第22話 エクスカリバー

「へっ、相手の魔法か何だか知らねぇが、元々チビの雪豹がこれだけ小さくなればただのガキンチョ――ぬおおおおおおおおっ!?」



 ビビィッ! と電子の銃声が鳴り響き、電子の弾丸が回避したガルドの眼前を通過していく。



「チッ……」

「舌打ち!? 雪豹舌打ちした!? 助けに来てやった仲間に何攻撃してんだよ!?」

「何かムカついたから」

「今のはどう見てもおみゃいが悪い」

「あれっ!? 満場一致で俺が悪い感じ!?」



 元々の二人の関係性――気軽に悪態を衝き合う関係性もあり、ガルドは飄々とした態度を貫いていただけが、流石の場違いな発言に反感を喰らうのも致し方ない。



「んだよ……あれお前どんどん小さく――って脚沈んでんじゃねぇか!? うおっ!? 俺もだ!?」

「この蟻地獄は動きを止めると流砂に変化する特殊な環境なのよ。だから――ッ!」

「おぉっ!? 足抜けた……雪豹お前自分を犠牲に……?」



 短い腕を伸ばしてガルドを流砂から持ち上げる雪豹は更に流砂の餌食に。



「ふんっ、癪だけど電波環境が無くて能力の大半が死んだ私よりまだ期待できるってだけ。はぁ……アンタに任せる事しか出来ないなんて自分を絞め殺したくなるわ。いい? 動きを止めずに体力が尽きる前に倒すのよ」

「雪豹……」

「私と……レイン・キャンディの仇を……頼んだわよ……ガルド……エクスカリバー……」



 最後までガルドを信じ、雪豹は持ち上げていた手の全てすらも流砂の中へと閉じ込められた。

 流砂に降り立ったガルドは、しかし一歩もその場から動くことも無く。



「レロ、この流砂を水に性質変化だ」

「お安い御用にゃ」



 レロが影から飛び出て流砂に降り立ち、魔力を解放する。

 まるで波紋のように広がった黒の魔力は、周囲一帯を水場へと変化させた。



「あぶぁっ!?」

「あはははは! あぶぁ? だってさレロ聞いたかオイ!? 縁起でもねぇ死に際の言葉を残したのに助けられる気分はどうだァ雪豹!?」



 流砂の中へと沈みこんだ雪豹は、腿丈の浅瀬へと変化した水場で藻掻きながら、ガルドの悪態を受け赤面を余儀なくされる。



「殺すっ! アンタは絶対私の手で殺してやるエクズカリバー!?」

「がはははっ! 遺言みたいにちゃんとエクスカリバーって呼んでもいいんだぜ~?」



 息を荒げながら本気の打撃をガルドへと振り翳す雪豹。

 そんな内輪モメを遠巻きに眺めるニィロは蟻地獄の頂上へと登頂する。



「レロ……生後間もない頃から会ったことのない妹……一体どんな因果かにゃあ。まぁいいにゃ、ガルド・エクスカリバー、おみゃいの元には弟が向かった筈にゃが?」

「んなもん返り討ちだ馬鹿野郎」

「ロロが返り討ち……? おみゃいの同調は厄介にゃが、弟なら無効化して蹂躙できると思ってたんだけどにゃあ。仕方にゃい、弟の仇をここで討たせてもらうとするかにゃ」



 ニィロの体から溢れたどす黒い魔力が砂漠の広範囲に伝播する。



「あん? なんだこりゃ?」

「妖魔の猫又――まだ力を隠してた……っ!?」

「環境変化――魔力封緘ふうかん。みゃーの魔力が届く範囲では、みゃー以外の魔力は使用出来なくなるにゃ。こうなればおみゃい等人間は無力にゃろ? ガルド・エクスカリバーの同調も魔力が無ければ反応すらしにゃい。チェックメイトにゃ」

(マズイ……広大な魔力封緘空間から抜け出すには、猫又の猛攻を純粋な身体能力だけで凌ぎ続けなければいけない……これだけの広範囲に魔力をばら撒くってことは、恐らくは相手もこの一手で決めるつもりで魔力を解放してる……エクスカリバーの同調が相当厄介だと感じてるようね……)



