第7羽 恐ろしき「あの方」

「三羽ガラス? ああ、知っていますよ」


 俺はカラスバーに来ていた。バーと言ってももちろん人間のバーとは違う。どうやらバーのマスターは奴らを知っているらしい。


「それで、あの三羽が俺のことを元人間だと言っているんだが……。彼らはここで情報を得たと聞いている」


 もし、俺が元人間だと知られれば、カラス界から追放されるかもしれない。漫画の読みすぎかもしれないが。


「その話ですか。あの三羽がうちに来て、どんちゃん騒ぎしたんですが、一羽が急に『最近見かけるようになったカラスは元人間に違いない』と言い出しまして。他の二羽も『その話、聞いたことがある』だの、『情報を手に入れたのは俺が先だ』とか騒いでましたよ」


 心配しすぎたらしい。あいつらのことは放っておいてよさそうだ。


「それで……『あの方』というのはどんな奴なんだ?」


 あの三羽の会話からするに、カラス界のボスに違いない。場合によっては今後の身の振り方を考えなければならない。


「『あの方』をご存じない!? まさか、そんなカラスがいるとは……」


 マスターは驚きの目で俺を見る。あれ、もしかして地雷だったか? やっちゃった感じ?


「すぐに挨拶に行くべきです。そうしなければ……。ああ、考えただけでも恐ろしい!」


〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜


 俺はマスターの案内で「あの方」の住んでいる場所にやってきた。


「お、元人間がやって来たぞ!」


「自分から来るとはバカな奴め」


「くくく、あの方がどんな反応をするか、楽しみだ」


 例の三羽ガラスが門番らしいが、果たして門番としての役目を務められるのだろうか。他人事ながら心配になる。


「さあ、新米をあの方と面会させてもらおうか」とマスター。


「マスターの頼みだ、しょうがない。今回は特別だぞ」


 そもそも、断る権限があるのだろうか?


「あの方は非常に忙しい。手間を取らせないように」


 俺は分かったとうなずく。


「あの方のことは『あなた様』と呼びなさい。そうしないと、恐ろしいことになります」


 マスターが小声でアドバイスをくれる。ここにいるカラスでまともなのはマスターだけだ。信じるしかない。


「ああ、前の奴との話し合いが終わったらしい。さあ、次はお前の番だ」


 いよいよ、カラス界のボスとご対面だ。案内されるがままに進むと、そこにいたのは着飾ったカラスだった。


「お前か。新米カラスというのは」


 「あの方」と呼ばれるからには歴戦のカラスかと思い込んでいたが違った。男性ではなく女性だった。それもかなり若い。


「新米カラスを連れてきました」「これで我々の功績がまた一つ増えたな」「まあ、これくらい楽勝だ」


 三羽ガラスはアピールするがマスターがにらむと黙り込んだ。


「名はなんという?」


 名前? そういえば今に至るまで名乗ったことがなかった。名前か……。


「俺の名前はクロです」


 もちろん、今適当につけた名前だ。人間時代の苗字である黒田から考え付いた。


「ちょっと待った! すでにクロというカラスがいる。紛らわしいから、名前を改めよ」


 なんかゲームでありがちなフレーズだな。「この名前はすでに他のプレイヤーが使っています」みたいな。いきなり名前を変えろと言われても……。


「私の記憶が正しければ、クロは数年前に亡くなったはずよ。そうよね、マスター」


 あの方の問いかけにマスターがこくりとうなずく。三羽ガラスは「え、マジ!?」といった顔をしている。こいつら、とことんダメだな。


「クロよ。なぜ、挨拶が遅れたのだ? 場合によってはそれ相応の罰を与えなくてはならない」


 挨拶が遅れた理由? 存在を知らなかったからとは言えない。何か、ないか? この場をしのげる言い訳が。


「ここに来たのがつい最近でして。勝手が分かっておらず、失礼をいたしました」


 うん、これなら無難だろう。我ながらナイスだ。


「それなら仕方がない。さて、ここに来たからには、お前にも私のために働いてもらわなければならない。まずは……そうね、そこの三羽の弟子として修業をつみなさい」


 三羽ガラスの弟子!? 彼らは弟子ができることに感極まったのか、泣いている。こいつらのもとでまともに修業ができるのだろうか。ありえない。それだけは勘弁だ。


「お前は――失礼。あなた様は――」


 訂正したが遅かった。隣にいたマスターは両翼で顔を覆っている。俺は覚悟した。恐ろしいことが身に降りかかることを。


「まあ、なんてことを! そんな呼び方されたのは久しぶりだわ。ゾクゾクしちゃうわ!」


 ……。


「あなた、もっと私をいじめてちょうだい!」


 ……。


 なるほど、マスターが言った通り、ある意味恐ろしい事態になった。


「あら、お返事がないわね。まあ、これからいくらでも機会はあるから、よろしくね」


 それだけは勘弁願いたい。


「まずは……そう、面白いイベントを考えてちょうだい」


 面白いねぇ。抽象的すぎて困る。というか、カラスが面白がるイベントってなんだ? カラス界に詳しくないのに。まてよ、これならいける!


「みんなで人間にいたずらをしましょう。その中で一番面白いカラスが勝ち。これでどうでしょうか」


「うーん、抽象的だけど、それでいこうかしら」


 いや、あんたの要望が抽象的だったからだよ!


「優勝したら、私を『お前』呼びする権利を与えます。クロ、頑張ってちょうだい」


 うん、優勝しないように頑張ろう。そうしなければ、待ち受けているのは……考えるのはやめよう。さて、人間にいたずらしまくりますか。

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漆黒の翼〜転生したらカラスでした。イタズラ上等、カラス生活満喫中。おい、猫は来るな!〜 雨宮 徹 @AmemiyaTooru1993

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