チートの代償

素通り寺(ストーリーテラー)旧三流F職人

チートの代償

 俺は、死んだ。


 大学生だった俺は、好きな娘に告白してフラれ、ヤケ酒を飲んで急性アルコール中毒を起こして、アパートの部屋で一人寂しく死んでしまった。

 まぁ、いいか。どうせ俺は生きてても価値の無い陰キャ、フラれた女にゲラゲラ笑われて「身の程知りなさいよ」なんて言われるほどのオタク男だからな。


 もし生まれ変われるなら、俺の好きなラノベの世界で、チート能力を使って好き勝手に生きていきたいなぁ。


 俺の魂が体から離れていくのが分かる。ああ、これから俺は天国に行くんだ……ラノベで見た女神様なんて来るはず無いんだよな、やっぱ。


「お呼びですか?」

 突然目の前に、真っ白なワンピースを纏った美女が現れた。プラチナの髪をウェーブさせて宙にふわふわと浮きながら、後光を背負ってたたずむその女性は間違いなく美人だが、その瞳だけは前髪に隠れて見る事が出来なかった。

 なんかひと昔前のエロゲーの主人公みたいだな。


「アンタ……女神様なのか?」

「ええ。貴方が異世界への転生をお望みのようですので、その願いを叶えて差し上げようかと思いまして」

 マジか。


「貴方の趣旨趣向は把握しております。」

 そう言って部屋の本棚へ顔を向ける女神。そこは俺好みの異世界転生チートハーレムの本がずらりと並んでいた。なんとなく趣味を知られたようで恥ずかしいが、死んだんだからまぁいいか。


「転生するにあたって、何かお望みの力はありますか?」

「そ、そりゃもう、チート能力でしょやっぱ」

 たまにラノベでもチート無しで異世界に放り出される物語なんてのもある。だが俺じゃとてもそんな環境で生き延びられるわけがない、異世界転生するならチートは絶対に必須だろう。


「分かりました。貴方には望みのチート能力を授けます。では」

 そう言って女神は、世界と共にホワイトアウトした――


     ◇     ◇     ◇


「うおお! すっげぇイケメンじゃん、やったぜ!」

 転生した俺は前世と同じくらいの年齢になったらしい。が、チビデブでブサイクだった自分は、スラリとした体を持つ超絶イケメンへと生まれ変わっていた。


 それから何日か情報収集に当たってみたが、あの女神の言う通りこの世界は俺好みの異世界ファンタジーワールドで、魔物や魔王が人類の敵として存在し、それと戦う冒険者が日々ギルドで仕事を貰っている、俺の憧れたテンプレ世界だった。


 早速ギルドに行き冒険者登録をする。ほどなくお約束というか、タチの悪いチンピラ冒険者が絡んで来た。

(ちょうどいいや、チート能力とやらを試してみるか)

 そう思った時、俺の体に黄金のオーラが湧き上がって来た。自分でも驚いたが、チンピラも周囲の連中も驚くそぶりは見せない、なるほど、これが俺にしか見えない、俺のチートのエネルギーか。


 それを指先に込めて、パッチィン! とチンピラにデコピンをかます。それは衝撃波となって一緒にいた五人のチンピラ全員を奇麗に吹き飛ばした。

 と言っても殺してはいない。いきなり殺人なんてする気にはなれないし、チート持ちの強者の余裕として、こいつらは労働者として底辺で頑張って貰おう。

「ま、参りました大将、アンタの言う事は何でも聞きます!」

 そう言っておれに土下座する五人衆。なるほど、俺がそう思ったからこいつらも従順になったのか、これもひとつのチートなんだな。


 ――ぴしっ――


 どこかで、何かがひび割れる音がした。


     ◇     ◇     ◇


 そのギルドにいた美人の剣士をチート能力で魅了してパーティを組み、魔王軍の幹部を軽ーくチートで成敗した。もちろん彼女にも活躍の場を与えたし、しっかり肉体関係も持っちゃったのだが。


 ――ぴしっ――


 王城に招かれた俺は、彼女と共に正式に魔王討伐のパーティ結成を依頼された。

 が、俺は断った。なにせ一緒にチームを組むのが筋骨隆々のむさい男武道家と、白髭を滝のように生やした、しかも上から目線でえらそうに言う魔法使いのジジイ。あとキザでイケメンのエルフの弓手だなんてまっぴら御免である。


 俺は各地を渡り歩き、チャイナ風な格闘服が似合う美人格闘家と、巨乳でしっとりとした妖艶な魔女、そして太陽のような笑顔が眩しい美人エルフを仲間に加え、俺のチート能力で彼女たちを立派な戦力へと引き上げた。やっぱ男のロマンと言えばハーレムパーティでしょ?

