狩場の近くの遺跡にて 中編
こもってよく聞こえなかったけれど、ツルテカの発した声はこちらに話しかけてきた気がする。
けど意味までは分からなくて、じっと見つめていると、ツルテカは首をかしげるような動作をした。
そして、なんでか自分の頭をトントンと叩く。
「これなら聞き取りやすいかな?」
「え!?」
ツルテカの頭だと思っていた部分が割れた。
球状だったツルツルは剥いた果物の皮みたいにペロンと垂れ、襟に変化する。
現れたのは、僕らとは違う、けれど僕らと同じ言葉を話す誰か。
耳が頭の上じゃなく、顔の横から生えている。
毛が少なく、でも顎には集中して生えている。
目や口の位置は同じだけど牙がなく、鼻が小さい。
僕らというよりも、目の前で踊っているご先祖の姿に近い。でもご先祖は顎に毛はない。
ツルテカだったソイツは、顔をしかめた。何やら呻いているように見える。
「それにしてもすごい音量だ。先に回収してしまうか」
何やらぶつぶつと話しながら、ソイツは片腕を水平に上げ幻を映す玉の方へ伸ばした。
指先から赤い光がものすごい速さで走り、反射的に後ろに跳ぶ。イッカと呼びかける間もなかったけれど、着地の音がもうひとつ聞こえほっとする。
ブブっと空気が振動して、幻が消えた。
その一瞬だけ、ものすごい密度の音が空間を満たして、毛が逆立つ。
動けずにいる僕らを気にする様子もなく、そいつは「これでいい」と頷き、こちらに目を向けた。
「これで、私の声が聞こえるかな? 是非話がしたいのだが」
口角が上がっている。目元もいつも眺めていたご先祖みたいに細められている。
けれど、驚きの方が大きくて動けないでいた。
「あれ? キミたちには私の言葉が分からないのか? ……いや、さっき驚いた時の声は、確かに同一言語の発音に思えたのだが」
またなにやらブツブツ言っている。
ソイツに対して、口を開いたのはイッカだった。
「オマエ今、何をしたんだ?」
イッカは僕と同じ考えを口にする。
「おお! やはり言語体系は同じなのか! 嬉しい体験をさせてくれるじゃないか」
食いつくような反応に僕は面食らうけど、イッカはたじろぐことなく見つめている。好奇心と警戒が半分くらいに見えた。
「そんなことはどうでもいい。答えろ。今、オマエがしたことは何だ? 俺たちに向けるなら、噛み殺す」
「ああすまない、興奮してしまった。敵意はない。信じてくれ。音量が大きすぎて聞こえてなかっただろうからね、先にスイッチを切っただけだ」
ソイツは説明しながら、ご先祖を写していた玉を見せる。
今はただの玉になってしまって、何も見えない。それに……
「……音?」
イッカが首を傾げる。そう、音なんてなかった。
「まさか、聞こえていなかったのかい? ……その形状の耳、聴覚が進化しているなら、我々よりも優れているはず。鼓膜の保護に一定のデシベルをカットできている……ということか?」
首を傾げた僕の反応に、そいつは目を丸くし、なにやらまたひとりで喋り始めた。小声で話しているつもりなんだろうけど全部こっちまで聞こえている。
気味悪がりながらイッカが僕に近づき、「言葉は通じるけど、話にならないな。逃げるか?」と耳打ちした。
けど、僕はソイツの見た目とご先祖が似ていることが気になり、この場を離れようとは思えなかった。敵意もなさそうだ。
「イッカ少し待って。ねぇ、あなたはご先祖さまなの?」
僕の呼びかけに、ソイツが独り言を止めこちらに視線を戻した。まだ短い時間だけど、声が太く低いことから、男だということは予想できた。
幻のご先祖さまは顎の毛が生えていないから女なのかも知れない。
そんな彼が、僕らを見ながら進化と口にした。
「どうして、私を先祖と?」
「僕のじいちゃんが昔会ったことがあるって言ってたんだ。それにあなたは、幻のご先祖と少し似てる」
「幻? ああ、なるほど」
彼は顎をひと撫でし、こちらと玉へ視線を交互に移す。
「まず、私は生きているので先祖ではない」
「それくらい分かるよ。他になんて言っていいか分からないだけ」
「申し訳ないが、名乗りは禁止事項なのだ。イッカくん? は、もう聞いてしまったが、そちらのアオ耳くんは名乗らないでくれると、こちらとしては助かる」
アオ耳、僕の毛の色だ。僕らがコブシシやエダジカを見たまま呼ぶ感覚と似ているのかも知れない。確かに、見た目は全然違うけど、元は同じだったのかもと思う。
「さて、山ほど話しをしたいのだが、私はイカネバナラナイ」
「待て、その玉どうするつもりだ?」
どうやったかは分からないけれど、彼は来た時のツルテカ頭に戻った。声もこもったものに変わる。
呼び止めたのはイッカ。
「コレヲカイシュウスルノガワタシノシゴトナノデネ」
「俺らが先に見つけた物を横取りすると? 言っとくが、さっきの赤いのを出すよりも俺の牙がお前に届く方が速いぞ、アゴヒゲ」
「アゴヒゲ……」
イッカがソイツを顎髭呼ばわりしたのは、僕をアオ耳と名付けたから思いついたんだろう。
面白かったのか、ツルテカごしに自身の顎に触れる。また話す気になったのか、顔も現れた。
「駆け引きができる知能に、赤外線が見えている視力とは、ますます驚きだ。キミたちのテリトリー……縄張りに入ったのはこちらだったね。しかしイッカくん、残念ながら私にはこの玉の代わりに渡せるものはないんだ」
「なら置いていけ」
「キミたちの狩りのように、私の仕事なのだ。なら、どうだろう。聞きたいことに一つ、なんでも答えると約束しよう。アオ耳くんも、一つ。生きている間にもう私のような者に会うことはないかも知れない、ずっと同じものを眺めるより刺激的だろう?」
「腹の足しにならない収穫だな」
とりつく島もないイッカの態度に、顎髭は提案を投げ掛けた。
イッカ僕に目配せし、「任せる」とだけ言った。
僕としては魅力的な提案だ。気になることが頭を巡っている。
「顎髭、それで良いよ」
僕はイッカの代わりに返答する。
顎髭はホッと息を吐いた。
「感謝する」
「コイツが優しいヤツで良かったな。だが、答えることは三つ。俺、コイツ、後はいま拾ったお前の命の分だ」
「……」
無言で頷いた顎髭の表情は、イッカに睨まれた集落の大人にそっくりで、可笑しかった。
「お前が一個で足りるわけないだろうが」
もちろん、イッカが本気で顎髭になにかしようとしている訳じゃないことは、僕には最初から分かっているんだけど。
「俺からは一つだ。その玉の幻は、なんだ?」
ファンタジーノイズ つくも せんぺい @tukumo-senpei
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