 立っているだけで心身を擦り減らす砂漠の中で、雪豹の見立てでは最低でも一時間は逃げ続けなければならないほどにニィロの魔力封緘空間は莫大。

 あまりもの勝機の薄さに雪豹は唇を噛んだ。



「魔力が使用できない? 同調を封じた? はっ、勝手にしろよ。テメェを倒すのに同調なんて必要ねぇ」

「――は? おみゃいの同調だけがこの場唯一の危険能力にゃ。それさえ封じてしまえば、おみゃいに出来る事は何もにゃいこともみゃーは知ってる」

「過去の俺を知って、俺の全てを知った気になってんのか? 戦場なんてのは進化しなきゃ生き残れねぇ。見せてやるよ、レロ――『憑呪ひょうじゅ』だ」

「合点旦那」



 小さなレロの体がガルドの肩に飛び乗ると、レロの体が吸収されていく。

 ニィロの魔力とは比べ物にならない程の漆黒のナニか――呪力がガルドを中心に渦を巻き、ガルドの容貌を拵えていく。



「あ、悪魔の片翼に光る蒼眼……? な、なんにゃその姿……」



 ガルドの背後では巨大化した黒豹レロが眼光を放ち、それはまるで悪魔に従える猛獣のよう。



「エクスカリバー、アンタいつの間に『憑呪』を……? いや違う、そもそもの話、レロは『呪具』の一つだったって言うの……?」

「武器、薬草、生物……形はそれぞれで能動的に見つけ出すのは至難を極める呪具……呪力を持って生まれたレロにその素質があったにゃんて……いや、わかってた……わかってたからこそ弟にはレロの呪力を奪うなって警告したんにゃ……!」



 浅瀬で腰を衝く雪豹は驚愕を隠せず、高所を位置取るニィロは後退りを強いられる。

 ガルド・エクスカリバーが放つ禍々しく凶悪な呪力によって。



「レロの願望『自由』を体現した。行け、レロ」



 黒豹が巨体に似合わぬ俊敏な動きでニィロへと肉薄する。



「くっ!? 変化――魂狩たまかばさみ!」

「周囲一帯に無数の刃……!?」

「雪豹は動くな。結界――悪魔のひつぎ



 棺の形をした結界が飛行する凶刃から雪豹を守る。

 先行した黒豹の爪や牙が次々に刃を撃ち落としていくも、膨大な数の鋏は無限と言っていい程に湧き続けていた。



「キリがねぇな。朽ちろ――悪魔の闊歩」



 跳躍で水場から脱したガルドが銀閃瞬く蟻地獄を歩行すると、ガルドが放つ呪力に触れた刃は原型を失い崩壊していく。



「呪力がまるで手足のように蠢いてみゃーの刃を朽ち落としていく……!? じょ、冗談じゃにゃいっ!? こんな力……みゃーじゃ敵わにゃい……っ!? くっ!? 刃を集中させて足止めしてる間にみゃーは逃げるにゃ!!」

「おーおー不利だと悟ったら即座に逃走か? レロ」

『グルオオオオオオオオッッッ!!』



 大量の刃を盾にニィロは逃走に踏み切る。

 一撃の咆哮にて黒豹は刃の盾を砕き、蟻地獄を登頂したガルドは、一目散に遁走するニィロを視界に捉えた。



「逃がさねぇよ。悪魔の棺」

「にッ!? くそぉっ、出すにゃっ!? 変化ッ! 変化ッ!?」

「無駄だ。お前が変化させられるのは環境と魔力だけだろ。呪力を持つ俺には敵わないと思ったから逃げた。違うか?」

「あ、あ……く、来るにゃ……!? ご、ごめ……ごめんなさい!! 許してくださいッ!!」

「同じように命乞いした人間をお前等はどれだけ葬って来た? 受けろ、報いを」



 涙目で謝罪するニィロとの距離三十メートル。

 ガルドは腕を上部に振り上げると、空中に巨大な――全長五十メートル以上の黒炎で象られた巨剣が宙に現れた。



「あ……ぁは……これはレロの報復かにゃ……」

「悪道執行」



 諦念を受け入れたニィロは力無く笑い、ガルドは巨剣を凄まじい速度で振り下ろした。










「悪魔の一閃――エクスカリバー」



 悪魔の棺けっかいごと叩き割る一撃。

 大量の土砂と黒炎を上空へ巻き上げ、砂埃が戦場に吹き荒ぶ。

 事の顛末を黒き巨剣にて察した雪豹はガルドの成長――あまりものに大きな溜息を衝いた。



「レロが呪具だったことも意外だったけど、何より憑呪を覚えるのが早過ぎる……駄目……このままじゃエクスカリバーは必ずを失うことになる……」



 雪豹は知っている。ガルドと同じく強大過ぎる力を手に入れ、そして身体を失った同胞がいることを。



「ギンと同じ足跡を辿らせる訳にはいかない……」

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