 ついでに敵のサキュバスのロリ娘まで仲間にして、理想の酒池肉林パーティで昼と夜の戦いを堪能しつつ、魔王を追い詰めて行った。


 ――びしっ――


 魔王四天王をちょちょいのちょいで撃破し、ついに魔王様とのご対面となった。なんか魔王と言うよりはエンマ大王様と言った方がいいような風貌で、その体はゆうに10mを超えるだろう。

「愚かな虫ケラどもよ、貴様らにワシが倒せるものか、一匹づつ踏み潰してくれるわ」

 その言い方にむかっ腹が立ったので、俺はこいつを倒すためのチート能力を決めた。

「ダイカクー・マンゴット」

 適当な呪文を唱え、俺はチート能力を使って巨大化した。あっさりと魔王を見下すまで大きくなって、ゴルフボール程度になった魔王をぷちっ、と踏み潰した。


 それで全てが終わった。


 ――ビキイィィィッ――



 国に帰る道中、俺はこれからどうするか考える。このまま王にでもなってハーレムを築くか、それとも今の彼女たちと一緒にスローライフでもして過ごそうか。

 どっちにしても俺のチートがあれば簡単に敵う望みだ。現にパーティの彼女たちも誰も俺を独占したり、他の女を相手している時に嫉妬なんかしていない。女性の感情すらコントロールする俺のチートがあれば、出来ない事なんてないのだから。


     ◇     ◇     ◇


 王城に辿り着いて、俺達は凍り付いた。

 王が、お姫様が、兵士たちが、そして国民がパニックに陥っていたのだ。


 その王城の上の空間が、まるでクレバスのように裂け、そこから無数の幽霊のような白い顔が笑いながら這い出てきて、逃げ惑う人たちに次々と憑りついていっていたのだ。

 取り付かれた人間はまるで、肉や皮を繋ぎ止めるのができなくなったかのように腐れ堕ちて行き、やがてゾンビやスケルトンになっていってしまった。王様も、お姫さまも。


 当然俺たちは戦った。俺の一撃で幽霊どもはタンポポの綿毛のように蹴散らされた。

 だが、剣士の一撃も、女武道家のキックも、魔女の魔法も、エルフの弓も、サキュバスの魅惑も全く通用しなかった。俺が下がれと言った時にはもう遅く、彼女たちは次々と幽霊に取りつかれ、その肉をずるりと腐り落として行った……。


「ねぇ、勇者様! 逃げましょう」

 唯一ゾンビやスケルトンになるのを逃れた女剣士が俺にすがってそう言った。確かにこのままじゃどうにもならない、俺は彼女を抱え上げ、飛行能力のチートを使って街はずれまで避難した。


 ――ビシビシビシ・ビキビキビキッ!――


 空から突然、耳が痛くなるような音が響いた。顔を上げた俺はその光景を見て絶句した。

 空が、空間が、まるで氷を割るように壊れていっていたのだから。


 そして、その割れ目から、無数のクモのようなロボットがぞろぞろと這い出してきた。

 俺は彼女を抱えたままそのロボから距離を取る。地上に降りたクモロボットは次々と人々に襲いかかり、その体から電気のようなスパークを発した。すると……


「ひっ!?」

 襲われた人々の肉が剥がれ、中から何と機械の顔が剥き出しになっていた。センサーである眼球が赤い光を放ち、倒れ行く人々だったロボットは音声合成で「タスケテ、タスケテ……」と嘆くばかりだった。


「な、なんだ、これは……」

 理解できなかった。俺の理想のファンタジー世界にメカなんて存在しないはずだ。なのにまるで民衆はあのクモロボットに憑かれた瞬間から、まるで機械化人のように化けの皮を剥がれ、機能を停止するかのように死んでいった。


「ゆ、勇者、さま……サマサマサマサマユウシャサマママママ」

 抱き抱えていた女剣士が、突然壊れたかのように声を、いや、音声を上げた。


 彼女もまた足元からクモにたかられ、その肉体をずり落としてロボットに変わり果てて行った。

「一体……これは、何なんだあぁぁぁっ!!」


 俺が叫んだその時だった。抱き抱えていた女剣士が震動を止め、落ち着いた態度で俺を見て笑っていた。


 ただ、その瞳だけは、前髪に隠れて見えなかった。


「こ、これは……まさか、あんた」

 俺は彼女の顔が変わっていたことにようやく気付いた。まるで昔のエロゲーのように前髪に隠れて見えない瞳、その風貌には確かに覚えがあった。

「あの時の……女神かっ!」

「ええ、お久しぶり」


 地上に降り、下半身がメカとなった女神と対峙する。既に周囲に生存者は無く、機械スクラップと化した人間が累々と廃棄されているだけだ。

 こんな、こんな地獄を……誰が望んだ!?


