若きヒーローのために(Part3)

八無茶

若きヒーローのために(Part3)

若きヒーローのために(Part3)

                       八無茶


大城小学校と和泉小学校の対抗試合は、今年から年少組と年長組に分けて行うようになった。2年程、和泉小学校には負け続けの大城小学校に、この地域では負け無しの強いチームであるジャガーズから対抗試合の前に練習試合をしないかの話があり試合をやったところ、6対2で大勝利した。ジャガーズは6年生と5年生で11名、揃っていたが大城小は、3年生2名、4年生3名、5年生3名、6年生3名の11名で戦った。ジャガーズの佐々木監督からその話を和泉の土田監督が聞いたのだろう。年少から育てる。どんな鍛え方をしているのだろう。年少さんで勝負させ、どこが違うのか見て勉強したい。が本音であろう。と太田監督は読んでいた。

5対0で完全に負けた。土田監督は守備の1年生、2年生が素晴らしい動きをしていた。そしてよく打った。感心した。と評価していた。



今晩の宴は予想していた通り、賑やかで卓也の祝勝会であった。

「勝ったよね、勝ったよね」「卓也、何回言えば済むのかな」「パパ勝ったよね」「うん見ていたよ」「どこがよかった」「ライトの大きなフライが3度あったね。それをお父さんが淳一に教えた通りにボールの着地点を予想して一目散に駆けていたね。そして振り向きアウトにしたのは素晴らしかったよ」「ごめんね。一度だけ走りに力が入りすぎ、振り向いてキャッチしたけど体が完全に止まらなくて後ろにひっくり返ってしまった」

「その時のセンターの立花君のフォローも見事だったね」「うん僕が仕込んだんだよ」「そうか、そうか」淳平は淳一に教えたことをよく覚えていて上級生の立花君達に教えたのだろうと思っているが、自慢して淳一の弟であることに誇りを感じている時なので、それ以上のことは言わずもがなであった。

「それともう一つすごいと思ったのは最終回の時ライトへの大フライを捕球した後の連係プレイで、よく二塁を刺したね。あれは正解だったよ」と淳平が褒める。淳平も褒められる子の疲れを癒す一番の褒美である事を卓也も知って、淳平におねだりしているのが分かる。

「ゴロもうまく捌(さば)いたね。和泉の土田監督も大城小の幼い選手の守りがすごい、うまかったと太田監督に話してくれていたらしい」

「よく分かっているじゃないか」と相変わらず家にいても大将である。

「淳一」と彼の方へ振り返って「明日の試合、ヘタは出来ないぞ。卓也に笑われるか卓也の野次が飛んでくるぞ」家族皆大笑いだ。



その時淳一の携帯電話が鳴った。電話が終わり「ちょっと出かけてくる」「今何時と思っているの。10時過ぎよ。誰から?何の用?」「もう皆寝る時間よ」「部員から、明日の件で監督からの伝言」と言って出かけて行った。「伝言なら電話で済むじゃないの」と心配だ。

10分程したら帰って来て「お休み」と言って二階に上がって行った。

ひと安心だ。



翌日、振替休日で朝起きるのが皆遅い。野球の集合は昼、2時だ。

淳一だけが早起きして自主トレでもしているのだろうと思っていたら、「コンビニでパンでも買って食べるから心配しないで」との声が聞こえ、出かけて行った。「相当興奮しているか、心配事が出来たかな」と淳平は心配になった。

昼過ぎに部室の前に行くと斎藤明美が昨日の整理や、今日持って行く物の整理をしていた。「おはよう、かな?こんにちはかな」とたわいもない挨拶をして斎藤明美が御船の方を見た。

「きやー、如何したの?その傷」「弟とぶつかって、そんなに目立つか」「目立つわよ。部員が集まってきたら、みなが言うよ」「斎藤明美、お前が殴ったんだろ」「仲良くしろよ」って。

「その時は『うん』と行ってくれ。『好きだ』とか『こんな所は嫌いだ』とかぐずぐず言うから殴ったの。って」「ちょっと、そんなこと言える訳がないわ」そんな話をしていると部員が集まりだした。

