『デモンズクエスト』~正しいバグの見つけ方~

月峰 赤

第1話 コントローラーが何よりバグってる

 薄暗い自分の部屋の中で、トーマはコントローラーを手に画面を食い入るように見つめていた。

 今日発売されたRPG「デモンズクエスト」だ。

 魔王を倒すために仲間を集め、広大な大地を旅するオープンワールドの世界に引かれたトーマは、夜中にダウンロードしたソフトを一度もその場から離れずにプレイしていた。

 閉め切ったカーテンからは陽の光が零れていて、時間を忘れていたトーマに朝が来ていることを気づかせた。

 どれだけ夢中になっていただろう。胡坐をかいて座っていたから、クッションがあるとはいえお尻も痛い。

 しかしコントローラーを握るトーマの手は止まらない。場面場面での的確ともいえるコマンドを入力し、ボスへダメージを与えていく。

 

 荒れ果てた大地で主人公と3人の仲間はボスを囲むように展開していて、それぞれ剣や魔法でボスを攻撃していく。

 暗黒の馬に乗り、巨大な斧を振り回すボス「デュランザール」は漆黒の鎧に身を包んでいて、仮面によって表情は伺い知れない。ストーリー上、これまで何度も戦ってきた因縁のあるボスだ。

 魔王の配下であり、他の魔族からも畏怖の念を抱かせる存在であり、今もなお主人公一行に単身で武器を振るっている。

 

 画面の左側には味方4人の名前や体力、魔法ゲージが並んでいて、それが増えたり減ったりしている。画面の上には「デュランザール」の名前と赤い体力ゲージが横に伸びている。自分たちの攻撃によってゲージが短くなっていくと、ボスの攻撃も過激になっていく。

 

 しかしそれも乗り越えてボスのゲージもあとわずかというところ、奥義を放つことが出来るアイコンが輝きだすと、トーマはすかさずカーソルを合わせる。

 主人公のカットインが現れる。荒れ果てた大地が姿を消すと、そこは星々が光り輝く大宇宙へと切り替わった。荘厳なオルガンの鳴るBGMが、奥義の格好良さをさらに引き立てていく。

 宇宙の中に佇むデュランザールは、その場で立ち尽くしている。ゲームの演出に閉じ込められている姿は、次の攻撃を受ける為に縛り付けられているようだった。


 この後、敵はオーラの檻に閉じ込められる。宇宙の天から斬り下ろされる斬撃を、その身に受ける為に。


 その場面を想像すると、コントローラーを握る手に力が入った。トーマの好きな奥義の一つで、これで敵の体力ゲージを消失させることが出来るかと思うと、乾いた喉に無理やり唾を飲み込めたほどだった。


 その時を待つ。しかし、画面はデュランザールが立ち尽くしたまま先に進まない。オルガンの音だけが正常に流れていて、最初は何かムービーでも挟まる特殊な演出かと思ったが、それが長引くにつれて、いやそうじゃない、これはフリーズしたんだと、トーマはコントローラーを投げ捨てて、頭を抱えた。


「やっとここまで来たのに、なってこった!」

 

 画面に向かって叫んでも何も変わらない。

 側に置いてあるスマホを手に取り、バグやフリーズの話が出ていないか確認するが、そんな情報はまだ出ていなかった。それならとカスタマーセンターに電話しようとしたが、朝の9時からということで、スマホの左上をちらりと見ると、まだ時間は5時15分だった。

 スマホから目を話して、画面をもう一度見る。固まったデュランザールと無慈悲に流れるオルガンのBGM。自分ではどうしようもないこの事象に、デュランザールだけは自分の気持ちを分かってくれるのかなと口の端を釣り上げた。


