第23話:家族との再会①



 木尻の身柄を到着した仲間に引き渡した後、湊は怪我の処置をするために警察病院へと搬送されることになった。


 署へと戻った隆司は予想通り刑事課長に呼びだされ、厳しい叱責を受けた。今回の単独行動は懲戒の対象だと言われたが、課長の後ろで笑いを堪えている克也の様子から、克也にはさほど大きな迷惑がかからなかったことが伝わってきて、隆司は安堵する。


 克也の将来の邪魔にならなかったのなら、それでいい。自分は全てやりきった。だから後はどんな処分が下ろうと、甘んじて受けるつもりだ。


 一通り雷を落とされた後、一先ず処分が決まるまで自宅待機となった隆司は署を出ると、すぐに湊のいる病院へ向かった。恐らく怪我の状態からみて数日間は入院しなければならないだろうが、時間的に長い聴取は明日に回されるだろうし、運がよければ病室に入れるかもしれない。


 五分、いや、一分でもいいから湊の顔がみたい。その気持ちだけで前に進む足の速度が、どんどん早くなった。


「すみません、先程こちらに運ばれた徳永湊の病室は?」


 廊下で捕まえた看護師に警察手帳を見せて、湊の病室を聞きだす。だが返ってきた答えは、驚愕に声をあげてしまうものだった。


「徳永……ああ、徳永さんなら、退院することになったので、会計所にいると思いますよ」

「は? 退院っ? あの怪我でですか?」

「ええ。担当医師からは入院の指示が出ているんですが、ご家族の方が強引に連れて帰ると言って……何でも、面識のある医師がいる病院に入院させるそうです」


 警察の方も連絡がとれる場所にいることと、翌日以降の聴取に応じるなら、という条件で退院を認めたらしい。

 警察がそんな異例を認めたことに驚きを隠せない隆司だったが、それよりも腰を抜かしそうになったのは、湊の家族が迎えにきたという事実だった。


 ここに家族がきているということは、きっと警察から実家に連絡が入ったのだろう。


 しかし湊と家族は、絶縁状態にある。両者がこんな状況で顔を合わせ、はたして平穏でいられるのだろうか。心配になった隆司は、湊がいるという会計所へと走りだす。

 診察室からほんの少し離れた場所にある会計所は、電灯が最大限まで落とされているからか、窓口の周囲以外は暗闇に包まれていた。

 近づくと、深夜にも関わらず怒鳴る男の声が聞こえてくる。


「だから言ったじゃないか! お前が一人で生きていくなんて無理だって! 人の言うことも聞かずに勝手に出て行って、挙げ句変な事件に巻きこまれるなんて……」

「お父様だって心配してらっしゃるわ……。ねぇ湊、もう強情を張らずに帰っていらっしゃい」


 若い男の声の後に続いたのは、柔らかな女性の声だった。話の中に湊と父親の名が出てきたことで、湊の家族だと直感した隆司は柱の影に身を隠し、様子をうかがう。


 消毒の香りに包まれる会計所の椅子の前で湊と対峙しているのは、仕立ての良いスーツを身に纏った男性だった。顔は似ていないが、声が似ていることから恐らく湊の兄だろう。兄の隣に立つ、品のあるワンピースに毛皮のコートを纏った中年の女性は湊の母親できっと間違いない。顔のつくりや全体的な雰囲気がそっくりだから、すぐに分かった。


 あれが湊の家族。


 初めて見る家族の顔に、隆司は緊張を走らせながら状況を見守る。 


「迷惑をかけてしまったことは……申し訳なく思っています。……でも、僕はまだ一人前の社会人じゃ……ありません。だからまだ家にも戻れないし、お祖母様の……お墓の前にも立てない」


 湊は帰ってこいと言う家族に対して、力なく首を横に振った。

 頑固者の湊なら、そう言うだろうと考えた予想どおりの返答に、隆司は安心する。けれど何となく、いつもより語尾が弱く感じた。


「働きたいなら、前みたいにお父様のところで働けばいいじゃない。お父様の会社は立派なところよ、働いていればすぐに一人前になれるわ」

「そうだ。父さんも戻ってきていいと言っているんだから、何も気にすることなく戻ってくればいい」


 口々に家へ戻れという家族達に、湊が寂しそうな顔を浮かべる。


「でも……それだと皆、僕のこと……認めてはくれませんよね?」


 そう、湊の一番の願いは自分の性癖を認めてもらうこと。そのためにだけに今まで頑張ってきたのだ。性癖が認められないのなら、父親の会社で真面目に働いても意味がない。


「確かにすぐには無理かもしれないけれど、家に戻って真面目に働けば――――」

「母さん!」


 真っ直ぐに自分の意見を主張する湊に、母親がささやかだが妥協の色を見せる。だが、それもすぐに兄の声によって止められた。


「ご、ごめんなさい。ね、湊、お願いだから家に戻ってきてちょうだい。家にいる方が環境もいいし、貴方にとってもいいと思うの。ホラ、それにお父様の会社で良い人と出会えば、貴方の気持ちも変わるかもしれないじゃない」


 その一言で、隆司は確信する。湊の家族達、湊の性癖を認めるつもりがないことを。

 多分、家族達は、湊を連れて帰って強引に見合いでもさせるつもりなのだろう。

 女を与えれば、湊の気持ちも変わる。家族は、湊の気持ちをその程度にしか思っていないのだ。


 察しの良い湊のことだから、そんな家族の考えにも気づいているはず。それを物語るように、湊の顔は今にも泣きそうになっていた。

傷だらけの身体を小刻みに震わせ、それでも必死に泣くのを我慢する湊。ここで泣いてしまえば、状況がもっと不利になることを予想してじっと耐えているのだ。


 そんな湊を見ている隆司も苦しくなるが、同時に違和感も覚えた。

 先程からの湊を見ていると、どうもいつもの強さが感じられない。普段ならこちらが圧倒されるぐらいの頑固さを見せてまで、自分の意志を貫く男なのに、今の湊からは情熱が伝わってこない。


 あれでは説得できるものも、できないではないか。押しの足りない湊に焦れったさを覚えるも、瞬間、隆司は大切なことを思いだして後悔した。


 湊は数時間前まで辛い目にあわされ、心が酷く傷ついている状態だ。精神的に追いこまれている人間が、家族の説得なんてできるはずがない。


 圧倒的に不利な状況にいる湊が、ギュッと悔しそうに拳を握る。こちらに向ける背中が、どんどん儚くなっていくように見えて、居ても経ってもいられなくなった隆司は、柱の陰から勢いよく飛びでた。


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