やはりみんな「どうしたんだ」と聞く。どさくさにまぎれ、「斎藤明美にどつかれたんだ」斎藤明美がこちらを睨んでいる。

一人一人が聞くのに答えるのには疲れ果て「校内放送で斎藤明美と喧嘩した。と放送して来てほしい」と出来るものなら、そうして欲しいと願った。

監督まで嬉しそうに聞く。斎藤明美の睨みはまだ続く。

監督の話が始まった。「ここ二年程負け続けている。今年こそは勝つ。年少さん達のように早いうちに点を稼ぐ。そして年少さんのように守備では走り回り、フォローを確実に年少さんを見習うこと。和泉の土田監督が『年少さんの守備は抜群によかった』と褒められたのに『年長さんはこんなもんか』とは言わせたくない。いいな」「はーい」

「それからピッチャ-は富木で様子見から入るつもりだったが、ジャガーズで戦ったメンバーが5人もおり、怖いのはこの5人で、大場キャプテン・キャッチャー、滝川サード、堤ショート、神谷ライト、森脇ピッチャー。

よって初めから御船で行く。キャッチャー野口、ファースト高田、セカンド立松、シヨート坂田、サードキャプテン木下、ライト富木、センター赤城、レフト竹田、以上。

今年こそはピッチャーの森脇を潰せ」「いくぞ」「おおー」

「斎藤明美とわしは、飲み物、氷、紙カップ等を買ってからグランドに行く」「以上」



グランドに着くと昨日と同じぐらいの観客で、ダッグアウトでは即席応援団がバケツに氷を入れ、水を入れた後に、スプライトやアクエリアス等を入れ、飲み物を冷やす準備をしている。


集合の合図で二校が揃った。7回戦の勝負で審判の紹介と宣誓、先攻後攻が決められ、選手が散らばった。

大城小は後攻だ。プレイボール。早速卓也の声が響き渡った。

「最初が肝心。ゼロに収めろよ」まだこんな元気が残っているのかと淳平は耳を押えたくなる気持ちを我慢している。

「ピッチャーは兄ちゃんだよ」「そうだなあ」「キャッチャーは野口君だ」「いいコンビだね。素晴らしい試合が見られるぞ」

「ストライク」の声が聞こえる。1番西口は三振、2番神谷、野口君の大きな声が聞こえる。「神谷だぞ。要注意だ」ストレート、ストライク、「今日は走っているぞ、いい調子だ」ストレート3球で三振ツーアウト、土田監督が首を捻っている。3番古川、声援が起こる。「5年生と聞いていたが、神谷より声援がきつい。野口が変化球を要求、御船が首を横に振る。ストレートでOKか「御船を信じよう」

全てストレートで三者三振でチェンジ。野口が淳一のマウンドに駆け寄り、肩を叩き、笑いながら戻ってくる。淳平は感じた。すべてストレートだったことを。そして体の動きは速いときの半分と見た。淳一の今日の出来の良さに満足している。「ほー、やっぱりヒーローだね」と卓也が偉そうな態度で言う。「まだ早いよ」と淳平も言いたいのを抑え、卓也の顔を見て笑っている。


赤城がバッターボクスに立った。「4年生だぞ、森脇、ちったぁ手を抜けよ」慌てて淳平が卓也の口を押えた。「今日は先輩たちの真剣勝負の日、卓也の野次はここまで」「わかった」森脇もこの子の野次で動揺したわけでは無いだろう。スリーボール、ツーストライクまで追い詰めたのに赤城にショートを越す軽いフライでランナーを出してしまった。

2番御船がバッターボクスに入るとき、キャッチャーでキャプテンの大場はジャガーズと大城小の試合の時から御船を知っている。コテンパにやられた記憶が蘇(よみがえ)った。


そして淳一の顔を見た瞬間、時間が止まったかのような錯覚を覚えた。「何があったのか?今は考えまい」


ジャガーズの時と同じだ。軽い振りから当たった後のフォロースルーのすごさは一段と増しているらしい。「甘かった、1球目からは振らないだろうと思った矢先、センター越えの大フライか」淳一は二塁打で赤城は三塁へ進んだ。3番はレフトを守る竹田だ「絶好のチャンスだね。6年生だよ」淳平は黙って見ている。2ボール・1ストライクまで竹田は狙いすましている。4球目なんとバントだ。球は一塁側に転がり、竹田はアウトになったけど、赤城が生還し貴重な1点が入った。「キャーすごい。竹田さーん」の嬌声が聞こえる。即席応援団の声だ。監督も首を縦に振って褒めている。さあ4番キャプテンの登場だ。森脇も緊張している。「森脇、いつもの調子だ、まだ初回だ」こんなに早く緊張の場面が来ようとは思ってもいなかった。森脇も1ボール2ストライクと調子が上がってきた。4球目なんと4番キャプテンの木下にスリーバントエンドランだ。