「しょうがない、もう一度やり直そう」


 幸い、ボス戦前に一度セーブをしている。最後の奥義のタイミングが完璧だっただけにもったいないと感じたが、やり直すことは苦では無かった。

 床に転がったコントローラーを手に取り、ホームボタンを押そうとしたとき。


「お待ちなさい」


 コントローラーのスピーカーから聞こえる澄んだ女性の声。トーマの動きがピタリと止んだ。


「え?」


 ボタンを押そうとした指をそのままに、コントローラーを凝視する。


「今、声が……」


「どうやら聞こえているようですね」


 間違いなく聞こえた声に、コントローラーを持つ手がわなわなと震えた。


「うわぁ!キモっ!」


 いきなり得体の知れない生物が手の中に現れたような気になって、遠くへ放り投げてしまう。


 ガン、という音と「いたっ」という声が漏れ出るのを、トーマは聞き逃さなかった。

 コントローラーが意志を持っている。あり得ないことだが、それが現実に起きている。


「全く、投げるなんて酷いですよ」


 コントローラーは光ることも振動することもなく、床に転がったままトーマに話しかけてくる。


「突然ですが、貴方にはこのゲームに入って貰います」


「は?」


 いきなり何を言い出すんだ?そう思っても、口に出せなかった。会話をすることで自分と深く関わってしまうという恐怖があった。


 そんな心配など知らないコントローラーは、次の言葉を発する。


「実はこのゲーム、バグだらけで進行不可能なことが多々起きてしまうんです」


 バグという単語に、トーマは意識を引き寄せられた。先程までプレイしていたゲームで起きている現象と関係しているようだった。

 しかし、バグとコントローラーが喋ることにどんな関係性があるというのだろう。


「そのバグを直して頂きたいというのが、私の依頼です」


 口を出さないと決めていたが、このままでは勝手に決められてしまうことは間違いなかった。

 そしてもう一つ、このゲームの誰かが言っていた言葉を思い出す。


『どんな奴だか分からないから怖いんだ!』


 それは正にこのことを言うのだろう。


 コントローラーを睨みつける。自分でもバカバカしいと思ったが、彼女?のことを知ってみようと口を開いた。


「その前に、アンタは何なんだよ!メーカーが設定しているプログラムなのか⁉」


 口早に出た言葉に、コントローラーはすぐには答えなかった。姿がコントローラーで表情が分からない所に、何を考えているのか分からない気味の悪さを感じていた。


「それは言えません。私の言葉を信じて頂くしかありません」


「言えないって……」


「この世界にはバグがあってそれを直さなくてはいけません。そしてそれが出来るのは貴方だけです。このゲームの中に入り、それを解決して頂くのが、貴方の役目です」


「そんな無茶苦茶な……」


 画面をちらりと見る。漆黒の鎧に身をまとった魔王の配下は、時を止められてままだった。


「じゃあ、このまま画面が止まっているのも、そのバグのせいなのか……?」


「いえ、これは私がやっていることです。貴方にこの世界に来てもらうために使った私の力です」


 それを聞いて、トーマは目を見開いた。

 力によってゲームを止め、人間と会話をしている。そんな妄想とも言える出来事が現実に起きていると、そう言うのだ。

 信じ切ることは出来なかった。ありえない。


「もし俺が行かないって言ったらどうするんだよ」


「連れて行きます。無理やりにでも」


 言い切られた言葉には、強い意志が感じられた。動かないはずのコントローラーが、今にもこちらににじり寄ってくる錯覚に襲われる。

 トーマは立ち上がろうとした。この部屋から出て、誰でも良いから誰かに会いたかった。けれど体は動かなかった。力を込めても、その場に縫い付けられたようにびくともしない。


「それでは、宜しくお願い致します。願わくば、貴方がもう一度このゲームを遊んで頂けることを、心より願っております」


 優しげな結びを最後に、もう声は聞こえなかった。そこにあるのは先程まで自分が握っていた、ただのコントローラーだった。

 うつろな目で見ながら、疲れていたんだと自分を納得させた。


「コントローラーが喋るなんて、そんなことありえねぇよ」

 

 立ち上がろうと足に力を込める。動いた。やっぱりさっきのは幻だったんだ。もしくは、フリーズしたことに目を背けたくて、妄想していただけだったんだ。


 久々に立つと、軽く眩暈がした。頭もぼんやりしていてうまく回らない。

 もう寝よう。ボス戦は起きてから、またやればいい。


 コントローラーには近づき難く、代わりにゲーム機に近づいた時、画面が動いた気がした。


「ん?治ったか?」

 

 そのまま見ていると、宇宙の黒い光が次第に白く輝いていった。画面から光が溢れていく。

 それがテレビの出力を遥かに超えていると気が付いた時には、すでに光は部屋中を満たしていた。

 一瞬、画面の中のデュランザールと目が合った気がした。しかしその姿も瞬く間に光に包まれ、聞こえていたオルガンの音も、その光に吸収されて消えていった。

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