けてキョロキョロと見渡している。敵意は無いらしく、真下を歩いても飛び掛かっては来たりはしなかった


 木の隙間には赤い花が顔を出し、風に揺れている。


 ゲームでこんな場所があっただろうかとトーマが考えていると、速度を緩めたデュランザールがトーマの横に並んだ。

 ぎょっとして見ていると、デュランザールが話しかけてきた。


「おい、トーマ」


「は、はい!」


 突然声を掛けられて、上ずった声が出る。

 何を言われるのかと見上げると、デュランザールもこちらを見下ろしていた。


「別に敬語じゃなくてもいいぞ」


 いきなりそんなことを言われて、トーマは身構えた。言葉の裏に、罠でもあるんじゃないかと疑っていると、それを見たデュランザールが呆れたような声を出す。


「なにビビってんだよ。別に変なことじゃないだろう」


 何でもないという風に話すデュランザールを、トーマは現実世界の陽キャみたいだと思った。距離詰める感じがダイレクトで、気後れしてしまう。


「え……?本当に?後で怒ったりしないですか?」


「しないしない」


 手を横に振るデュランザールは指を立てて、チョイチョイと動かす。

 ほら呼んでみろよ、というジェスチャーのようだった。


 それを受けて、トーマは内心ほっとした。


 人と魔族。


 それ以前に存在する世界が違う。

 こちらは生身の人間(雑魚)。

 相手は斧を振り回し、何人もの相手を屠ってきた、戦鬼デュランザール。


 二人の間に大きな隔たりがあるのをトーマは感じていた。下手に行動すればいつでも叩き切られる可能性があった。


 けれどその心配はデュランザールの方から解決してくれた。立場的には明らかに向こうが上だ。


 こうして上の立場から言ってくれるのが楽だよなと、トーマは心の中で呟いた。


「分かったよデュランザール。これからよろしくな!」


「馴れ馴れしいんだよ、てめぇ!」


 首根っこを掴まれ、引き寄せられる。


「ちょっ、おま、怒ってるじゃないですか!」


 理不尽な物言いに、つい『お前』と言いかけてしまう。


 しかし息苦しさは無く、加えられた力は明らかに加減されていた。


「冗談だよ、冗談!」


 ぱっと手を離され、楽しそうな笑い声を上げるデュランザール。


「冗談に聞こえないよ……」


 伸びてしまったTシャツの襟を直していると、


「あと、何かビクビクしてるのも気持ち悪ぃ」


 と言葉が降ってくる。


 トーマは心の中で、好きでビクついてるんじゃないよと文句を言った。


「そんなこと言ったって、その見た目は流石に怖いっていうか……」


 改めて見ても、漆黒の鎧と兜は迫力がある。

 自分より大きな体と力を前にして、平然としている人間の方がおかしい。

 ましてや画面越しとはいえゲーム上ボスとして対面していたのだから、敵とは言わないまでも、完全な味方になっているとは言い難い。


 どこまで行っても、人と魔族、現実とゲームなのだ。


 デュランザールを見ている自分の目も、良い印象を与えていないはずだ。


 そんなことを考えていると、デュランザールは大きく溜息を吐いた。


「仕方ねぇな……じゃあ、少しだけな」


 そう言うと、籠手に包まれた指を口元まで持って行き、コツンコツンと二度叩いた。すると口に当たる部分が、真ん中から左右に分かれていき、中から口や顎が現れた。


 その光景に、トーマは息を飲んだ。


 朱の刺した、ぽってりとした唇が目に飛び込んでくる。すっと口角が上がり、白い歯が見え隠れしているのを見ると、人間と何も違いが無かった。

 顎から頬にかけてのシャープなラインも、端麗さを際立たせていた。


 その光景に釘付けになっていると、デュランザールがそれを見せるように近づいてくる。


「どうだ、これで怖くないだろう?」


 間近に迫る女性的な妖艶さに、トーマの心臓音が耳まで届いた。

 息が漏れる唇に、トーマの意識が集中する。そうして心の中に思い浮かんだ感想を、そのまま口に出してしまった。


「えっろぉ」


 そう言ってから、慌てて口を抑える。

 いきなり何を言ってしまうのか。こんなこと言ったら、今度は本気で首を絞められかねない。

 トーマが逃げるように後ずさるが、デュランザールは顎に手を置いて何か考え事をしていた。地面を見ながら「エロいのか……」「人間にはそう見えるのか……」とぶつぶつ呟いていた。


 その姿を眺めていると、やがて顔を上げたデュランザールがこちらに向き直った。


「まぁ、誉め言葉として受け取っておくよ」


 ニコリと笑って、「ほら行くぞ」と再び先導して歩くデュランザール。


 怒ってないのか、と安堵して、トーマはその隣に追いついていく。


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