そらの彼方でまた会おうぜ!

石嶋ユウ

そらの彼方でまた会おうぜ!

 月の裏側での航行実習を終え、地球へと進路を取る。隣の機長席で小型宇宙船の操縦をこなす天先輩はいつも通り涼しい顔をしている。先輩は私の中で目標のパイロットの一人だ。と言っても、先輩も私も見習いパイロットであることには変わりない。それでも、先輩には現役のプロでも早々持っていない、卓越した操縦センスがあると私は思っている。私はそんな先輩の顔を眺めるのが好きなのだ。すると、レーダーから突然警告音が鳴り出した。私は何が起きたのかを確かめる。

「機長、後方から複数のデブリが本機に接近中です」

 どんなに小さなスペースデブリが一つでも当たれば、この船は大きな損傷を受け、帰れなくなってしまうかもしれない。天先輩は表情一つ崩さす、至って冷静だった。

「副長、今すぐ余剰エネルギーを推進システムに回して。最高速度で回避する」

 私は船内の余剰エネルギーを推進システムに供給し始めた。先輩は私がそれらシステムの操作を終えるとこの船が出せるほぼ限界の速度まで加速した。デブリよりも早い速度で飛ぶことで当たるのを回避するためだ。程なくしてデブリから遠ざかり、レーダーの反応も消えた。先輩は様子を確かめてから航行速度を元の速さに戻した。それから、私の方に目を向けた。

「副長、よくやった」

「ありがとうございます」

 私たちが扱う旅客用宇宙船の操縦は基本的に機長と副長の二人で行われる。だからこそ、操縦には機長と副長が息を合わせる必要がある。

 直後、通信が入る。連絡をいれてきたのは、私たちの指導教官である南雲教官だ。今回の実習内容は自分たちだけでどれだけできるかを確かめるものであり、教官は管制室から私たちの様子をずっと見ていた。

「こちら管制室より南雲。二人とも、こちらのレーダーでデブリを捉えたのだけど、そちらは大丈夫だった? オーバー?」

「こちら機長の朝倉です。全員無事です。船体への被害もなし。これよりそちらに戻ります。オーバー」

「こちら管制室より南雲。了解。さすがはうちのエースたちね。道中気を付けて。オーバー」

 通信を終えると先輩は再び前方に目を向けた。これは、天先輩と二人だからこそできたことだ。もし、先輩がいなかったら私は、今の状況をどう対処していたのだろうか。


 地球にある私たちの学校、筑波宇宙航空大学校へと戻る。二一二四年現在、宇宙での生活は当たり前になっている。人々の宇宙での生活を支えるため、宇宙船パイロットや整備士の養成は、偉い人たちに言わせれば急務だ。ここでは、そんなパイロットや整備士を目指している私たちが毎日技術を学んでいる。学ばなきゃいけないことが多くて大変だけど、いい学校だと思う。

 整備場に着いて船を着陸させると整備課程の斉藤くんが迎えてくれた。彼は早速私たちが乗っていた小型船の点検を始める。彼は作業をしながら傍らで様子を見ていた私と天先輩に話しかけてきた。

「二人ともおつかれさん。今日はデブリ云々で大変だったな」

「斉藤くん、そう言ってくれてありがとう」

「うん。それにしてもまた訓練機を酷使したなお二人さん。今日はまあ仕方ないとはいえ、いつも手入れするのが大変なんだぞ。特に朝倉先輩は操縦が少し荒いんですよ」

「いつもすまん……」

「いや、朝倉先輩謝らないでください。その分整備のやり甲斐があるってもんですよ。この学校のパイロット課程でトップクラスのコンビの機体を扱えるのは、純粋に嬉しいです」

「嬉しいこといってくれるねー、斉藤くん」

「なんか、為永がそういうと生意気に聞こえるんだよな」

「はあ?」

 こうやって何気ない会話をするのが私は好きだ。だけど、こうして過ごせる時間は残り少ないということも分かっている。

「お、いつも通りのメンツが集まっているねぇ」

 私と先輩が斉藤くんを囲んでいると、青山先輩がやって来た。青山先輩は斉藤くんの先輩で、天先輩とも旧知の中だ。

「青山、お前は暇なのか」

「いや、そういう訳じゃない。就職先が決まっている天よりは暇じゃないさ」

 私は思わず目を伏せた。先輩は半年後にはこの学校を卒業して、大手の宇宙航空会社にパイロットとして就職するのだ。私の気持ちなど気づかずに天先輩と青山先輩は話を続ける。

