第23話 悪名は決して一人では得られない
意識が深淵から引き上がる感覚をレインは覚え、同時に付近で会話をする声が耳を打った。
「雪豹ちゃ~ん、なんだ俺の隠された力に嫉妬してんのかぁ?」
「馬鹿言わないで。言う必要がないと思ってたから言わなかったけど、ギンの
「よぉレイン。大丈夫か?」
憑呪を解除した普段通りのガルドの姿を双眸に映したレインは、気を失う前の記憶を遡りながら体にのしかかる猛烈な疲労感と痛覚に現状を一瞬で理解した。
「あ……ガルド様……? もしかしてガルド様が私のために助けに来てくれたんですか……?」
「何でお前のためなんだよ。お前が襲われることも知らなかったわ。でもまぁ実際に倒したのは俺なんだけど~!?」
「浮かれないでウザい」
「ガルド様があの猫ちゃんを? 本当ですかお姉さん?」
「何で信じてねぇんだよ!? お前本当に俺の事好きなの!?」
「あ、いや、すみません……コロシアムでそこまで大した活躍してなかったガルド様が、私達ですら苦戦した猫ちゃんを倒せるなんて寝耳に水で……」
「い、言ってくれるじゃねぇか……確かに俺ぁコロシアムじゃいいとこ無しだったけどよぉ……レインへの攻撃を食い止めただけの棚ぼたフィニッシュだったけどよぉ……」
「落ち込まないでウザい」
「やたらと俺に厳しいな!? 色々言ったのまだ根に持ってる!?」
ひたすらにガルドを罵倒する雪豹は大きな溜息を衝いて座るレインに向き合った。
「冗談のような話だけど本当。癪だろうけどアンタはエクズカリバーに命を救われたの」
「雪豹もな?」
「私はまだ全然本気じゃなかった」
「往生際が悪ぃな!? まぁ別に恩を売る気もねぇから気にすんな――って言いたいところだが、レイン、お前には一つ頼みがある」
「パンツくらいならいいですよ? 今持って帰るなら脱ぎますが」
「要らねぇよ!? つうかマジで性の学が子供で止まってんだよお前は!? そもそもそんな邪まな頼みじゃねぇ!」
いそいそと下着に手をかけ始めるレインをガルドは制止し、雪豹は完全な蔑視の眼差しをガルドへと突き刺しながら後退した。
ガルドには見て見ぬ振りをするしかなかったが。
「? それではガルド様の頼みとはなんでしょう?」
「お前の中で俺の立ち位置ってどうなってんの……? まぁいいや……レイン・キャンディを闇討ちした犯人はこの俺、ガルド・エクスカリバーだって広めて欲しいんだ」
当初の目的である闇討ち犯の悪名強奪。
ガルドはレインを襲った闇討ち犯の犯人を自分に転化しようと提案を持ち掛けた。
「……は? え?」
「意味わかんねぇとは思うんだが、ここ最近の騒動の元凶は俺だってことにして欲しいんだ。何とか追い払ったけど姿を確認したって体でな」
「いやいや……どう考えてもガルド様が解決したと広める方が利点だらけじゃないですか? 実際そうなんですし」
「いやまぁ表の事情しか知らないとその認識になるわな……雪豹」
じっと凝視する純粋なレインの金眼と無言の応酬を続けた雪豹は逡巡した後に結論を出す。
「……アンタに勇者の卵として勧めた時点で、ある程度の信用は出来る人材だしいっか。レイン・キャンディ【円卓の悪騎士】っていう組織の名前を聞いたことある?」
「えっと、確か『呪具』を収集してる悪の組織ですよね。……え? まさか雪豹って、あの懸賞金十八億ビクトの!?」
「そのまさかよ。私達は【円卓の悪騎士】の一員で、呪具の収集ってのは実際建前みたいなものよ。【円卓の悪騎士】の真の目的は魔王を倒す勇者の育成――さっきエクズカリバーが闇討ち犯の悪名を欲しがったように、私達には大きな悪名が必要なの」
「勇者の育成……? 悪名が必要……?」
頭の上でローディングマークがぐるぐると回るも一向に事情を呑み込めないレイン。
その気持ちが痛い程にわかるガルドは苦笑を顔面に張りつけた。
「あー、俺も組織に勧誘された時は何言ってるのかわかんなかった。俺が知ってる世界って随分と狭い世界だったんだなって。だけど魔王を倒す勇者の育成ってのは本当だ」
「……だから私もこれまでに戦場で危険な目にあっても生きていられたのですね、やけに腑に落ちました……」
「いやドМでひりつく戦場を好むお前を育ててる奴はいねぇよ?」
「道理で視線を感じると思ってたんです」
「話聞いてねぇなコイツ」
(けどコイツの潜在的な実力は雪豹の勇者の卵リストのSランクに列挙されたことからも本物だ。そのことを伝えてもいいんだけど……面倒臭い事になりそうだし止めとこ)