「どういうことだっ!」

 食って掛かる俺に、女神は変わらず高揚の無い声で、こう返した。

「これは、あなたが望んだこと。その果ての当然の結果」

「なんだと!? いつ俺がこんなのを望んだっ!」


 その絶叫に、彼女はくすりと口角を釣り上げて、嬉しそうに告げる。

「あなたは、を、望んだはず」

 俺はその瞬間、現状とは全く別の、ぞくりとした悪寒を感じた。


「チートというのは、世界の理を壊す能力の事。ゲームの世界で、を用いて、自分だけが特別な存在になる力の事」


 え、そう、なのか? そう言えば聞いたことがあるような気が……


「あなたは、あなたのチート能力は、ゲームで言う所のバグやウィルス。本来のプログラムで組まれた世界の中でズルやインチキをして、自分だけがいい思いをする」


 ――それがチート能力――


「だから、この世界は壊れ始めた。容量を超えた力を世界で使えば、世界を作ることわりは壊れ、世界はオーバーフローして崩壊する」

「オンラインゲームで不正ゲーマーチーター蔓延はびこれば、そのゲームはサービスを終了する」


「つまり、世界は破滅して、消える、きえる、キエル……」



「そんな、そんな、そんなっ……」

 俺が、俺がチートを使ったから、この世界は滅びようとしているのか。


 世界の理。それに従って努力なんてするのが嫌だったから、俺はチート能力を望んだ。

 だけどそれはズルだったんだ。そのズルを使って世界を荒らし回り、挙句に魔王まで倒してしまったせいで、俺はこの世界に拒絶されてしまったのか、それとも……


 この世界を、人々ごと、生命ごと、壊してしまったのか。


「……なーんだ、やっぱみんな、あなたのせいだったのね」


 いつの間にか女剣士は元に戻っていた。といっても女神じゃなくて元の剣士に戻っただけで、機械に侵食されていくその体は変わっていない。

「アンタがこの世界にコナケレバ……ミンナ、コワレズニスンダンジャナイ」

 歌うような美声の声が、無機質な機械音声に代わっていく。

「アナタノセイデ、ミンナ、ミンナ……オウサマモ、ワタシモ、マオウモ……」


 そんなの、知らなかったんだ! だから、だから……死ぬ間際に、俺を否定するのは止めてくれ、頼むから!


「「オマエノセイデ……オレタチハ、イラレナクナル」」

 いつのまにか周囲を大勢の機械人形と、そしてゾンビやスケルトンに囲まれていた。

 目の前の女剣士と一緒に全員が俺を否定し、力ない動きで呪詛の言葉を吐く。


「オマエガ、ワタシタチノ、セカイヲ……コワシタ」

「イキタイ、シニタクナイ、ナクナリタクナイ……」

「オマエダケガ、ドリョクモセズニ、ジブンダケイイオモイヲシテ、ソシテ」

「セカイヲ、コワシタ、ナクシタ」


「う……うわあぁぁぁぁーーっ!!」

 詰め寄って来るこの世界の住人の成れの果てを、悲鳴を上げながら俺は薙ぎ倒した。


 使



 ――ぱっきゃあぁぁぁーーん――


 世界の、全てが、壊れた。


 俺は、何も無い暗闇の中、ひとりで立ち尽くしていた。


 世界を滅ぼした。大勢の人々を消し去った。あの魔王や怪物さえ、この世界に息づいていた存在だった、それを俺が、なんの努力もしないで身につけた、チートというズルい力で……世界ごと消し去ってしまった。


「死ねよ、俺っ!」


 最後に俺は、自分に向けてそのチート能力を、撃ち放った。


 ――自らの体を、粉々にする事でしか、この世界への償いの仕方を思いつかなかったから――



     ◇     ◇     ◇



「あ、あれ……?」


 俺はベッドに横たわっていた。いつもの部屋、いつもの風景。

「痛っ、あだだだだだっ、頭痛いー」


 そういえば夕べは告白してフラれて、ヤケ酒を飲みまくって寝たんだった。あかん、こりゃ明らかに二日酔いだ。

 今日が日曜で良かった。失恋もした事だし、今日は部屋でまったりしよう。


「あ、あれ?」

 おかしいな。好きだった女にフラれ、あまつさえ笑いものにされたのに、思ったより全然鬱じゃない。これが酒の力だとしたら、なにげにすごくないか?


 水を飲んで顔を洗い、とりあえず部屋の掃除でもしようかと鈍い体を動かす。と、俺は自分の本棚を見て、なんかそこにあるラノベのタイトルをしげしげと眺めて、はぁ、と息を吐き出した。


「なんか、むなしーなぁ」


 俺はその本棚にあるラノベを引きずり出して地面に落とし、それを縦に纏めてヒモで縛った。

 ちょうど明日は雑誌のゴミの日だ、これらを捨てるにはちょうど都合がいいだろう。


 下駄箱の横に束ねた本を置く。その背表紙につらつらと書かれていたのは……


『俺のチートが強すぎて……』

『何故か俺の部屋が美女の溜まり場に……』

『拾った美少女が僕にベタ惚れで……』

『美人のエルフとチートスローライフ……』


「なんだかなぁ。これじゃフられて当たり前だよ」

 何の努力もせずに、自分に都合のいい展開が向こうからやって来る。そんな妄想に日々溺れてる俺が女に告白して上手く行くわけないじゃんか。


 もうちょっとファッションにも気を遣おう、食生活を改善したらちょっとはマシなスタイルになるかもしれない。何かトレーニングでも始めるのもいいだろうな。


「さって、心機一転、今日から頑張るぞー!」

 

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