「青山だって、就職先決まっているだろ」

「まあ、そりゃそうだが。そうだ、せっかくだから明日の夜にでもこのメンツで飲まないか?」

 斉藤くんは作業の手を止めて青山先輩の方を見た。

「先輩良いですね、賛成です」

 私も咄嗟に手を挙げる。

「私も行きたいです」

 天先輩も来るだろうかと思っていると先輩は申し訳なさそうな顔をした。

「三人とも、すまないがボクはパスで」

「うん、なんか用事か?」

「まあ、そんなところだ。就活で世話になった人に挨拶に行こうと思って」

 またしても、心がチクリとした。

「おっけー、じゃあ明日の夜、いつもの居酒屋な」

 青山先輩は手を振ってどこかへと去っていった。私は、天先輩の卒業を素直に喜べずにいる。


 次の日の夜。私は斉藤くんと青山先輩の二人と一緒に学校近くの居酒屋で飲んでいる。斉藤くんも青山先輩も一杯を飲み切るのが早い。既に酔いが回っている斉藤くんがジョッキをテーブルに置いた。

「昨日、為永たちが出くわしたデブリ群、調べたらやっぱりこの前の事故の物らしいですよー」

「事故って、あれか。貨物船の荷物が全部外に出ちゃったっていう」

「そうなんですよせんぱーい。まったくもう大迷惑ですよね」

「ああ。デブリを回収するための行政機関や民間業者はいるが、回収が追い付いていないのが現状だかならなあ」

「そうですよね。しばらく航路の安全確保が大変そうですね。気をつけなくちゃ」

「おう、気をつけろよ為永―」

「はいはい」

 そうは言ったものの、私はかなり不安だった。またあの様な状況になった時、果たして私は冷静でいられるのか。過去のことを思い出してつい弱気になる。私の様子に気づいてか、斉藤くんがさっきまでの酔った様子はどこへやらで私に真剣な眼差しを向けた。

「為永、大丈夫か。やっぱり一昨年の事を思い出すのか」

「……そうみたい」

「あれは仕方のないことだろ。お前もあの頃は一年生で技術もまだまだだった」

「……」

 何も言えない私は、ふとこの場で今の自分が何を思っているのか、目の前の二人に話しておきたくなった。私は飲みかけのビールを一気に流し込んでから一息ついた。

「話がずれるけど、私は、私の今はあの頃、天先輩に助けられたからあるんだって思っている。だからかな、私は天先輩が卒業するのを素直に喜べないの」

「為永……」

「私、どうかしてるよね。先輩の卒業を喜べないなんて」

「いや、わかるよ。俺だって中学の頃にそういう経験あるし」

「そうなんだ。初耳」

「まあ、今まであんまり言ってこなかったことだからな」

 私と斉藤くんの間で自然と笑いが出た。こうやって自分の気持ちをわかってくれる人がいるのは嬉しい。すると、さっきからずっと無言でいた青山先輩がぼそっと言った。

「そうか、それは晴香が独り立ちする時が来たってことだね」

「え?」

 私は青山先輩の言葉に戸惑った。だが、すぐに冷静に考えるとその通りなのだ。今の今まで全然そのことを考えていなかった。青山先輩が私の方に目を向ける。

「やけに驚いてるね」

「そうですね、なんでそんな事にも気づいてなかったんだろうって思って」

「じゃあ、今から考えればいいさ」

 その言葉には青山先輩の優しさがにじみ出ていた。

 私は改めて考える。自分が独り立ちするとは、どういうことなのか。飲み会が終わり自宅に帰った私は、ベッドに寝っ転がった。それで振り返ってみることにした。天先輩と出会った頃のことを。


