第1話 呪いの猫で脅される。

「祝」が目覚めてから数日たったある日のこと。


「シウーーー」

小さい女の子が真っ白な羽をはばたかせながらこちらに向かってくる。

この子は「アメリ」僕の姉だ。


「ちょっと遅かったね。兄さん達はもう行っちゃったよ」

「むー、アメリもいきたかったー」そう言いながら僕の頭にしがみつく。


「そしたら僕が一人になっちゃうだろ?」と、言うのも僕は大けがをして以前の記憶をなくしてしまったらしい。ちゃんと傷が治るまではお留守番というわけだ。


「もうシウは痛いのへいき?」顔を覗き込むようにして心配するアメリ。


「もちろん!アメリのおかげだよ」

「もう!おねーちゃんって言ってっていったでしょ!」


回復の力を使えるアメリのおかげで、僕の傷はほとんど完治している。たまに胸の辺りが焼けるような痛みはあるけれど。


「あはは、ふたりでお散歩でもしようか?僕も元気になったからね」

「ほんとぉ?」そう言いながら、アメリはとてもにこにこしていた。



この付近は変わった地形で遺跡も多く、過去の遺物が空から降ってくることもあるらしい。

最近?地形が変化したとかで兄さんたちはよく調査に出かけている。

この間も建物が降ってきたとかってはしゃいでいたっけ。


何回か家が潰されたこともあるらしく、今の僕たちの家は大きな樹の側面にツリーハウスのような形で建っている。

大きな樹と言っても、兄さんに言われなければ巨大な山のようなだと思ったくらいだ。



「ちょっと森が開けてきたね。アメリはこの辺りに来たことある?」

「ううん、初めて!あ、あれ!おっきな水があるよー?」


そこは少し開けた場所できれいな湖が広がっていた。木々の隙間から差し込む木漏れ日がきれいで神秘的に思える。

湖はずいぶんと縦長で視界の果てまで広がっている。かなり大きそうだ。



「ほんとだね。ここで少し休んでいこうか」と、言いきらないうちにアメリが湖に近づいていく。

飛んでいるし、落ちる心配はないかと思いながら湖畔に腰を下ろす。

湖の中には何やら建物が沈んでいる様だった。


「シーウーー!こーれーなーにー?」


ん?飛んでいるにしてはやけに高いところから声が聞こえるような…

声がした方を見上げると、そこには真っ黒なシルエットに青く鋭い眼光をした、大きい毛むくじゃらの動物がいた。


な、なんだこれは?めちゃくちゃでかいぞ!

僕の3倍はあるその怪物は、前足を使って自分の顔を撫でまわしていた。


「え?アメリ大丈夫!?っていうかあぶないよ!」

周りをキョロキョロしているが頭の上にいるアメリには気づいていないだろうか?


あれは肉食獣だ。兄さんが言っていたから間違いない。

鋭く尖った牙は肉を引き裂き、引きちぎるためだと。本物はこんなに大きいのか...。


「アメリ!はやく降りておいで!」

「やだー!もふもふ気持ちいいよー」どうしよう…どうにかアメリから引き離さなければ。


…!!前足?から爪が出てきた!

…もしかしたら僕のケガはこいつにやられたのかもしれない。あんな爪で刺されたら今度こそ死んでしまう。


こちらの様子を窺うようにして前傾姿勢になった。僕の体くらいある太いしっぽがゆらゆらと揺れている。

少しでも気を抜けば一瞬で食べられてしまいそうだ…



でもアメリだけは絶対に助けなきゃ…。そう誓いながら拳を強く握る。



灼けるような胸の痛みとともに心臓が強く脈を打つ。軽いめまいのあとに重苦しい声が響いた。



「おまえほど頼りになるオトウトはいねぇだろうよ。ただの猫に食われるだのなんだのって。」


え?なんだこの声?…この怪物がただの猫?


「ただの、ってのは少し違うか。呪われた猫。

デーモンキャット《D.C.》ってやつだな。どっちにしろ猫だよ、ねこ」


あれが猫なのか。聞いていたのとはだいぶ違うな、ってどこから聞こえるんだ?


「今、お前が持ってるだろ。刀だよ。いや、刀だった。か?てか、忘れたのかよ?…あ、俺が喰ったんだったな。」


…これが幻聴なんだろうか?


「…幻聴とか、ご立派な頭脳の持ち主だな。いいから左手を見ろ!ひ・だ・り・て!」


その声に従って左手を上げてみると、手のひらから赤黒い刀身が飛び出していた。


「おまえ、今、気持ち悪って思ったろ?何を考えてるか全部分かってるんだからな。

…俺はおまえよりも、おまえのことをよぉく知ってるよ。」


「…この刀ちゃんと斬れるんだろうな?僕は絶対に家族を助けるって誓ったんだ!」


「今、そんなことよりって思ったろ!まぁ落ち着けよ。ただの猫相手に家族思いだな。そこのかわいいかわいい猫ちゃんに、食われないようその手のひらを向けてみな。」


この声の主は案外いい人かもしれない。信じてみようと思いながら、すでに飛び掛からんとしている猫に左手を向けてみる。


「そうそう、物覚えがいいじゃねえか。…よしぞ!」

急に飛び出した反動か体ごと吹き飛ばされる。それを察した猫は一気に距離を詰めて飛び掛かってきた。


がはっ、吹っ飛んだ衝撃が全身を襲う。刀の影響なのか左腕が動かせない。

僕の体は地面に固定されたバリスタのように猫の眉間を正確に捉えていた。


「いいな、完璧な角度だ。おまえ…腕が動かないとかより「チビ」の心配をした方がいいんじゃねえか?」


え?「チビ」の心配って?

猫の耳の合間からアメリがこっちを向いて手を振っている。

このままではアメリも貫いてしまう!そもそもこの刃はどこまで伸びるんだ!何とかして角度を変えないと!


「くそっ!!動けぇぇぇ!!」制御の効かない左腕を、右手で強引に持ち上げる。

刀の切先は猫の耳をかすめ、僕の体は大地に押し付けられた。


雲を割ってもなお、伸び続けた刀は上空の何かに当たった感覚がして、すっと手のひらに消えてしまった。


「はぁっ…はぁっ…」ちっ。っと舌打ちが聞こえて、その声がこう続ける。


「いつまで上を向いてんだよ。…猫の呪いは喰ってやったぞ。あれはただ、じゃれようとしてただけだろうけどな。


「…あと舌打ちしてねぇからな!」


呪いを喰った?

上半身を起こしてみると、小さくなった猫を抱え羽を広げたアメリがゆっくり降りてきた。


「すごかったねー!もっかい!もっかい!」と笑いながらお腹の上に着地する。

一気に力が抜けて、胸の痛みも弱くなっていく。


「あ、そいつ敵対心が無くなっただけで、大きさは気分次第で変わるぞ」


ちょ、それ早くいってよ!

「アメリ!猫さんは下ろして!このままだと押しつぶされちゃうから!」


やだやだと言いながら、面白半分に猫を顔の上に乗せようとするアメリ。


「お姉さん!顔の上ははだめです!お願いします!」

反応がおもしろかったのかそれは数分間も続いた。



「…もっと俺に呪いを喰わせろよ」


そう聞こえた気がしたが僕はそれどころではなく、呪われていた猫はトラウマになってしまった。




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C4~呪われていた少年は呪いを克服し、呪われた家族と呪いの刀を手にする~ ユーキス@ @yukis33

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