第25話 他人の視線ってどこを見てるか案外気付くもの

「ぐぬっ……視野の中心が見えないくらいで飯さえまともに食えねぇなんてダッセェぜガルド・エクスカリバー……これしきの壁を乗り越えられないで何がシルフィさんを超える勇者の育成――ど熱っっっちぃ!?」

「…………」



 単なる食事にすら苦戦する痛々しいガルドを、小さな溜息を吐いた雪豹は見て見ぬ振りをする。




× × × × × × × × × ×




「お、おぉ……どこにも視野のピントが合わない生活にも慣れて来たぜ段々……構造が複雑なこの本拠も俺にかかれば――どわっ!? 階段あったの忘れてたあばばばばばばば!」

「…………」



 共用スペースの映像を自室のモニターで横目にする雪豹は、階段から転げ落ちて悶絶するガルドを見て大きな溜息を衝いた。




× × × × × × × × × ×




「オラオラっ! どーだ雪豹っ! 俺が血反吐はくまで練習したリリムたんの最強コンボの味はよぉ!!」

「アンタ、何でゲームだけは普通に出来るの?」



 食事や日常生活に多大な影響すら及ぼしている筈のガルドは雪豹の自室――モニター室で完璧なまでのサキュバスコンボを雪豹が操作するキャラに叩き込み、少し同情的になっていた雪豹の大逆転ほんきで大敗した。何度も。



「ぐぬぬ、ちくしょう、紙一重か……だが俺ぁ伸びしろのある男! 新たな対策を練って次こそお前に初めての敗北を味わわせてやるよぉ!」

「アンタの対策如き、ゲーマーの私が対策出来ないとでも? 私に抜かりはない」

「視えねぇけどドヤ顔してんのが思い浮かぶわ。ふんっ、精々足を洗って待ってやがれ!」

「私足洗わないといけないほど悪い事してないんだけど? 首でしょ洗うのは」

「悪の組織の幹部が何言ってんだ? ま、俺ぁ風呂に入って来るぜ~おっと介護は要らねぇ、覗くなよぉ?」

「誰が好き好んでアンタのお風呂を覗くのよ。早く死ね」

「はいはい、んじゃな雪豹~」



 モニター室から出たガルドは脳に記憶する風呂へ壁伝いに向かう。



「ふぅ……何とかいつも通りに振る舞えてたか? あー見えて案外雪豹は気ぃ使いだからな……ゾラニクサルと戦って一週間、普段は雪豹部屋から出てこない癖に俺が飯食ってると共有スペースに来るんだよなぁ……流石に俺でも気付くっつうの」



 ガルドが有効視野を失ってからというもの、雪豹は様々な面でガルドを気にかけていた。

 いつもは悪態を衝き合う関係の二人とは言え、雪豹の気遣いに気が付かないほどガルドは鈍感でもない。



「気にかけてくれるのはありがてぇんだけど、普段と違うと居心地が悪いんだよなぁ……逆の立場だったら迂闊に悪口も言えないこともわかるけど」



 猫又のニィロとの激戦があり、ガルドに救われた雪豹としては気にかけずにはいられない。



「警告を受けてたってのにゾラニクサルに感情的になって憑呪を使ったのは俺の責任だ。『アンタの自業自得。一生這いつくばって生きなさい』みたいに一蹴されるもんだと思ってたけど、何にも言わねぇんだもんなぁ。もっとフランクに接してくれよぉ! 意識される方がダルいっての!」



 うがー! と暗闇に吠え、ガルドは溜息を落としながら風呂場へと到着し、そして脱衣を始める。



「つっても生活然り、育成然り、このままじゃマズいのは確かだ。治癒の兆しもなけりゃ、ギンから指示っつー指示もねぇ。基本的に【円卓の悪騎士】は自分の事は自分でする方針だし、俺の眼が失明こんな状態だろうと、自分で何とかしろってことなんだろうな……」



 ガチャリと浴室の扉を開け、ガルドは湯気の立ち籠る浴場へと踏み込む。

 掴めない距離間、阻害し続ける有効視野の中、手探りでシャワーヘッドを掴もうと手を右往左往。

 そんなガルドの手の平にこれまで一度も触れた事のない感覚が。



「むにゅ? ん? なんだこれ? 濡れてて柔らかくて……突起?」

「んっ……!」 



 懊悩していたガルドは気が付かない。

 シャワーが放出を続けている音に。



「……覗きならまだしも、乙女の入浴中に直接襲いに来るなんて噂通りの変態君だね~。あ、今は覗きも出来ない状態だから直接触りに来たって訳かな?」

「――――へ?」

「とりあえずおっぱいから手を離してくれないかなぁ? ムラっちゃうと後でまたお風呂入らないといけなくなっちゃうしさぁ」



 ガルドは首を振って有効視野外の周辺視野で眼前のナニか――人物をぼやけながらも遂に捉え。

 


「きゃあああああああああああああああああああああああああああああああああああああああッッッ!?」

「どうして君が叫び声を上げるのカナ? 普通この状況で声を上げるのウチじゃない?」



 ガルドの大絶叫に桃髪の少女はケラケラと笑う。



「ご、ごめんっ! 視えてなくてっ、マジでごめんっ!! 俺出るからっ――――」

「まぁいいじゃん、これも何かの縁。一緒にお風呂入っちゃおっか」

「は!? えっ!?」

「フェロちょ究極技『瞬洗い』。ほら君も綺麗になった。ほらこっちこっち~」

(へ!? え!? 何がどうなってんの!? 何で俺が女の子にお風呂誘われてんの!? 童貞の俺にはどうしたらいいのかわかんねぇ!? ――けど、こんな据え膳ビッグチャンス乗らない手はねぇ!!)



 手を引かれるガルドは少女の突然の提案に混乱が尽きないものの、自身初のビッグイベントに心音は高鳴るばかり。



「はいっ、入浴~。足元気を付けてね」

「お、おう……」



 少女に言われるがまま入浴し、向かい合う二人。

 狭くのない湯釜の中、少女はガルドと距離を取るでもなく、寧ろ距離を詰める。



「じ~」

「…………っ」

「じ~~~~~っ」

「ぅ……あ、あの……何でそんなに見て来るんだよ……」

「観察~」

(ぐっ……視野が欠けてて肝心なところが視えねぇ……! 女体が近くにあるって意識しただけで反応してきやがるし、さっきの感触がまだ手に残っててヤベェ……! 落ち着けガルド・エクスカリバー……! こんな時こそ俺の憧れシルフィさんを思い浮かべて――あ、逆効果だコレ)



 熱が一箇所に集中し、ガルドは思わず隠すように膝を抱え込んだ。

 が。



「だ~め、隠しちゃ」

「ちょっ!? ぎゃああああああ!?」



 ガバっと。柔らかい手によって足を開かれ、ガルドは赤面を回避する事は叶わない。

 そんなガルドの全身をくまなく眺めた少女は妖艶に笑い。



「あはっ、やっぱり。立派なモノ持ってるねぇ~。食べたくなっちゃった」

「はっ!? 食べ――えぇっ!?」

「君、後でウチの部屋においでよ。ウチの初めてを君にあげる」

「は……? はぁっっっ⁉ たっ……対戦よろしくお願いします!!」



 ガルド・エクスカリバーは今夜初めてを経験する。

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悪役勇者のはかりごと~愛する最強戦姫の平穏のために新たな最強戦姫を育成します~ 蒼乃都ノア @aonotonoa

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