第8話 せかいよほろべ(終)

 気が付くと、車の中だった。どうやら険しい道を運転して、疲れて少し眠っていたらしい。辺りは既に真っ暗で、変な虫の鳴き声が聞こえる。


「やれやれ、こんなものだな」


 僕は車のエンジンをかける。ライトをつけると、焼け落ちたままの社が照らし出される。ここの神社は結局火事の後、本当に手つかずだったことが判明した。あとは調べることも何もないので、僕はこんな不気味なところから早めに退散することにした。


「これで永久にやむすび祭は謎に包まれた、か……」


 カーラジオからは軽快な曲が流れ、DJがリスナーからのお便りを楽しそうに読み上げている。何度か車を切り返し、僕は再度ふもとへの道を下っていく。長年通行のなかった道は行く手を阻むようだが、もう僕を止めることができるものはいない。


 道がないような道を通り抜け、旧渡霧村わたぎりむらへ抜ける。何もない、辺鄙へんぴな場所だ。監視し合う村人にうんざりした若者は皆戻ってこなかった。その成れの果てがこの廃屋群かと思うと、哀れすぎて何も言えない。


 車はようやく寂しい場所を抜け、猿渡さわたり市街へ戻ってきた。信号も車通りも、大きな店もたくさんある。人間だってたくさんいる。


「まさか当時の新聞が残っていたとはね、奇跡だよ」


 懐の新聞とICレコーダーの存在を思い出した。信号待ちの間にICレコーダーを取り出し、再生してみる。


『この神社の御神体と歴史について教えてもらってもいいですか?』 

『オろミタツ剥裂クなルバグルマ影玲頼さんドろマズ気』


『いえ、どんなお話でも研究の役に立ちます』

『愁ノモガツクヨミ月ヨミト鉈ふ村たナ大カ頃』


『冥゙ハ∫シ灼ァュ、ですか?』

『ンヴァるスキョルダクつ苦ヨミの鎖ダンすぎテばヨ誤とホホホホホホホホホー!』


 ああ、まるで聞くに堪えない。録音を消去すると、信号が青に変わった。僕は車を発進させる。明日は学校へ行かなければいけない。資料室の整理なんてしている場合ではない。急いで辞表を書かなければ。


「さて、楽しくなってきたな」


 やりたいことがたくさんあった。男の身体というのが不本意ではあるが、この際仕方がない。現世うつしよのことは全て見てきた。あの男たちが今どこで何をしているのか、生きている者に容赦はしない。それから細々と活動を続けている者たちとも合流したい。一度死んだ身だ、今度は好きに生きて回ろう。幸い、この男に妻子はまだないようだ。男の身体で女とよろしくやるのも悪くない。


 そのためにも、帰ったらまず今までの日記を読まなければ。この男が過去を詳細に記録している男でよかった。肉体と一部の記憶は引き継いだが、完全な過去まではわからない。やはり過去は記録しておくべきだ。ある日突然他の存在と入れ替わってもいいように。


 家に帰る前に、僕はコンビニに立ち寄った。久しぶりに触れる人間の気配が何とも嬉しくて仕方がない。コーヒーを一杯買って、淹れている間に僕は懐の古新聞を丸めてゴミ箱に投げ捨てた。古新聞はスティックシュガーやミルクの容器のゴミに紛れて、永久にあの綱張神社つなはりじんじゃへの道を閉ざす。


 コーヒーを手に、僕は車に戻る。車の前面を見ると、死んだ虫が大量にへばりついていた。山を下りてくるときについたのだろう。


「記録されてない過去なんて掘り起こすもんじゃないよ」


 なんて嬉しい夜だろう。やはり夜は最高だ。こうして現世うつしよに戻ってこられたのも、全てはツクヨミ様のおかげ。ツクヨミ様が導いてくださったのだ。


 よるのむすびは絶やさない。

 そのためにも、まずは同志の数を増やさなければ。

 さあ、これから忙しくなるぞ。


「時刻は、午後7時55分。ここでトラフィックインフォメーションです」


 僕は車に乗り込んでエンジンをかける。ずいぶんと遅い時間になってしまった。様々なことがあったせいで、体が何だか少し重たい。とりあえず今日のところはゆっくり休もう。僕はそう考えて、家路を急いだ。


***


 ここは暗い。

 人が死んだら、こんなところに行くのだろうか。

 ツクヨミ様は確かに、優しかった。

 次の依り代が来れば、ここから出られるそうだ。

 そのためには、よるのむすびを行わなければならない。

 でも誰が、よるのむすびをするのだろうか。

 もし、キミが知っていたらこっちに是非来てくれないか。

 

 ここはちっとも怖くないから、安心してほしい。

 大丈夫、ツクヨミ様は優しいから。


<了>

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よるのむすび 秋犬 @Anoni

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