Chapter 2 プラネタリウムは可逆的に融合する

Episode1 プラネタリウムは可逆的に融合する

 秘密基地プラネタリウムの朝は小鳥の鳴き声で始まる。隣のマンションに公園があり、高い樹をねぐらにしている鳥たちがいるからだ。

 陽翔はるとは寝ぼけまなこで明るい方向を見た。木の枝にたくさんの小鳥がとまっている。


「あれ? どこ?」


 朝日が眩しい。

 ごろりと寝返りが……うてない。

 モフモフの毛玉がピッタリと陽翔はるとにくっついていた。

 あたたかい。その感触で昨日のことがだんだん思い出される。ついでに腕がしびれているのも思い出した。


「ココア、ごめん。あたま、ちょっと、どかして⋯⋯」


 腕をさすりながら寝返りで方向を変える。

 どうにも痺れが取れなくて、うなりながら起き上がった。体がガチガチだ。


 昨夜は気付かなかったが、窓にカーテンが無い。AIでは、そこまで気が回らないようだ。

 ベランダの窓を開けると朝の空気が部屋に流れ込み、ビルとビルの隙間から朝日が見えた。

 伸びをしながらベランダに出る。広いベランダのすみには鉄筋製の階段があった。

 好奇心が我慢できず上ってみると、見晴らしの良いとは言えないが、それなりに快適な屋上に繋がっている。ココアも器用に階段を上る。

 プラネタリウムとして営業していた頃は、星空の観察場所だったのだろう。望遠鏡を設置した跡があり、落下防止用の柵が整備されていた。ふと目にしたベンチに腰を下ろす。外に出られたのが嬉しいのだろう、ココアが跳ね回っていた。はしゃぐココアの爪がコンクリートに当たり、カチカチ音がする。痛くないのか心配になった。


「良いこと思いついた」


 人工芝を敷き詰めて、ここでココアと遊ぼう。そう考えると、低下していた気分が少し上がる。


「ココア」


 そう呼ぶと、最初は耳だけ陽翔はるとのほうに向ける。次は、にっこにこの顔とパタパタ忙しいしっぽ。そして、一目散に駆けてきて、陽翔はるとを真っすぐ見上げる。


「ココアが居てくれて本当によかったよ。ありがとう」

「わん」


 今の「わん」にはハートがいっぱい飛んでいるのが見えた。

 研究の被験体というのはどんな扱いを受けるか陽翔はるとにはわからない。ノアはココアを大切にしているが、世話をするには限界があると思う。


「ココア。ノアのところに行こうか?」

「わん」


 まるで、行きたいって言っているようだ。陽翔はるとにとって、ノアも他人の気がしない。




 スタジオのドアを開けると、昨日と同様に南の島が広がっていた。室内という事が信じられないくらいの晴天。風が通り、潮の香りがする。どうゆう仕組みになっているのだろう?

 ノアは目を閉じて、ウッドデッキのバンキングチェアーに揺られていた。

 陽翔はるとは、砂と波の感触を楽しみながら海遊びをする。濡れないし、砂だらけにもならなかった。すべては、錯覚だと分かっていても楽しい。


 陽翔はると、とノアが呼ぶ。


「シアンのサーバーのハッキングに成功した。今から侵入しよう。サーチは知り合いのAIに同調してくれるように頼んだから追跡を免れたけれど、このままネットの世界に入ったら、すぐに捕まってしまう」

「うん、すぐいこう。今いこう」


 陽翔はるとは両手を握り前のめりになる。ノアは少しだけ引いていた。

 ハッキングやサーチと言われても見当も付かないが、膠着状態から一歩前に進めることは確かだ。


「ココアの生体信号は、ファイルを転送して、情報を書き換えることはできたが、オレのは駄目だった。だから、一緒に行ってくれないか? 陽翔はるとと融合すれば別人になりすませる」


 いつのまにかココアがENABMDイネーブミッドを咥えていた。自分にも装着してほしいと陽翔はるとにおねだりする。


「ココアも一緒に行くの?」

「わん」

「そうだな、陽翔はると。ココアと一緒にフルダイブ、よろしくな」


 ノアの家の白いドアが開く。そこには、観覧車のワゴンみたいな乗り物が設置されていた。木のボードが横板張りされていて、釘が打たれているような感じだった。穴でも開いているのか、継ぎ板が当ててある。こんなので大丈夫なのか? 陽翔はるとは不安になった。


陽翔はると、馬鹿だな。ここはAR空間だよ。Full Dive Spheriumフルダイブ用球体空間が、木製マシンに見えるのだって、インテリアに合わせてお洒落にしているだけに決まっているだろう。近代的が好みならこうすればいいのか?」


 今度は丸いミラーボールのようになった。そういう事だよね、ここの電源を切らなければ本当のマシンの見た目はわからない。


「性能は問題無いの?」

「さあな。融合は可逆的なので元には戻れる。人間の実験で失敗したことは、まだ無いな」

「失敗したらどうなるの?」

「オレの叡智を集結して必ず元に戻してやる」

「なんの保証も無いって事? やだよ。怖いよ」

「ココアにできて陽翔はるとにできないのか? ほら見て、ココアはスタンバイOKだって」


 ココアはすでに、ミラーボールの中の、ココアの体に合わせてくり抜かれているような装置に、ハマってふせをしている。陽翔はるとも意を決し、ENABMDイネーブミッドを頭に装着した。


陽翔はるともそこに座って、楽にしていればいいから。それは、ただの椅子で、体を保護するだけのものだよ。普通のベッドで代用可能」

「じゃ、なんでこんなのに座らせるの!」

「AR空間だから装飾してあるだけだ」


 中はびっくりするくらい広かった。


 ---続く---

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