第24話 人の振り見て我が過去見直せ

「魔王軍最高戦力のクソ三魔将さんが都市に何の用だ?」

「そーんな冷たい呼び名しないでくれよぉガルちぃ~。俺達の仲だろ?」



 二本の捻角を頭部に持ち、色素が抜かれた紫に近い肌の色をした悪魔の男は宙に座りながらヘラヘラとガルドへ笑顔を繕う。



「ゾラニクサルてめぇ……! 何が俺達の仲だクソ野郎! 俺の故郷の村に人間のフリをして近付き、瞬く間に皆の信頼を得て皆殺しにしたド畜生が!!」

「ん~、いいね~、その憤怒顔六十九点でちゅ! つうかガルちぃが『同調の能力のせいでヘボ戦人って馬鹿にされてるよぉ~助けてゾラえもん~』って言うから殺してやったんだろ? 何をそんなに怒ってんだ?」

「黙れッ! 俺はそんなこと望んじゃいなかった!」

「あ~はいはい、人間様が大好きの責任転嫁ね。ま、ガルちぃが望んでいようが望んでなかろうが、どの道全員殺すつもりであの村に近付いたのは違いねぇ。かははっ! その中でガルちぃが生き延びたのは俺の気・ま・ぐ・れ。お前を生かしておけば後々楽しくなるぜ~? って俺の直感がビンビンだったわけさ~」



 蕩けた顔をしながら頭に指を突き刺して痙攣する男ゾラニクサルに、立ち上がったガルドは轟々とした殺意を向ける。



「そうかい……じゃあテメェはその楽しさを知る事なく死ねや――レロ、憑呪だ」



 ガルドの足元の影からレロが現れる。

 しかしレロは体の隅々まで震えきっており、ガルドの命令に従順とは言えなかった。



「だ、旦那……や、止めといた方がいい……ゾラニクサル様には勝てないよ……」

「うるせぇ! 憑呪だ!!」

「うっ……わ、わかったからそんな怒鳴らないで……」



 怒りに支配されたガルドにレロが取り込まれ、片翼を生やしたガルドはゾラニクサルに近い風貌へと。



「おっ? 何を見せてくれるんだガルちぃ? ボクちんお腹の奥がゾクゾクしちゃうよ~」



 周囲にドス黒い呪力が渦巻き、ガルドの背後に巨大な黒豹が現れる。

 ガルドの殺気とは裏腹に、ゾラニクサルは目を輝かせ興奮も最高潮。



「悪魔の棺」

「あらら、閉じ込められちった。次は? 次はっ? ボクちんのこと圧殺でもしちゃう?」

「んな生温いもんじゃねぇ。串刺しだ、死ねクソ悪魔――悪魔の杭打ちエクスパイル!」



 ガルドが指を振り上げると棺に極太の杭が全方位から打ち込まれた。



「おご……っ!?」



 黒い液体を垂れ流しながら貫通する幾十ものパイル

 ガルドは確かな手ごたえを感じ、一気呵成に攻め立てる。



「杭ごと原型も残さねぇくらいに圧殺してやる……! 皆の痛みを思い知れ!!」

「うほおおおおおおおおっっ!? ――ってか?」

「な、に……?」



 パキンっと棺も、杭も、ゾラニクサルを取り巻いていた全てが砕け散った。



「は……? 無傷……?」

「俺ぁ芸術が大好きだからな、芸術点を稼ぐには演出は必須だろ? そうそう、その自信が崩れた困惑顔が堪んねぇ~~~っ、っ! が、まだ俺をイかすにはちょい足りねぇ、七十五点だガルちぃ。あの頃よりかは強くなってるみたいだけどダメダメだ。攻撃ってのはこうやんの」

「速――」

「デコっピンピンッ」

「がっっ!?」



 擦過の勢いで吹き飛んだガルドは額から流血し、痛みに悶えながらも体勢を立て直す。



「っ痛ぇなクソが!! ぶっ殺すッ!!」

「かははっ! 勢いだけはあの頃から変わんねぇなぁ!」



 剣を創造したガルドの連携に合わせて黒豹レロが飛びかかるも、ゾラニクサルは宙をふよふよと漂い攻撃を躱していく。



「んっふっふ~、見たところガルちぃ、呪いの力全然制御出来てないけどダイゾブぁ? クソ雑魚生命体の人間がその力を過信すると――呪われるぜぇ?」



 ゾラニクサルが警告を放った瞬間、ガルドの視界の中心は黒点で埋め尽くされた。



「なん――だこれっ!? 全然見えね……!?」

「ガルちぃの強みは無意識の同調によるものだったな~。その強みが視界から来るものなら、呪いはその強みを奪いに来る。どうやら人間ってのはモノを認識する有効視野と、ぼやけた周辺視野があるみたいだが、呪いは有効視野を狙いに来たってところか? 今頃ガルちぃの視界はなーんにも認識できてねぇんじゃね?」

(正面にいるゾラニクサルの姿も黒点に被って見えねぇ……!? 角度を変えれば見える事は見えるが、ぼやけ過ぎてて何をしようとしてるのかすらわかんねぇ……!)



