勇者マーサー


 20××年、×月25日。俺とたけしは空港にいた。平日だが、俺とたけしは夏休みに突入している。三人とも、×月18日のとある時間で、異世界で過ごした記憶を完全に取り戻した。時差はあったけど。


 ボブとリンスは悲劇を回避しただけでなく、事前に阻止。他の多くの人たちの命も救った。たけしはあれ以来、学校で武田達からは無視されるようになったものの、平穏に過ごしている。そして、結構な頻度で俺とゲーセンで遊ぶようになった。


 空港の到着ロビーで、二人の到着を待つ。お、来た来た。たけしが走り出す。それに気づいたボブも走り寄り、たけしを抱き上げる。


「I've missed you! Bob!(おひさwボブww)」

「Takeshi,long time no see!(たけし、久しぶりだな!!)」


 たけしはここ一週間、英会話を猛特訓していた。目的がある学習は、やらされる勉強を軽く凌駕する。俺はやや足取りがおぼつかないリンスに声かける。


「飛行機、大丈夫だった?」

「ちょっとね。でも魔王戦よりは、イージーだったわ」


 リンスの日本語は完璧だ。異世界で会話していた時とほぼ同じ。若干、こちらの方がフレンドリーに感じる、そんな程度だ。抱きつきこそしないものの、がっちりと握手をする。


「マーサー、アイタカッタデー」

「うはっ。ボブ。ひさしぶり」


 ボブの強烈なハグ。覚えたての日本語。同じ大学の日本人留学生に学んだらしい。関西人確定。言葉に違和感があっても、ボブはボブ。何ら変わらない。


「You're beautiful as always(あいかわらずwお綺麗でww)」

「あら、たけし。ずいぶんかわいくなっちゃって」

「へへw」

「発音、かなりイケてるわよ。また会えて本当に嬉しい」


 リンスはたけしを優しく抱きしめる。その目にはハッキリと涙が。俺達はまた会えた。本当に良かった。再会を存分にかみしめる。この後は日本観光だ。案内したいところが山ほどある。レッツラゴー!の前に、リンスは少しロビーで休みたいと言う。トラウマを克服して飛行機に乗ってきてくれたんだ。のんびり行きましょ。


 たけしはボブに、武田との戦いを身振り手振りを加えて話している。たけしを超えるオーバーリアクションで話を聞くボブ。何言ってるか分かんないけど、何が言いたいかは伝わってくる。不思議と。俺はリンスに水晶玉を見せていた。


「どんどん映像が薄くなってきてるんだ」

「一時的な奇跡、それが神様のお礼ってことかしら」


 映像の中でボブは斧を振るい、リンスは魔法を唱え、たけしは縛っている。そして、エトワールちゃん。こうして見ると、CGで作ったファンタジー映画のようだ。今になっても現実味がない。このシーンなんか……。ああ、まずい、俺が定期的にエトワールちゃんの胸を凝視しているのがバレる。これは立ち位置が近いことが多かったせいだから。決して他意はない。


「こうして見ると……」

「今は反省している」

「彼女が誰を守っていたのかが分かるなって」

「へ?そこは、勇者じゃないの?」

「そうよ。勇者マーサー」


 衝撃の事実。俺が勇者だった。たけしは魔法戦士。決戦前夜、俺がスヤスヤ眠っていた時。エトワールちゃんの告白に、みんなも衝撃を受けたらしい。しかし、エトワールちゃんの壮絶な覚悟と戦術を聞いて、受け入れざるを得なかったそうだ。


「勇者が死んだら終わり。それを彼女は知っていた。だから」

「勇者である俺を、あの指輪で隠したってことか」


 魔王を倒すために全てを捧げし者。そこに偽りは無かった。


 エトワールちゃんは別れ際に、いっぱい嘘をついたと言った。異世界で感じた違和感の多くは、それに起因するのかもしれない。


「マーサーw召雲なんてww魔法は無いwww」


 たけしによると、俺が召雲と思っていた魔法こそが天雷で、後の雷操作は魔力がある者なら誰だって発動できるらしい。そうなると、雷様もグルだったってことか。


「Everybody is in on her」


 へ?ボブ、なんて意味?エビバディってことはみんな?うわあ。マジかぁ。どれが本当でどれが嘘だったんだろう。リンスたちにも全部は分からないらしい。


「大噓つきよ。彼女は」


 リンスはそう言ったが、怒ってはいない。むしろ笑っていた。俺も同じだ。世界のために、俺のために、彼女は嘘をつく事を選んだのだ。


「うん。落ち着いたわ。そろそろ行きましょうか」


 リンスが立ち上がる。たけしとボブがニヤニヤとこちらを見ている。なんだよw


 ああ、リンス、出口はそっちじゃないよ。声をかけようとして俺は立ち止まる。






 目の前に女性が現れ、野郎どもは色めき立つ。


 煌めきたなびく金髪、ターコイズブルーの瞳、雪のように白い肌、ちょっとソバカスがあるのもまた良い。可愛い。途方もなく可愛い。

 

 そして、俺の前で立ち止まる。初めて会った時の様に。


「ナンジノミチヲ……」


 めちゃくちゃカタコトじゃねえか。そんな口はふさいでしまおう。


 この嘘つきぃ。




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伝説の記録係 ちっきす @m5ism9in

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