第5話 この道は一人じゃ歩けない

「ところで、トーマはどこの街から来たんだ?」


 どこの街と聞かれて、一瞬考え込んでしまった。おそらくデュランザールが聞いているのはこの世界のどこかということだ。それで言うと、どこの街からも来ていないことになる。


 ここはゲームの世界で、自分は外にある世界から来たんですと正直に言っていいものか、トーマは悩んだ。


 ここがゲームの世界だと話しても、きっと信じてもらえない。ただ混乱させてしまうだけだろう。


 なのでここは、よくあるお約束で、ごまかすことにした。


「あー、実はよく覚えていなくて……。気づいたらあんなことになってたんだよね」


 とぼけた感じで言ってみたものの、デュランザールは、それほど気にしていなかったようだ。


「そうか……。もしかしたら、勇者の類かもしれない」


「勇者?」


 その言葉に内心小躍りしていると、デュランザールの声が沈んだものになる。


「勇者は、人間の中から選ばれる存在だ。神から与えられた剣で、魔王を倒すとされている。それ位の話は、覚えているだろう?」


「あぁ、うん。そのくらいは」


 もちろんその知識はこのゲーム『デモンズクエスト』のあらすじに書かれているものだった。

 主人公は魔族に侵略されていく世界で神から勇者の力を得る。その力を使い、魔王を打ち倒すというのが大筋のストーリーだ。


 主人公が暮らすティラザの村に攻め込んできた魔族たち。その力を前に応戦しようにも歯が立たない。追い詰められた時、神の声が聞こえ、自分は勇者であることを告げられる。その瞬間不思議な力がその身に宿り、聖剣イグナリオンを手に入れる。そして攻めてきた魔族を打ち倒し、魔王討伐の為に村を出ていくのだった。


 そしてその魔族を引き連れていたのが、隣りを歩いているデュランザールであった。村の衛兵たちを次々に切り伏せていく姿が、3Dモデルとなって蘇る。

 デュランザールは一時撤退し、それから二度三度と戦うことになるのだが、その三回目の戦いの最中に、トーマはこの世界へ飛ばされてきたのだった。


「アタシの知っている勇者にそんな紋章は無かったと思うが、もしかしたら似たような力が宿っているのかもしれないな」


 改めて自分の右手に視線を落とす。掌の紋章は変わらずそこにあった。しかし何も反応を示すことは無く、本当にそんな力があるのかと疑いたくなる。


 これは恐らくバグを直すためのもので間違いない。

 あのときデュランザールの鎧に手を添えたことで、バグが取り除かれたのだろう。その結果、今のデュランザールになったと言える。


 勇者に匹敵する力というステータスを持つことは嬉しくもあるが、ここで一つ疑問が浮かんだ。


 だとしたら、自分は魔族にとって許されない存在ではないか?

 なのになぜ、デュランザールは後に脅威となるであろう自分を殺さないのか。本人の言う助けた義理があるからだろうか。

 それとも殺す価値も無いほど、自分は力の無い雑魚だということだろうか。

 

 そう思うと、実はすごく危うい立場にいるのだと今更ながら不安になった。


「じゃあ、どうして、俺を殺さないんだ?」


「あ?」


「勇者に近いなら、魔族にとって邪魔な存在なんじゃないの?」


 言わずにはいられなかった。この部分が分からないまま一緒にいるのは、いつでも殺される可能性があることに怯え続けなければならないということだ。それなら今の内に聞いておく方が良いと思った。

 この世界で死んだらどうなるのかとは考えないことにした。どちらにしても、この世界で自分が持っている力なんていうのは右手の紋章位のもので、バグを直す以外に使い道なんて無さそうだから。