 宇宙船のパイロットを養成するこの学校に入学したての頃の私はドジばかりしていた。宇宙船を操縦するためのマニュアルを何度読んでもしっかりと覚えられなかったり、いざ実際に操縦すると操縦ミスで船を水平に飛ばすことができなかったりしていた。下から数えた方が早いくらいの成績順位だったと思う。そんな私の人生を決定的に変えたのは、私と当時の相方であった同期で初めて宇宙空間での飛行実習を行った時だった。私が機長で同期が副長だった。当時の持てる技術をすべて使い、辛うじて安定した操縦で飛んでいたが途中で予期せぬデブリ群の接近があった。それらを避けようとめちゃくちゃな飛行をしたが、複数のデブリが船体を掠め、船の生命維持システムの制御回路に異常が出た。そのせいで私も相方も軽い酸欠を起こしてしまった。幸い、同乗していた当時の指導教官の操縦で私たちは帰投することができた。その上、私たちは無事だった。その日の夕方、相方からコンビの解消を告げられた。「あんたに操縦を任せていたらすぐに死んでしまいそうで怖い」と言われた。彼女がいなくなってから私はその場でしばらく一人うずくまった。こんな私ではダメなんだ。自分なんて要らないやつなんだって思いが頭の中をずっと駆け巡っていた。


 辛くなって家に帰る気力も無くして、誰もいない整備場で一人夜空を眺めていた。放心状態だった。だから、そのちょっと前から人がそばに立っていたことに気づけなかった。

「大丈夫か?」

 そう声を掛けられて私はようやくそばの人が誰だか理解した。当時の私にとって怖そうな先輩くらいにしか思っていなかった天先輩だった。先輩は私の目をじっと見ていた。私は咄嗟に言葉を出せず、ただ首を横に振るしかできなかった。

「何があった?」

「……相方にコンビの解消を言われて、あんたに操縦任せていたら死んでしまいそうだって言われて、それで、私、私どうしたらいいのかわからなくなって……」

 抱えていたものを出すと、途端に涙が出た。天先輩は顔を上げて空の方を見た。

「奇遇だな。ボクもついさっき相方にコンビを解消したいと言われたよ。ボクの操縦に合わせるのが大変になってしまったからだそうだ」

 空を見上げる先輩を見ながら、この人は凄い人なんだなって思った。それから先輩は空に向かって指を指した。

「初めて話したのに名乗ってなかったな。ボクの名前は朝倉天。天空の天と書いてそらと読むんだ。父が名付けてくれた。名前のせいか、ボクはいつからかパイロットになりたいと思った。いつか、あの星空を飛び回ってその彼方、そのもっと先の宇宙の果てに何があるのかを見たい。だが、今日のコンビ解消だ。ボクはやり方を間違えているのかな……」

「そんな、ことは、ないと思います。先輩は、その夢のためにずっと頑張ってきたんでしょ。私は先輩のこと、凄い人だって思います! 私なんかよりもよっぽど凄いと思います!」

 咄嗟に言葉が出ていた。それから天先輩は私の目をまた見てきた。

「君の名前、聞いてなかったね。名前は?」

「た、為永晴香です」

「そうか。じゃあ、ボクら、コンビを組んでみるか? 晴香君は大変かもしれないが。できる限りのサポートはする。だから、ボクらでいつか見てみないか、その、空の彼方のさらに向こうの宇宙の果てを」

「……はい!」

 この時、私は決めた。この人と一緒に宇宙の果てを見るんだって。


 それからというもの、私は天先輩に助けられながらできる限りのことを頑張った。次第に私は理解できなかったマニュアルの読み方のコツを掴み、船の操縦も安定するようになった。二年生の半ばを過ぎた頃には、上位の成績を収められるようになっていた。


 一通り振り返ってみると、この二年半、天先輩がずっと私のそばにいてくれた。だから私は安心して頑張ることができたんだと思う。つまりだ。私は、怖いんだ。天先輩がいなくなってからのことが。またミスばかりしてしまうのではないかと怯えているんだ。私の中でようやく、自分が天先輩の卒業を素直に喜べない理由を言葉にできた気がした。じゃあ、どうすればいい。先輩は半年後にはいなくなる。だったら、それまでに自分が先輩無しでもやっていけるんだっていう自信を持ちたい。私は自室で一人ベッドから立ち上がった。それからすぐに、デバイスに連絡が入った。天先輩からの呼び出しだった。