恍惚とした表情で体をくねらせるレインの暴走を他所に、思わず滑りそうになった口にガルドはチャックをした。
「つう訳で俺達は勇者にとっての悪役。だから俺が欲しいのは名誉や功績なんかより、育成対象の矛先が向く悪名――今回の悪名が欲しいって訳だ。どうせお前その体じゃ明日のコロシアムでルトラちゃんと全力で戦えねぇだろ? だからレインがやられた事実を改竄して、犯人は俺だって事にして欲しいんだよ」
「……もしかしてガルド様の育成対象はアーサーさんですか?」
「おー、そうだけどどうしてわかった?」
「単なるウエイトレスだったアーサーさんが戦人になるなんて単なる偶然ではないと思っていましたし、戦人入りして日が浅いというのに試合前にガルド様とバチバチしてましたしね。単騎で無双するアーサーさんがライバル視してるようなので、もしかしてそうなのかなと」
突如として現れた強大な力を持つ元一般人。何かしらの考察が戦人の間でなされていても何ら不思議ではないが、流石の洞察力だなとガルドは少々感心した。
「恥ずかしい話だが、今の俺じゃルトラちゃんとやりあっても勝てねぇ。悪名を手に入れてこのまま激突せずに逃げられるなら俺も願ったり叶ったりだしな……」
「というかあのクソメイド、私からガルド様の育成権を奪ったってこと……? このボロボロの体でも明日のコロシアム無理すれば腕の一本くらいは……」
「いきなり口悪いし危ねぇこと言ってんぞこの娘」
「あっ、何のことですかぁ~? てへっ! とまぁ、とりあえず事情は分かりました。ガルド様の願いならば聞き入れる以外選択肢はありません。協力させてください」
「ありがとう、レイン」
痛みに悶えながら立ち上がるレインの手を、ガルドは笑みを浮かべながら握り、今回の騒動の収穫を得たのだった。
× × × × × × × × × ×
翌日。
『お、おい、嬢ちゃん大丈夫かっ!? 誰にやられた!?』
闘技場の前でボロボロになったレイン・キャンディが発見された。
『Bブロック勝者のガルド・エクスカリバーの仕業だ! レイン・キャンディが疲弊してるところを襲われたらしい! 最近の闇討ち犯もアイツだったらしいぞ!』
『優勝のために一人でも戦う相手は少ない方がいいってか……! 正体がバレたからってコロシアムも逃げやがってマジでクソ野郎だな!』
戦人狩り。思惑通り世間の注目と警戒はガルドへと集中し、コロシアムに姿を現さないガルドに人々は大きな怒りを孕んだ。
一方、Bブロック勝者のレイン・キャンディとガルド・エクスカリバーの二人が棄権したことにより、単独で決勝戦へと上がったルトラ・アーサーは。
(アタシが正当な場でおじいちゃんの仇を殺せる今日という日をどれだけ待ち望んだか……それなのに二回戦で当たるアタシを狙わずに、三回戦で当たる予定のレイン・キャンディさんを闇討ちして逃亡……? どれだけアタシを怒らせれば気が済むんですかあの人は……! 本当にムカつきます……!)
更なる殺意と憤怒に燃料を注ぎ込み、一人怒気を膨れさせていた。
「聞いてません……聞いてませんわーーーーーっ!? シルフィお姉様はいずこに!? どうしてコロシアム最終日という日に魔王軍領地に攻め込んだクランから救助要請が来ますのーーーーーーっ!?」
涙目でコレット・ランスロットは三回戦――同Dブロック勝者の一人に大剣を振り抜き、勝利した。
「シルフィお姉様に献上する筈だったこの勝利……何故お姉様がいませんの……!? どうしてお姉様ではなくワタクシが決勝戦にブチ上がっていますのーーーーーっ!?」
決勝戦。
ルトラ・アーサーVSコレット・ランスロット。
誰もが疑わなかったルトラ・アーサーVSシルフィ・ランスロットの決勝戦は意外な形で崩壊した。
それでも観客達のボルテージは最高潮。二人の少女は全力で己の武器を交わし合った。
そんな様子をコロシアムの高い高い半開きの屋根から見下ろす一人の人物。
「君はどんどん高みに登っていくな。階級騎士への昇格、コロシアムの優勝おめでとう、ルトラちゃん」
右眼を閉じるガルドは感慨深いものを感じながら、一つの伝説が誕生する瞬間を目に焼き付けた。
「……で、こんなところに出張ってきて何の用だ? ゾラニクサル――いや、魔王軍最高戦力の三魔将さんよ」
右眼を確と開き凶悪な双眸で睨むガルドはその姿を視界に収める。
本物の悪魔のような相貌をしながら笑う魔王軍の一人を。
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