鎖で繋いで(4)
「海沼先生! あなた一体何を考えているんですか!? 生徒二人を勝手に連れ出すなんて!」
怒号が飛ぶ。昇降口から響き渡る声は、各階の教室まで届いたことだろう。
結局一限をまるまる休むかたちになり、二限が始まる頃に学校へ帰ってきた三人を待っていたのは、随分とお怒りの様子の教頭だった。
「課外授業の一環ですよ、実際ためになったっぽいし、いいじゃないですか」
「いいえ何もよくありません! だいたい、先生の留守中にけが人でも出たらどうするつもりだったんですか!」
「連絡くれればすぐ駆けつけますし、そもそもみんな元気だから心配ないっすよ。実際いなかったわけだし。よかったー」
「そういう問題じゃないでしょ!? あなたたちもね、簡単に先生についていっちゃいけませんよ!」
「まーまー、説教なら俺が全部聞きますから。ね? ちょっと栄養足りてないんじゃないですか? 睡眠とか、しっかりとってます?」
海沼は教頭を宥めつつ、下田と月守にしっしと手を振って”逃げろ”と合図した。
二人はゆっくりと後ずさり、一年の教室まで走った。
教室の後方扉まで来たところで、月守は立ち止まる。
授業中のため、廊下はしんと静まり返っている。
「……まだ怖い」
それは下田に問いかける言葉ではない。
「おれもたまに、教室入るのが怖くなるんだ」
「お前が?」
「そうだよ」
扉を向いて話していた月守が、下田の方へ振り返る。
「どうしても学校に行きたくない日もある。どうしようもなく、周りが怖くなる日がある。だけど、先生が教えてくれたんだ。とにかく胸を張っていればいいんだって。悪いことしたわけじゃないんだから」
「……いや、悪いことした帰りだろ」
「ふふ、教頭先生、すごく怒ってたね」
月守はくすりと笑って、また向き直った。
「でもね、何も悪いことをしてきたわけじゃないでしょ? サボるのは、それはいけないことかもしれないけど……。だけど、施設のみなさんと話してた時の下田、すごく楽しそうだったよ」
「……」
思わず顔を逸らしてしまう。それでも月守は下田の目を見て、言葉を繋ぐ。
「たまに、少しの息抜きくらい、したっていいんだよ。しなくても楽しいなら、その方がいいけど。だけど息をするのすら大変な人がいる。生きてるだけで、苦しいことって多分いっぱいある。そういう時に息抜きをするのって、悪いことじゃないと思うんだ」
少しだけ、月守の人間性を見た気がした。
臆病で、不器用で、億劫になることだってある。
完璧な人間なんていない。それなりにできないことはあって、それがまだきっと見えていないだけ。
今日、月守が自分を誘ったのもなんとなく納得がいった。
「もしかして、お前も逃げたかったのか?」
「……うん」
月守は照れくさそうに笑った。
何故、なんてわからない。そういう気分の日もあるかもしれない、それだけだ。
「行こ? サボっちゃった分、今日は頑張らないと!」
扉に手をかけて、月守は躊躇いなく開いた。胸を張って、前を見て。
「お、月守。もう体調はいいのか?」
「はい、もうすっかり」
「下田も」
「あ、はい」
とはいえやはり、抜かりはないようで。
しっかり教師にことわりをいれておいた月守のおかげか、特に何を言われるでもなくしれっと授業に戻ることができた。
クラスの注目はどちらかといえば月守にいっているようで、これも計算だとするのならなるほど、人よりは完璧に近い存在なのかもしれない。
注目を集める月守を横目に自席へ着くと、佐久間がこちらへ身を乗り出してきた。
「なあ、メール見た?」
佐久間は下田や月守が一限を休んだことも、下田が無断欠席した件にも特に触れることはなく、どうやらあのメールのことだけが気になっているようだった。
「あれ、やっぱりお前だったのか」
「そうだよ、で? どうだった?」
「どうも何も、チェーンメールだってすぐにわかったから読むまでもなく捨てたよ」
「は!? え、最後まで読まなかったのか!?」
本当はまだメール自体は捨てずに取っておいてあるが、これ以上あの件に関わりたくはなかった。
「迷惑だからああいうくだらないことに巻き込まないでくれ。お前も簡単に騙されるなよ。あんなのすぐわかりそうなもんだろ」
「いや、騙されたとかじゃねーんだけど……っはあ、なんだよ、まあいいや」
佐久間は心底つまらないといった表情で大人しく前に向き直った。
掲示板の書き込みは確かに自分の過去に当てはまるものだった。しかし、個人名が出ていたわけではないし、今どんな心配をしたところで状況が変わるわけではない。
もしかしたら誰かの悪ふざけにたまたま当てはまっただけかもしれない。
顔も名前も何もわからない相手に怯えて、真に受けているなんて馬鹿らしい。
それよりかはまだ、月守や海沼や兄の言葉を当てにしてみる方がましだと思ったのだ。
メールも本当に消してしまおう。胸を張って生きるために、あれは必要ないものだから。
「……兄貴? いるのか?」
家へ帰ると電気が点けっぱなしになっていた。てっきりまだ兄が家にいるのかと思って声をかけるが、返事が返ってくることはない。
代わりに机の上にお得用と書かれたビーフジャーキーが乗っかっていた。
下田の好物だ。きっと兄が置いて帰ったのだと思ってありがたくいただくことにする。
「……うまい」
今日は好物尽くしにしよう。久しぶりに米を炊いて、たらふく夕飯を食べて早く寝よう。
明日も学校へ行くのだから。
そうとなればと夕飯の献立を考えているうちに、メールを本当に消してしまおうとかそういったことはすっかり頭から抜け落ちていた。
嫌な夢のことも、呪いのことも、綺麗さっぱりと。
***
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最後まで読んでくれてありがとう!
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雪待月が昇るまで。 那由多 @nayuta1060
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