第7話 とこよのはざま

 僕は旧渡霧村わたぎりむらに伝わる「やむすび祭」について調べていたはずだった。関係すると思われる焼失した綱張神社つなはりじんじゃにいた女性から「よるのむすび」について話を聞き、後は帰るだけ、そのはずだった。


「なんで、そんな……」


 舌がうまく回らなかった。乗ってきた車も帰り道も消え失せて、薄暮の境内に僕は女性と閉じ込められてしまった。


「言ったでしょう、この世界は滅びるべきだって」


 女性の声が聞こえる。そもそも、こいつは一体誰なんだ?


 雰囲気に飲まれてなんとなく彼女について聞きそびれていたが、僕にはひとり思い当たる人物がいた。


「あなたは、亡くなった宮司夫婦の娘さんですね?」


 この奇怪な世界にいる人物がまともな人間であるはずがない。そして「やむすび祭」について詳細を語れる、生死が明らかになっていない女性といえば彼女しか思い浮かばなかった。


「だから、何だというの?」

「一体何だって言うんですか!? 早く僕を帰してください!」

「あなたのほうからやってきたというのに、どうして帰す必要があるんですか?」


 挑発するように笑う彼女に、僕は掴みかかる。


「大体おかしいでしょうツクヨミだの死者の蘇生だの、正気じゃ考えられないんですよ! ふざけるのに僕を巻き込まないでください!」

「ふざける? バカバカしい。あなた、そもそもここをどこだと思っているの?」

「ここは綱張神社だろう!?」

「綱張神社は燃えてしまったのよ、だからあなたここを一体何だと思ってるの?」

「何だって……それは……」


 僕は彼女から離れて辺りを見渡す。灯りのある本殿、申し訳程度の社務所と手水舎ちょうずや、そして風もなくなった境内。


「最後のやむすび祭から何があったのか、知りたい?」


 僕の後ろにいる彼女がそっと囁く。僕は金縛りにあったように身動きが取れない。


「言ったでしょう、この世界は滅びるべきだって。当時は続々と同志が集まっていた。まずは争いの元になるだけの国という枠組みをぶっ壊して、それから少しずつ人間を減らしていくの。私たちは当面、婚姻の抑制というのが人口を減らす一番の方法だと思った」


 なんだ、この女は一体何を言っているんだ?


「私たちは逃げてきた同志を匿ったの。この山奥までやってくる物好きはなかなかいないからね。でも、あいつらも下種な獣に変わりなかった」


 僕の心臓が大きく跳ねる。彼女の言葉に明確な憎悪が含まれていた。


「それで死んだ私を、やむすび祭で蘇らせようとした。よるのむすびを行って、私は魂だけこちらに返ってきた。でも生贄がいない。あいつらが日和ったのよ」


 脳裏に『過激派組織、村内に潜伏したか』という見出しが蘇る。


「私は現世うつしよで何があったのか見ていた。生贄を選定するにあたって、あいつらは誰も私の身代わりにならなかった。それどころか関係ない村の女の人を生贄にしようとして、村人たちに返り討ちにあった。連中は警察に引き渡されて、それで村人たちは二度とこのようなことがないよう、やむすび祭ごと封印することにしたの。痕跡すら全てね」


 執拗に消されていたやむすび祭の記載を思い出す。死者を蘇生させる儀式、そしてそれには生贄が必要となれば村人たちが存在から抹殺しようとするのも無理はない。まして、それを悪用しようとする者たちがいるのであれば。


「よるのむすびをする宮司は信用できないって、パパとママは焼死させられた。村の人たちの気持ちもわからないでもないけど、それにしてもあんまりじゃない」


 僕はようやく女の方へ顔を向けることができた。彼女は未だ笑顔のままだった。


「それで、僕に何ができるって言うんだ!? 僕にそれを伝えてどうしたいんだ!?」

「あなたはよるのむすびを追ってここまで来た。もう儀式は終了しているの」


 儀式だって?


「あなたはよるのむすびを理解しようとした。ツクヨミ様はよるのむすびを受け入れる者を歓迎する。あなた、歓迎されているわ」


 本殿の灯りが明滅したような気がした。


「そういえば言うのを忘れていたけれど、ここは現世うつしよ常世とこよの狭間。生きることも死ぬこともできない魂の待機場所。大丈夫、寂しくないわ。ツクヨミ様はとっても優しいから」


 ツクヨミだって? そいつは本当に「月読命つくよみのみこと」なのか!?

 何か得体のしれない化け物がツクヨミを名乗っているだけなんじゃないのか!?


「時間がかかったけど、やむすび祭もこれでようやく続けられる」


 女の顔が目の前に来た。


「来てくれてありがとう」


 それが最後に見た女の笑顔だった。

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る