エピローグ『夜明けの後』
一週間前の夜に突如起きた地震によって、津波が生じた。
現在も港の岸や付近の家屋は浸水しており、島民は流れ込んできた漂流物や土石などの撤去に追われている。
そんな中、葉山昭人は軍手をはめた両手で流木や瓦礫を持ち運びしていた。
九月とはいえ晴れ晴れとした陽の下の作業で、額から流れた汗を首のタオルで拭き取る。
最中、共に作業をしていた島民から自分にも休憩の声がかかり、持ち場へと向かう。
「……」
浸水した地面を踏み越えていく最中、白百合の花が風に乗ってふわりと舞い降りてきた。
二輪で連なるように咲いた白百合の花は、寄り添うように水面で浮き揺らめく。
じっと眺めている葉山の脳裏に、要と幽花の二人の姿が過ぎる。
赤百合のアザの呪いによって、命を奪われそうになっていた葉山は、幸いにも助かった。
ミーコ二号という神出鬼没な猫の助けもあり、本殿の裏口から逃げて行った要を、悪霊化した幽花と百合神様ことゆりは追っていった。
彼らの注意が要に逸れたおかげもあったか、自分を焼き尽くそうとしていたアザの疼痛も身体中に蠢いていた種子の気配は中断されたように消えた。
とはいえ、呪いの発現や心身にかかった負荷は葉山の意識と力を急速に奪っていった。
本殿の床で力無く気を失っていく中、葉山はただミーコ二号と要を信じることしかできなかった。
けれど、彼らならきっとやれると――自分のパートナーが命を賭けて遺してくれたメッセージに従い、ゆりの恋人だった壱郎の胴体を見つけてくれることを。
それが上手くいったかどうかは、最後まで見届けることは叶わなかった。
しかし、こうして葉山自身が無事に朝を迎えられ、今も生きていることが全ての答えだ。
それも、もしかしたら――。
「ありがとう――要さん、幽花さん」
百合神様とその成り立ちについて調査をしてきた葉山には或る一つの懸念があった。
巫女のゆりの霊魂と切り離された百合神様本体が、どのような動きをするのかだ。
本来であれば昔は島の守り神として祀られてきた百合神様だ。
しかし、近年では島民の信仰も薄れ、生贄を伴う儀式の廃止と簡易化によって、力を急速に失っていた。
さらに百合神様と融合したゆりの怨霊、彼女と強く共鳴した巫子の幽花の怨霊の呪力によって、非業の死を遂げる島民が生まれてしまった。
呪い殺された島民は死後も怪異として夜の島内を彷徨い、遭遇した人間を同じように呪い殺してきた。
そうしたことで島中へ密かに蔓延びり、蓄積してきた呪詛や怨嗟は“穢れ”となった。
葉山の仮説が正しければ、百合神様本体はこの穢れを一斉に浄化する手段として、天災を招く可能性があった。
実際、あの夜に小規模地震とそれに伴う津波は突如起きた。
しかし、こうして港と付近の家屋が浸水しただけで、被害が最小限で済んでいる。
ということは、花山院家の巫子だった幽花は百合神様を上手く鎮めてくれたのだろう。
それは喜ばしいことでもあるが、幽花が花山院家に生まれたことで、その立場と運命に翻弄されてきたことを思えば、胸に切ないものが走る。
それに――。
あの夜以降、要の姿はどこにも見当たらない――つまり生死不明だ。
あの後、要と最後に別れた花山院神社から祠のある小丘、そして花山院家辺りは地震によって半分ほど倒壊していた。
あの辺りを探し回ったりしてみたが、要の遺体らしきものも痕跡すら見つけられなかった。
「要さんは……選んだのでしょうか」
要と幽花は互いに想い合っていた。
けれど互いの家柄や学校での立場、周りの人間達などのあらゆるしがらみが障壁となり、彼らを引き裂いた。
皮肉にも二人の再会を叶えたのは、一つの偶然と必然――愛から生まれた呪いだった。
「……」
何故、人は“愛する”のだろう。
強すぎる想いは呪いのように自分と相手を支配し、縛りつけるしかないというのに。
支配することとされることが愛だというのなら、自分は真っ平御免だ。
そう思うと、要と幽花は不思議なほどにピッタリと綺麗にはまっていたようだ。
まるで互いに欠けていたパズルピースを補い合うかのように。
もしも二人が一緒にいることを選んだのだとすれば、葉山自身もう少し気になることがあった。
「君達“四人”は……この島から出ましたか……それとも……」
まあ、彼らの行先はいずれにせよ、相手が共にいればそれで幸せなのかもしれない。
そうであることを祈りながら、葉山は骨壷に納められているパートナーへ語りかけ、久しぶりの日本酒を一杯煽った。
今度白百合の花でも供えに行こうか。
彼らとよく似ていた花を――。
***終わり***
死百合 水澄 @waterclearness5783
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