誰も予想していない。ワンアウトのいい体制で4番キャプテンにスリーバントをさせて来るなんて和泉小の土田監督ですら予想していなかった。「きゃー、御船くーん」見事なバントでキャプテンはアウトになったものの御船のホームスチールで2点目が入った。5番野口、痛烈な当たりはショート堤のうまい捕球でアウトになってしまった。



2回戦は和泉小4番キャッチャーでキャプテンの大場からである。

淳一もキャッチャーの野口もジャガーズ戦でよく知っている。

「挨拶程度に胸の高さぎりぎりにストレート」右手の1本指で筋を書いている。「あれは強、中、弱の弱だ」御船の足が揚がる。「ぱーん」と音がする。振らない、じゃーと言うことでど真ん中、右手の3本指が動いた。

「ぱーん」強烈な音だ。大場は前より威力が増していることに気づいた。ボールが上に反りあがって来ている。『3球目同じ球よ来い』と狙いを付けた。ど真ん中、しめた、大場の足が動いた。「びゅん」と音を立て大振り、『4球目同じ球よ来い』またど真ん中、しめた、「びゅん」と音を立て大振り、流れた、落ちた、初めて見る御船の剛速球のスライダー。

ジヤガーズとの試合の時よりすごさが増している。それを平然と受ける野口め。次の回では撃つぞ。最低バントに毛が生えたような打ち方でも必ず打つ。5番の滝川と話をしている。滝川も曲者だ。野口は考えた。「大場を見てアドバイスを受けただろう。必ず当てに来るはずだ。なりふり構わず。バントでも口先講釈でも、その手に乗らないことだ」「まず豪速球のスライダー、合わせようとしたら、取って置きのフォーク、これで行こう」勝負が始まった。御船のスライダーに手が出ない。「試しにストレートの弱だ」動いた。大振りじゃ無い、合わせに来たなファウル。ならば次はフォークだ」見事に野口の勝ちだ。御船のフォークにバントさえできなかった。



次はショートの堤、この選手も曲者だった。「野口のリードに任せよう、野口が何を狙っているかが読み取れるからと淳一は100%の信頼を寄せていた」「一発目は様子見の浮いてくるストレートの要求だ」投げた。その瞬間、ショートを守っていた坂田が後ろを向いて7mほどバックした。なんと2球目は打った球が坂田を狙ったように、じっとしている坂田のグラブに吸い込まれた。淳一も野口も監督もゲームを見ているような光景に、あんぐりと口を開けている。卓也が何が起こったのか不思議な顔をして「パパ、坂田先輩は予知能力があるのかなあ、あるとしたら聞いて勉強するよ。予知能力が卓也に取り付いたら誰にも負けたりしないぞ」「違うよ、彼も昔ジャガーズに所属していたんだろう。その時堤先輩の癖に気付いたんだろうね。そのしぐさが見え、『あっ、ドラッグバントだと気付き』1球目があのスピードで2球目もあのスピードならドラッグバントしても距離はせいぜいセカンドまで位とすると、ショートならこれぐらいだろうと山を張った守備だね」「すごい。そこまで考えるか。脱帽だ」「いい選手だね」「坂田神様だね」





2回、後攻は6番のその坂田からだった。「坂田、神さまー」卓也の声が響き渡り、大城小からも和泉小からも拍手が起こった。

ツーエンドツーから坂田の流し打ち、1塁と2塁の間を抜くヒット。またもや拍手が起こった。7番富木が送りバントでワンナウト、坂田は2塁へ進塁。8番鼠小僧の立松だ。

「出塁させるとうるさいいぞ。森脇」と言って大場がサインを送っている。スリーツーまで追い込んだ。6球目フォークだ、三振アウト。9番高田4年生だけど御船の後を継げる位うまいピッチャー候補だ。粘ったけどまたもや森脇のフォークに倒れた。