 モノを認識するために肝心な視界が機能していない。

 これまで視界情報に頼って戦ってきたガルドにとって、その弊害はあまりにも痛手過ぎた。



「にゃーお、ご主人も戦闘どころじゃなくなったんだし、仔猫ちゃんも大人しくしろよいっ」

『うにゃあっっ!?』



 宙を一回転するゾラニクサルの蹴撃によって黒豹は吹き飛び、回避もままならないガルドに衝突して横転する。



「なぁガルちぃ。ガルちぃがさっき言ってたルトラちゃんってのは、あのうえーとれす? の格好をしたあのおんにゃのこで合ってる?」

「あぁ!? てめぇルトラちゃんに手出したらぶっ殺すぞ!!」

「かははぁ、何か訳あり? 人間特有の交際ってやつ? つまりあのルトラちゃんに手を出せば俺をぶっ殺してくれるってコトだよなガルち? ぱぱーんっ、決定! ブチ犯してから殺そう」

「ゾラニクサル!!!!!!」

「ガルちその顔百点ッ! くひひっ! あーーーーイくイくイ――――」

「早漏悪魔イきながら逝けや」



 サンッ、と。上空から振り下ろされた紅蓮の刀をゾラニクサルは転移のように瞬間的に回避する。



「ん、お前は……ギン・アロンダイト、だったか? ボクちん今、ガルちぃと遊んでんだけど邪魔しないでくれりゅ?」

「あー、悪ぃなウチの小僧がヤンチャして。だがコイツはもう俺達【円卓の悪騎士】の手足なんだわ。これ以上呪いを進行される訳にはいかねえもんで」



 黒髪を靡かせてガルドの矢面に立つのは左腕機械仕掛けの男――【円卓の悪騎士】ギン・アロンダイト。義手の上に持つ紅蓮の刀はまるで血を成分としているかのように刀身が蠢いていた。



「ギン……? 何でギンがここに……?」

「そこまでだ小僧。ったく、憑呪は使うなって雪豹に言われなかったか? 馬鹿か? それともドМか? 自分の身体削って楽しいんですかぁー? やーいばーかーばーか」

「うるせえ! 自分だって左腕無くしてんだろうが!!」

「ちっげぇよ馬鹿。これは勇者に斬り落とさせたんですー、動かなくて邪魔だったから」

「それ呪いに侵されたからだろ!? つうか止めんなギン! こいつルトラちゃんを狙ってやがんだ! ここで殺さねぇとルトラちゃんんが――」

「安心しろ小僧。ゾラニクサルはアーサー嬢に構ってる暇なんてねぇよ」

「んん? ギン・アロンダイトぉ~ボクちんの力を読み誤ってる? ボクちんがその気になればあんな小娘の一人くらい秒もかからず気絶させて攫う事も出来るぜぇ?」



 たかが人間一人。たかが小娘一人。闘技場内で多くの人に祝福されて恥ずかしそうに笑顔を振り撒くウエイトレスの少女如き何の苦も無いと。

 しかしギンはそんなゾラニクサルの自信を一刀両断。



「てめぇじゃ無理だ。まだまだ粗は目立つが潜在能力はてめぇと互角――いや、育成次第でテメェを超えるもんを持ってる」

「……ふぅん、だったら尚更今殺しておいた方がいいって警告くれてんだ? 優ちいねぇ、チミ達人間は~」

「だから言ったろ害虫肌黒マン。てめぇはアーサー嬢に構ってる暇なんてねぇってよ」



 ギンの言葉に怪訝が生まれるゾラニクサルだったが、ビビッ、とゾラニクサルの上方に小さな口が現れ、無線機のように情報が宙に放たれる。



『ゾラニクサル様、至急本拠にお戻りを! 【湖の精】が侵攻を始めています!』



「あ~ん? 何をしたぁギン・アロンダイト?」

「人の命を放っておけない英雄にちょいとばかしの救助要請を送っただけだ。さぁ、【湖の精】シルフィ・ランスロットを相手にてめぇの部下は何人生き残れるかな?」

「やってくれたなぁ……っ。わーったわーった、ガルちぃを煽り遊ぶのは一旦止めとくわ」



 タンッと上空へ跳び上がったゾラニクサルを視線で追うのはギン一人だけ。

 そんな視界も健常ではないガルドへ向けてゾラニクサルは一条の光線を放ち、ギンは刀を一閃、ガルドへの直撃を阻止した。



「けどよガルちぃ覚えとけ。お前が俺を楽しませてくれないなら、俺はどんなやり方でもお前を追い詰めるぜ? 精々その同調、魔王様に使わなくてもいいくらい強くなれや。んで俺っちを楽しませてくれ~」

(小僧の同調の情報が魔王軍に知れ渡ってる……? 魔王ラスボスの元に向かった戦人は皆戦死してることから魔王の情報は皆無と言っていいほどなんもねぇ……が、なーんかきな臭ぇな)



 ゾラニクサルが虚空へ消え、思考を働かせるギンはパシャンっと刀を解除し静寂が訪れる。



「クソが……」



 ガルドの悔しさの声だけを溶かしながら。




× × × × × × × × × ×




「あーあ、ガルちぃのお手並み拝見とは言え『命のストック』一個無駄にしちまった~。まさかガルちぃ如きに一回とは思わなかったぜ、かははっ! ま、今回は収穫ありっつーことで大目に見てやんよ。もっと憎悪を膨れさせろ、もっと呪いに心を委ねろ。それがお前達人間共が生き延びる道だ、足掻け愛しのガルド・エクスカリバー。くひっ」

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