 深夜二時。天先輩に指定された学校近くの公園に行くと、先輩は既に待っていた。相変わらず空を見上げている先輩の姿を見ると安心する私がいる。

「やあ、来たか」

「先輩、どうしたんですか? こんな真夜中に呼び出して」

「いや、ちょっと話したいことがあってな」

「……私もあります」

「そうか」

 私たちは夜空を見上げる。思えば、私たちの間を繋いだのは夜空だった。

「二年半前。ボクらはコンビを組むことにした。最初は晴香がボクに合わせるのにとても苦労していたと思う」

「あの頃は本当に大変でした。天先輩のテクニックが凄すぎて、それについていくのがやっとでした」

「だろうな。だけど、君は頑張り方のコツを知らなかっただけで、ボクや斉藤、青山がコツを教えたら君は驚くほどの早さで成長していった。気がつけばボクらは、自分で言うのもあれだが凄く良いコンビになれたと思う」

「私は天先輩にコンビを組もうって言われた日に決めたんです。先輩が見たいと言った宇宙の果てを一緒に見るんだって。そう思ってから私、大変だったけど嫌だとは一度も思わなかったです」

「それは、先輩、いや友として嬉しいな。そうか、そうだったんだな。ありがとう」

「私も嬉しいです。先輩がそう思っててくれたことに」

 天先輩は私の方に顔を向けた。私も先輩の顔に目を合わせる。

「だからだな、ボクは少し不安になってしまったんだ。晴香が、ボク無しでも一人前のパイロットとしてやっていけるのかと」

「先輩……」

「先輩として情けないことを言っているのは、わかっている。その一方で晴香の友として、心配なんだ」

「天先輩。だったら、次の飛行実習、私を機長にしてもらえませんか。私も同じことに気づいたんです。いつまでも先輩に頼っていちゃいけないって。だから、私、先輩に見せたいんです! 私は先輩無しでも大丈夫だって!」

「晴香……」

「お願いします!」

 私は天先輩に向かって、頭を下げる。先輩は少しの間何も言わなかった。やがて、先輩は頭を下げ続けていた私の肩に手を当てた。

「……わかった。頼むから顔を上げてくれ。次の実習はボクが機長ってことで既に報告してるから、明日、南雲教官に変更しても良いか、二人で聞いてみよう」

「……ありがとうございます!」


 翌日、私たちは南雲教官の部屋を訪ねた。天先輩が事情を一通り話して二人で頭を下げる。

「どうかお願いします!」

「まあまあ、二人とも頭を上げて」

 私たちは頭を上げる。教官は困ったような顔をしていた。

「あなたたちがそう言うのなら、あなたたちにとってこのお願いはとても必要なことなのでしょう。でも、今すぐじゃなくてもいいでしょうに」

「それじゃダメなんです! 私は先輩に一刻も早く、安心してほしいんです!」

「ボクからも言わせてください。ボクはあと半年でここを卒業します。この二人で飛べる回数も残り少ない。時間がそんなにないんです。だから、少しでも早く彼女の成長した姿を見たい。だから……、お願いします!」

 困った様子だった教官はしばらく考え込んだ後に優しい微笑みを浮かべた。

「わかったわ。私の負けね」

 私たちは顔を見合わせた。それから二人でまた頭を下げ、声を揃えた。

「ありがとうございます!」


 それから数日が経って、いよいよ実習の日を迎えた。今回の実習も私たち二人だけで航行する。

「いよいよだな」

 隣の副長席で天先輩は私の顔を見てきた。

「はい」

 私の手が少し震えている。正直怖い。だが、私はこれをやりたいと望んだのだ。だから、何が何でもやり遂げてやる。

 船の計器を操作する。全システム問題無し。安全確認良し。全ての確認を終える。私は一度深呼吸をした。

「では、行きます」

 船が離陸した。


 私を機長とした飛行実習は自分で驚くほど、うまく進んでいった。二年半前にはできていなかった安定した航行ができている。私にとってはそれだけでも嬉しかった。そうか、私はこんなにも成長できていたんだな。天先輩も嬉しそうな顔をしていた。