3回、先攻の和泉小7番服部。御船のストレートが唸る。同じフォームからカーブが来る。同じフォームからスライダーが来る。手頃のスピードだ、チャンスと思ったらフォークで落とされる。手の施し様が無い。8番落合、9番森脇は6年生だ。御船のストレートの威力は増して来ているように思える。ジャガーズの佐々木監督から大城小には『化け物』が居ると聞いて信じられなかったが、5年生のピッチャーとは思えない。浮いてくるストレート、急激に曲がり流れていくスライダーとスクリュウ、一瞬消えたかと思われるフォーク、監督の私がバッターボックスに立ってみたいと思わせる威力に惚れ惚れしてくる。

ヒーローを見た。ジャガーズのキャプテンである和泉小のキャプテン大場に「ヒーロー御船、ヒーロー御船」のコールを叫ばした奴があいつか」「攻略法はあるのか」





3回、後攻1番赤城、「出鼻を挫かれ1点を献上したのがこの4年生の赤城か、考えれば震えがくるなぁ」「大場、これ以上点をやるな」「泣き言は言うつもりはありませんが、御船は前回のジャガーズでの試合の時より数段素晴らしくなっています」「そうか。お前もそう思うのか」「私もあのあと練習して来ましたけど、かないません。悔しいけど、彼には天分かもしれません。彼の天分と勝負できることを嬉しく思っています」「そうか、そう思うか」「今日を逃したら来年は私は中学生です。御船と会えません、彼は6年生です。中学生になった時の御船を早く見たいものです」と言って涙を流す大場を土田監督は見ていた。


赤城はサードゴロに倒れた。

2番御船、「さあ勝負」森脇のフォークが決まりだし、御船も苦労してファウルで粘っている。その時「打てないのか。へっぴり腰。女のマネージャーに殴られたって。尻でも触ったんか?」と大きな声が響き渡って馬鹿笑いが聞こえる。大場が立ち上がった。声がしたスタンドの方へ歩きだした。選手も観客も皆、声も出ないというより黙って大場の動きを見ている。大場が観客の大野、小林、奥村の前に立ち止まった。大場は何も言わず突然、奥村を殴りつけた。スタンドから奥村が転げ落ちる様子が淳平にも見えた。

大場はバッターボックスに残していた御船の所に戻り、謝っている。

審判が笛を吹いて試合終了を宣言した。原因は選手が観客に暴力を振るった理由だ。




大場が小さい声で「すまん。許してくれ。知らなかった。このことは黙っててくれ。お前を殴って怪我させたのは奥村だ。今、気が付いた。以前奥村に御船はどんな練習をしているのか不思議だな。と冗談半分で話したことがあった。お前同級生じゃないか、それぐらい知ってるだろう。知ってたら教えてくれ。そんな話をしたことがあった。これが怪我をさせてしまった原因だと思う。馬鹿が。」「許してくれ」

「大丈夫だよ。卓也とゴッツンコしたことにしてあるから」「斎藤明美にも謝りにいくつもりでいるから」



「そうかすべての始まりは、不用意にお前の凄さに驚き、何とか打ちたい気持ち一心からだ」

「私のしたことで野球が取りやめになった。申し訳ない」

「何回も謝らなくていいよ」

「お前の球を捕球させてくれないか、力いっぱいの球をだ」

異例の事であった。審判も和泉小のメンバーも帰る準備をしている。

ただ和泉の土田監督と大城小は誰も帰る準備はせず、御船と大場のやり取りの経過に目が釘付けだ。

バッターボックスに立っていた御船が誰もいなくなった内野のピッチヤーマウンドにグローブとボールをしっかり握りしめて、ゆっくりとマウンドに立った。


「幻の球よ、剛速球の球よ。さあ来い」大場の叫びが響き渡った。

「浮き上がるストレート来い」「ぱーん」

「直角に曲がり流れ落ちるスライダー来い」「ぱーん」

「逆のスクリュウ来い」「ぱーん」

「スライダーより深く大きなカーブ来い」「ぱーん」

「スライダーより深く大きなシュート来い」「ぱーん」

「ストレート並みのフォーク来い」「ぱーん」

「スーパーヒーロー御船の球よ来い」「ぱーん」

「小学最後の・・・・・・・ありがとう」

「幻の球を、剛速球の球を、俺は受けたぞ」大場の雄叫びが揚がった。

すすり泣きが聞こえる。土田監督も太田監督も斎藤明美も速野陽子もナイン皆のすすり泣きが聞こえる。

そして大場はマウンドまで行って御船と握手をし、肩を抱いて野口を捜し、

キャッチャー同志の無口の熱い握手をかわした。


     若きヒーローのために(Part3)完


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