第24話:家族との再会②



「湊」


 名を呼ぶと、湊が驚いた顔でこちらを見た。


「隆司さん……」


 見知った関係のように名を呼び合う二人に、湊の兄と母が不審な顔を向けてくる。隆司は湊の隣に立つと、二人に対して頭を下げた。


「お話の最中に失礼します。私はS署刑事課の長谷部と申します」


 隆司が身分と名を告げると、一気に二人の顔から緊張が解ける。


「ああ、刑事さんでしたか。今日は弟を助けていただき、本当にありがとうございます。何とお礼を言っていいのか……」

「礼には及びません。これが私達の仕事ですから」

「しかし、刑事さんがいらっしゃったということは、まだ弟に何か聞きたいことが?」

「いえ、今夜のところはこれ以上の聴取は行いません。ですので、今からのお話は刑事としてではなく、湊の友人としてお聞き下さい」


 二人に頭を下げてから、チラリと湊と目を合わせ、小さく頷く。

 大丈夫、お前は一人じゃない。その思いを伝えるように。


「私は今回の事件の少し前に湊と出会い、その時に彼が家を出ることとなった事情を聞かせていただきました。勿論、最初はご家族同様に驚きましたが、彼の『家族に認めてもらいたい』という決意の強さには、一人の人間として深く感銘を受けました」


 湊の家族達に向かって、ゆっくりと正直な気持ちを伝える。最初、隆司が湊の性癖を知っていることに二人は顔を強張らせたが、意志の強さを褒めるとまるで自分のことように顔を綻ばせた。

 やはり、なんだかんだと声を荒げても、二人は湊を大切な家族だと思っている。何だかそれがとても嬉しかった。


「確かに彼の願いは、一般的に受け入れられるものではありません。ですが彼ももう成人した立派な人間です。強引に連れ戻すのではなく、一度、彼の決意を見守ってあげてはいかがでしょう?」

「しかし、湊の好きにさせたら、また今回のように変な事件に巻きこまれるかもしれない。そうならないためにも、近くに置いて見ておかないと……」


 隆司の提案に、湊の兄が懸念を吐露する。事件に関しての言い分はもっともだと思った。隆司には家族がいないが、もしも湊が弟だったら、同じ言葉を口にしていたかもしれない。

 だが、それでは何も変わらないのだ。


「ご家族の方が心配する気持ちは、痛いほど理解できます。ですが、ここで強引に連れ戻したところで、恐らく事態はより悪化するでしょう」


 隆司の言い分に、湊の兄の目がグイっと釣りあがった。


「事態が悪化する? 家族の下にいるのに、どう悪化すると言うんだ! 君は何も知らないくせに、知ったような口を利かないでくれ!」


 静寂に包まれる病院の廊下で烈火のごとく叫ぶ兄の姿に、湊が隣でビクリと双肩を揺らす。しかし隆司は怯まなかった。ここで引き下がったら、湊は一生灰色の世界しか見えない檻の中で暮らすことになる。そんな生活なんて、絶対にさせたくない。


「ええ、二十年以上仲良く暮らされたご家族の方々と比べたら、私が知ることなんて一握り程度のことです。けれど一つだけ、彼が誰よりも頑固者で、一度決めたことは絶対に覆さない男だということは知ってます」


 二人で暮らした期間は短いが、それだけは声を大にして言いきることができる。湊の頭の硬さは、克也にすら匹敵するぐらいなのだから。


「そんな彼のことです、もしここで連れ戻しても、きっとまた同じように貴方達の下から出て行ってしまうでしょう。そうなってしまうよりも目の届く場所で彼を見守ってやる方が、安心だとは思いませんか?」

「それは……」


 隆司の考えを聞いた湊の兄が、口を籠もらせる。恐らく、否定ができないのだろう。それこそ湊の頑固さを一番良く知る家族なのだから。


「それでもご心配だというのなら、私も友人の一人として、そして警察官として責任を持って彼を見守ります。絶対に危険な目には合わせないと約束します」


 この世に絶対という言葉はないが、隆司にはそう言い切れるぐらいの自信があった。

 もう二度と、湊を傷つけるようなことにはさせない。誰になんと言われようが、自分の両腕で守り切る。


 その意思をこめて、真っ直ぐ湊の兄を見つめた。


 わずかの間、沈黙が続く。

 しかし、その静寂を破ったのは、湊の母だった。


「そうね、その方が安心かもしれませんね」

「母さんっ?」


 隆司の提案に同意する湊の母に、兄が驚きの声を上げる。


「だってそうでしょう? この子はとても良い子だけど、昔からお父様に似て頑固だった。きっと今家に戻しても、この方の言った通りになると思うの。それなら目の届く場所にいてもらったほうが安心だわ」

「だけど……」

「大丈夫よ。お父様には私からお願いします。だから、湊……」


 兄を説得していた母親が、湊のほうへと歩きだす。そしてそのまま湊の目の前に立つと、柔らかな動作で湊の身体を抱きしめた。


「一度、貴方の思うようにやってみなさい。でも、身体には十分気をつけるのよ? 貴方、頑張りすぎると体調に気をつかわなくなるから」


 母親の腕の中で、湊がこれでもかというほど目を見開く。


「いいん……ですか? 僕の好きにさせてもらって……」

「ええ」

「あ……りがとう……っ……ございます」


 湊は細い腕で、湊よりも更に華奢な母親を抱き締めかえしながら、何度も礼の言葉を繰りかえす。

 そんな二人を見つめながら、隆司は家族というものはいいなと柔らかく微笑んだ。

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完黙主義者の恋愛調書 かびなん @kabina

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