「機長、順調じゃないか」

「ありがとうございます」

 これなら、無事に終えることができそうだ。そうしたら、先輩を安心させることができる。そう思った矢先だった。レーダーが警告音を鳴らした。

「機長、デブリが接近中。レーダーを見る限り、デブリは一つだけだが前回遭遇した物よりもサイズが大きい」

 なんてこった。やっぱり、しばらくは気をつけなくちゃいけなかったようだった。油断していた。どうする。どうすればいい。頭の中が冷静でいられなくなる。判断ができない。このままじゃ、ぶつかる。すると、天先輩は私の肩に手を当てた。

「大丈夫だ。晴香ならできる」

 私は先輩の目を見た。先輩は私を信じてくれている。私にはそれが心強く感じられた

 私はすぐに前方に目線を戻した。もうすぐ、デブリと衝突してしまう。私は船の操縦桿を握ってすかさず船体を急旋回し、デブリとの衝突を無傷で防いだ。それは一瞬のことだった。一瞬過ぎて、自分が無事に今の状況に対処できたことを後で理解した。それと同時に私の中で一つのことに気がついた。そうだ、先輩との日々が今の私を助けてくれたんだと。例え先輩が私のそばにいなくても、私はやっていけるんだ。だって、先輩から教わったことは全て私の中に刻まれているのだから。

 先輩は誇らしげに私を見ていた。

「よくやった。……晴香は、もう一人前だな」


 それからは何事もなく無事に実習を終えることができた。斉藤くんや青山先輩、南雲先生たちは総出で私たちのことを迎えてくれた。みんなからよくやったと言われる中、先輩だけが、嬉しさなのか、寂しさなのか、私を取り囲む輪から少し離れたところで一人泣いていたのが私には見えていた。先輩が泣いたのを見たのは、出会ってから初めてだった。



 時間はあっという間に流れて、いよいよ天先輩たちの卒業式の日を迎えた。天先輩は誇らしげに壇上で卒業証書を受け取った。私はそれを泣きながら見届けた。やはり天先輩が卒業するのは寂しい。でも、来年は私があそこに立って、先輩と肩を並べられるパイロットにいつかなるんだと考えると泣き続けている暇はないなと思った。天先輩みたいなすごいパイロットになることが、先輩への恩返しになるような気がした。式典が終わると、私と斉藤くんは天先輩と青山先輩に声をかけた。斉藤くんは涙を堪えているようだった。

「青山先輩、朝倉先輩、今まで本当にありがとうございました。お世話になりました」

「ああ、こちらこそありがとうな」

 青山先輩はそう言うと斉藤くんを抱きしめた。その後で私ともハグをした。青山先輩とハグをし終えると、天先輩は優しい顔をしていた。

「晴香のおかげで、安心して卒業できた。本当にありがとう」

 先輩は手を差し出してきた。

「こちらこそ、天先輩のおかげでここまでこれました。今まで本当にありがとうございました」

 私は差し出された手を握った。私は天先輩との別れの挨拶に涙は似合わないと思った。先輩もそう思っているのか、お互い涙は見せずにただ、握手を交わした。天先輩はいつも通りの天先輩だった。

「最初に会った時の約束を覚えているか」

「もちろん覚えています」

「ありがとう。晴香も分かっていると思うがその約束を果たすのは今じゃない。今はお互いの場所でそれぞれのやるべきことをやっていこう。そして、いつか一緒に宇宙の果てを見に行こう」

「はい、もちろんです。だから、それまでは私も私の場所で頑張っていきます。だから、もし、どこかでばったり見かけたら私は先輩に合図を送ります」

 私は天先輩に向かってサムズアップした。これが私なりの合図だ。

「ああ。それは嬉しいな。じゃあ……」

 先輩もサムズアップをしてくれた。それから特大級の笑顔でこう言った。

「空の彼方でまた会おうぜ!」

(終)

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そらの彼方でまた会おうぜ! 石嶋ユウ @Yu_Ishizima

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