「……あぁ、そうか。やっぱり人間たちは、信じていないんだな」


「信じるって、何を?」


「アタシたち魔族は、人間との争いを止めようとしていたんだ」


 その言葉に、トーマの足が止まる。同時に頭の中がごちゃごちゃになって、思考が定まらない。

 少し遅れてデュランザールも歩みを止め、トーマを見た。


 魔族が争いを止めようとしていた?そんな設定がどこかにあっただろうか。

 ストーリーを思い返してみても、そんな話はどこにも見つけられなかった。


 魔族は躊躇なく人間に襲い掛かって来たし、人間たちは家を焼かれ、住んでいた土地を追い出された。

 キャラクターのリアルな悲鳴や叫びも幾度となく聞いてきたし、家族を殺された人々の怨嗟も見てきたのだ。


 俯くトーマを他所に、デュランザールの言葉が続く。


「魔王が停戦を申し出て、人間側は一度はそれに応じた。けれど直後に人間が攻め込んできた。勇者が誕生したことで、人間側に勝ち目が出てきたからだ」


 聞けども聞けども、別のゲームの話に聞こえてくる。けれどデュランザールが嘘を言っているとは思えなかった。

 彼女を信じ切っている訳ではない。

 この世界にはバグが存在するというのも、半信半疑だ。


 けれど自分の目で見てきたことの中に、確かな出来事があった。


 主人公がトーマを認知して、殺そうとしたこと。


 あのとき、あの場所に存在するはずがないトーマを知覚出来るのは、それがまともなプログラムでは無かったからだ。

 明らかな敵意と悪意があった。本来のゲーム内容として意図しないモノが存在している可能性は、トーマの中では確定的なことであった。


 そうなるとコントローラーの言う通りこの世界はバグまみれで、それは自分が知っているストーリーやキャラクターはほとんどが別物である可能性が高い。

 むしろ全く別のゲームの世界にいるというのが正しいのかもしれない。


「そりゃあ魔族の中でも意見は分かれたさ。けれど魔王が決めたことだから、従わざるを得ない。そこでトーマの質問に答える訳だけど、何でトーマを殺さないのか、それはアタシも人間を無闇に殺すのは反対だからさ」


 そこには、魔王とは別の、デュランザールだけの強い意志があるような気がした。


「少なくとも、お前は殺さない。アタシのことを助けてくれたしな」


 その言葉に、ホッと胸を撫で下ろす。ひとりぼっちに感じていた心に、頼りになる仲間が出来たような気がした。

 

 きっと、デュランザールの言葉は、信じられる。

 

 デュランザールは「けれど」と言葉を続けた。


「条件がある」


 ぐいっと顔を寄せてくると、人間らしい口元に目が言ってしまい、あまり見ないようにしようと目元を凝視した。


「その力を、人間と魔族の共存の為に使ってくれ」


「嫌だと言ったら?」


 マンガでお決まりのセリフを、笑いながら決めてみた。


 そう言いつつもトーマの心は決まっていたわけだが。


 デュランザールも、口に笑顔を浮かべていた。


「その手を切り落として、貰っていく」


 デュランザールなら本気でやりかねない。

 

 自分の顔が引きつっていくのを見て、デュランザールは楽しそうにトーマの胸を小突いた。


「そんなビビんなよ。いつもの冗談だろ?」


 まだ2回目なのに、いつものなんて言葉は使わないだろと心の中で悪態を付いたところで、再び二人は歩きだした。


「まぁ、という訳でアタシは人間と魔族の共存の為に勇者の所へ行くから、お前も来い」


 トーマもそのつもりだった。現在明らかにバグが確認出来るのは主人公の中だけだ。他のバグを見つけようとしても、どこにバグがあるのかなんて分からない。


 それならデュランザールと一緒に主人公の元へ向かいつつ、その過程でバグを見つける方が手っ取り早いだろうと思った。


「分かった。よろしくな、デュランザール」


 当たり前のものが、すでにそうでは無くなっている。

 それなら、この心細い世界を仲間と一緒に歩いた方が、安全で健全で、なにより楽しいだろう。

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