第6話 やむすびまつり

 焼失したはずの綱張神社つなはりじんじゃで、僕は関係者と思われる女性から「ツクヨミ信仰」について話を聞いていた。要は古事記に登場する月読命つくよみのみことを信仰し、世界の滅亡と死者の蘇生を企んでいるとのことらしい。


「だって実際、こんな世界滅んだほうがいいと思いませんか? 空気は汚いし、戦争で地球は汚すし、男はみんな女のことなんか道具か何かだと思ってるんですよ」


 話の矛先があらぬ方に行きかけたので、僕はここでようやく本題に入ることにした。


「あの、やむすび祭について知っていることを教えていただいてもよろしいですか?」

「やむすび祭ですか? どちらでご存じに?」


 僕は震える手でポケットに入れていた古新聞を取りだす。


「随分古い新聞ですね。こちらはどこで?」

「僕、高校で社会を教えてまして、それで資料室に、その」

「そうですか……」


 女性はひとつため息をついて、話し始める。


「こちらのやむすび祭は、正式に行われた最後のやむすび祭ですね」

「正式?」


 女性はクスリと笑った。


「ええ、ツクヨミ信仰では死者の蘇生が行われていると言ったでしょう? 行われていたんですよ」

「本当にできたんですか?」

「できましたよ。その前に、社会の先生ということは日本神話も大体ご存じですよね?」


 女性の言葉に、僕は頷く。日本の誕生や国造りの話あたりは教養範囲でならもちろん知っている。 


「はい、死者というとイザナギが黄泉の国へ行ったイザナミに会いに行く話が有名ですね」

「そうです、その後スサノオが母のイザナミに会いたいと泣きます」


 日本神話ではイザナギとイザナミという神から日本列島やその他の神々が生まれたことになっている。イザナミが亡くなり、イザナギが黄泉の国へ行くがそこにいたのは醜く変わり果てたイザナミだった。激怒したイザナミからイザナギが逃れ、その後にアマテラス、ツクヨミ、スサノオの三神を生んだという筋のはずだ。


「しかしですね、これには異聞がありまして黄泉の国へツクヨミが下りて行ったと続くものがあるんです。そこで母イザナミから死者の蘇生の秘術を授かったけれど、激怒したイザナギによって秘術もろとも夜の食国よるのおすくにへ葬り去った、というものです」


 女性は終始にこやかであるが、話す内容は陰謀やトンデモにまみれている。話を聞いているうちに僕まで頭がおかしくなりそうだ。


「それで、どうやって死者を蘇生するんですか?」


 女性は得意そうに語りだす。


「まずは現世の器が必要です。早い話が、生贄いけにえです。それから黄泉の国へ通じやすくなる秋の始めの頃の夜、つまり今ぐらいの時期に行います」


 僕は息を呑む。おそらくこれが「やむすび祭」の真相だ。


「よるのむすびの儀式さえ行っていれば、あとは生贄を準備するだけなのでそれほど難しいことではありません」


 よるのむすびだって? すかさず僕は尋ね返す。


「よるのむすび、ですか?」

「死者の魂は一度黄泉の国へ行きますが、その後よるのむすびの儀式を行うことで月読命つくよみのみことと契りを交わすことになります。つまり、結婚です」


 生きている者を神に捧げるというものや未婚の死者同士を結婚させる風習などは聞いたことがあったが、死者を神と結婚させるという風習は聞いたことがなかった。


月読命つくよみのみことと契りを交わした魂は、再び現世うつしよに戻ることを許されます。こうして古来は七年に一度、大切な魂を呼び戻したりしていました。しかし時代が下って、仏教も盛んに信仰されるようになると魂を呼び戻すなどありえないと儀式は形骸化しました。実際に生贄を用いることはなく、形代かたしろを用いて儀式の方法だけが伝承されていきました」


 女性が顔を上げる。


「これがやむすび祭の流れになります。よるのむすびを行うからやむすび祭、安直な名前ですね」


 女性は笑っていた。早鐘のように鳴り響く鼓動を隠すように、僕は立ち上がろうとした。


「そうですか、お話ありがとうございました」


 さっさとこんな不気味なところから帰ろう。僕は車の方へ行こうとして、そして自分の目を疑った。


 そこに停めたはずの車がなかった。


 それに、ここまでやってきた道も消えていた。境内の一面に低い木が生い茂って、帰り道を塞いでいるようだった。気が付けばさっきまで聞こえていた蝉の声もなくなり、あたりはしんと静まり帰っている。


「あら、まだお話は終わりませんよ?」


 僕はもう女性の顔を見れなかった。しかし、おそらく笑顔を浮かべていることだけは容易に推測ができた。

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