ゴブリンキング


 魔王を倒して30秒もしない内に、ゲートが出現した。門というよりは、俺がベリーロールで突っ込んだ、あの魔法陣だ。あの時よりずいぶん大きいけど。それにしても、このゲート、どれくらい開いているのだろうか。一時間くらいは持つのかな。


「10分ってところじゃないかしら」


 リンスが言う。ゆっくりとだが、ゲートは縮小していっている。ボブとリンスは早々に二人でゲートに飛び込んだ。もちろん、それなりに別れの言葉を交わしたが。たけしも追いかけるように飛び込む。飛び込む前に俺の耳元でささやく。


「ごゆっくりw」


 なるほど。みんな気を利かせてくれたのか。


「さっぱりしてるなぁ」

「昨日、マーサー様がお休みになった後、十二分にお話しできましたから」


 たった10分、されど10分。やろうと思えば何でもできる!!しかし、到底そんな気にはなれない。想いは溢れるほどある。けれども、言葉に出来ない。しばらくの沈黙の後、エトワールちゃんが口を開く。


「私、ひどい嘘をついていたんです」

「ええっ。そうなの?どんな?」

「マーサー様以外には話しました。元の世界で聞いてください」

「すごい気になる」

「私は、魔王をどうしても倒したかったんです」

「どんな嘘?」

「今生の別れを前に、愛する人に嫌われたくありません」


 そう。今生の別れだ。そうでなければ抱きしめてキスをして、何ならそれ以上もしたいけど。エトワールちゃんが好きだからこそ、何もできない。できねえよ。


「俺、行くよ。これ以上はきつい」


 俺は魔法陣に向かう。ずいぶんサイズダウンしている。最後に振り返ると、ふわりとエトワールちゃんが抱きついてきた。


「いっぱい嘘ついてごめんね。マーサー」


 不意打ちのキス。そして、ドンと押された俺は亜空間に放り出される。俺は初めての唇の感触に勃起しながらも、ベリーロールの態勢を取る。


 そして。


 ピィー。という笛の音と、着地したクッションの感覚。転がって仰向けになる。


「よし、次ー」


 体育教師の声と、青い空。戻って来たんだ。元の世界に。涙をぬぐう。太陽が眩しすぎたからだ。




 俺は速攻で早退し、家に戻ってパソコンを開く。日付は20××年、×月14日。まずはリンスに連絡を取らなければならない。連絡先を聞いているので、通話も可能だが、リンスは知らない番号からの着信は無視するだろうとの事。俺はリンスに言われた通りのメール文を書く。何十回も記憶した文章だ。英語であっても問題ない。そして、返事は今日来ない。簡単な未来予知が成立し、そこからが勝負だ。


 次はたけしだ。俺は着の身、着のまま、電車に乗る。俺とたけしの住んでいる場所は二駅しか離れていなかった。たけしの家に向かう道中、トボトボと歩く、学生服の後ろに足跡がついた少年を発見する。


「たけし!!」


 少年が振り返る。まごうことなく、たけし。超、超、会いたかった。俺はダッシュして、たけしに抱きつく。世界を救った男。しかし、今は記憶がない。俺の事も、もちろん知らない。


「えwきっしょww警察よびますよwww」

「おい、今から武田ってヤツの家いくぞ」

「はぁ?w」

「ぶん殴りに行く。案内しろ」

「分ったwあんたww誰かに雇われたアレでしょ?wwwぶはっ」

 

 俺はたけしをぶん殴る。すまんな。お前が言ったんだ。


「死にたくなるくらい、やられてんだろよ」


 たけしが黙る。いざ、武田の家へ。道中、俺はたけししか知りえない情報と、異世界の事を話した。なまじ信じられない話だが、自分が勇者だと聞いて、気分はよくなったようだ。


「ここw」


 結構な敷地。でかい家。武田は離れに自分の部屋があるらしい。離れを覗き込むと、見るからに悪そうなやつらがたむろしている。しかしだ、所詮は中学生。高校生の俺にとっては子供同然よ。


「どいつが武田?」

「いまwいないみたいww」


「おい、たけし。何してんだ」

 

 後ろから野太い声。振り返ると190センチはある大男。うん。こいつが武田か。これは厳しい。しかし、ここで引くわけにはいかない。


「うおおおおおおお!!」


 威勢よく殴りかかるも、俺はボコボコにされる。武田の部屋にいたヤングヤンキー共も参戦し、袋叩きだ。たけしは震えてこっちを見ている。これはやってしまったかもしれない。俺の行動がたけしの絶望を更に深くする可能性がある。


「いてっ」


 俺に蹴りを入れたヤングヤンキーが、つま先を抑えている。俺の方が痛いんだが。俺はヤングヤンキーが蹴りを入れた部分、ポケットに手を伸ばす。丸い硬質の感覚。これは?俺はそれをポケットから取り出す。


 水晶玉だ。俺はそれをたけしの方にそっと転がした。武田とヤングヤンキー達は気づいていない。俺をボコるのに夢中だ。若さって怖い。こいつらは自分がビビっていないことを仲間にアピールするために、さしてやりたくもない事をする。俺を蹴る威力が高まる。エスカレートってやつだ。その結果、死人が出て、後悔するのはずっと先の事。うん。限界。そろそろ、詫びを入れよう。思いっきりみっともなく。こいつらの自尊心を満たせるように。まだ俺は死ぬわけにはいかない。


「そこまでだw」


 たけしが吠える。右手には水晶玉。遠目でもわかる。ボブがたけしを抱きしめている瞬間の映像だ。これが神様のお礼だったのかもしれない。


「おい、たけしぃ。気でも狂ったか?明日は女子の前でチ、ぶべらっ」


 たけしに近づいたヤングヤンキーが崩れ落ちる。水晶玉を握ったまま、ぶん殴ったらそりゃヤバイよ。たけしの変貌に武田もちょっとビビっている。いくら体が大きくても中学生だ。心は幼い。たけしはゆっくりと武田の方に向かっていく。


「なめんなよぉ、たけし如きが」


 逆上した武田がたけしに飛びかかろうとした瞬間。俺は武田の両足を掴む。


「必殺、亀縛り」


 不意をつかれて転ぶ武田。たけしが馬乗りになる。マウントポジションだ。水晶玉を両手で握って武田の顔面に振り下ろす。やべー。だが俺には止める力がない。


 しかし、水晶玉は武田の顔面スレスレに大地を穿つ。ひぃっという声を出す武田。たけしは武田の胸ぐらをつかむ。


「次は殺すぞ。ファッキンw」


 しっかり撮ったぞ。今度はスマホで。ボブに見せないとな。


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