第21話 流砂の中心でこんにちは。
ガルドが猫又のロロを撃破した他方。
「な、なんなのここ……!? 私、王都にいた筈じゃ……!?」
「あっつ……砂漠……? レイン・キャンディと一緒に得体の知れない場所に飛ばされたって訳……? 最悪だわ……」
雪豹はレイン・キャンディと大砂漠のど真ん中にいた。
(結局警戒心の強い闇討ち犯を炙り出すには『待ち』しか手がなかった……コロシアムの結果から闇討ちの危険が高いのはレイン・キャンディ……エクズカリバーと一緒に居たから好都合なんて思ってたけど、まさか私に変化した闇討ち犯を泳がせてたら
コロシアム中闇討ち犯を捜索していた雪豹だったが、結局闇討ち犯を見つける事は叶わなかった。
(どれもこれも育成対象の
自分の事を棚に上げ、雪豹は苛立ちを滲ませながら暑さに対抗すべく手を仰ぐ。
尋常じゃない汗を拭うレインと雪豹は視線がかち合い、レインはようやく隣にいた人物の正体に気が付いた。
「あれ? ガルド様と一緒に居た泥棒猫? 何でここにいるの?」
「酷い言いがかりね。まぁいいわ、さっきアンタの前にいた私は本当の私じゃない。私の姿に変化出来る魔王軍の手先――ここ最近巷を賑わせてる闇討ち犯よ」
「つまりお姉さんが魔王軍の闇討ち犯ってことですか? ガルド様を裏切って心痛まないんですか?」
「話聞いてた? 私のどこに魔王軍の要素が――」
「にゃはっ、変化の真価、それは周囲の環境までをも変えてしまうことにゃ。ようこそ、みゃーの世界へ」
呆れながら面倒な弁明を試みる雪豹の言葉を遮るように、砂山の頂上から声が降りかかる。
「黒い猫ちゃん……? もしかして魔物……?」
「そんな低レベルな生物と一緒にしないで欲しいにゃ。みゃーは妖魔の猫又ニィロ。魔王軍幹部の一人にゃー」
「妖魔――妖怪の上位種ね……相当の手練れよ、レイン・キャンディ警戒し――」
環境操作、妖魔、魔王軍幹部。実力の一片を感じ取った雪豹は警告を口走る――が、既に隣にレインの姿はなく。
「ふぅん、興味なーいっ。死んで――ゼロ距離斉射【キャンディ百本ノック】」
猫又のニィロの眼前へと飛び込んだレインが傘をバットのように振るうと、周囲に浮かんでいた百の飴玉が横殴りの雨となって猛襲する。
凄まじい物量の攻撃は砂山を爆破させたかのように飛散させるが。
「血気盛んな奴は嫌いじゃにゃい。絶望に陥落した顔がとっても滾るからにゃあ~」
「な――百の攻撃を避けたっ!?」
トンッとレインの頭部に着地した無傷のニィロはニタリと笑う。
「変化――
「うくっ……!?」
小さな猫又の尾は巨大なハサミへと変化し、レインの細い首に開いた凶刃を構える。
「させない。撃ち抜け、電子銃ッ!」
「っとぉ。電波がない砂漠じゃ【円卓の悪騎士】雪豹の能力は使えない筈にゃが?」
「ふんっ、私の能力の全てを知ったつもり? プルもち雪だるまより甘過ぎて反吐が出るわね」
「虚勢にしか聞こえないにゃあ。命拾いしたにゃあ小娘ぇ」
ハサミがレインの首を飛ばすよりも早く電子弾はニィロに肉薄し、ニィロは跳躍で回避する。
冷や汗混じりの膨大な汗を垂らすレインを目端に、雪豹は追撃しながら唇を噛んだ。
(非常にマズイ……悔しいけどアイツの言うように私の能力『ゲーム脳』は現代社会ならではの電波があってこそ……電波が無い砂漠じゃ私の能力の大半は死ぬ……)
「お姉さん、凶報だよ……私の
「……どうやらこの砂漠に引き摺り込まれたのは偶然なんかじゃなく、計画的犯行のようね……」
動き回る雪豹の背後に接近し、レインは劣勢を耳打ちする。
表情が曇る二人の様子に愉快な表情を浮かべながら踊り避けるニィロは、更なる強行へと。
「何日もかけて嬲り殺すのもいいけどぉ~、弟の面倒もあるし手っ取り早く終わらせちゃう――地形変化【囚われの蟻穴】」
「巨大な蟻地獄っ⁉」
二人の足場――ニィロも含めた全員の足場が巨大な巣穴のように陥没した。
「ただの登頂不可能な蟻地獄と思うことにゃかれ。足を止めればたちまち砂地は『流砂』に早変わり。もがけばもがくほど沈み込んでいく『流砂』の蟻地獄をご堪能あれ」
「アンタを倒すのが早いか、体力が尽きるのが早いか……ちんたらしてる余裕はないわレイン・キャンディ! 二人で一気に畳みかけるわよ!」
「ケホッ……りょっ!」
「戦人がただの蟻地獄で動き回れることくらい何度も見て来たにゃー。みゃーは回避に専念するだけでおみゃい等は勝手に死ぬ運命にゃ。回避特化――キャットウォーク」
まるで砂時計のように落ちていく命の砂。
砂の上とは思えないニィロの軽やかな動きを雪豹とレインは捉える事が出来ない。
「はっ、はっぁっ……全然、当たらないっ……!?」
「普段より不安定で体力を削がれる足場、制限時間に焦燥を駆られて躍起になった全力運動――そしてこの灼熱地獄。下等な身体構造の人間が一体いつまで続けられるかにゃ?」
ありとあらゆる要因が二人の首を猛速で絞めていく。
追わねば尽きる命の灯を少しでも延長すべく、レインは無意識の内に脚の回転を緩め始めていた。
(喉はカラカラだし、目眩はするし、いくらヒリヒリした戦場が好きな私でもこんな極限望んでない……!)
「ほらほら~、みゃーは体の一部を変化も出来るにゃ? 遠距離でも気を抜いたらズバッ! にゃよ~」
「ぜぇっ、ケホッ、コホッ……!? 痛っ、ううぅぅぅっ、尻尾がナイフのように……!? も――無理……」
「レイン・キャンディっ!? チッ!? コロシアムの連戦は無理がたかってたって訳……!?」
身体の限界、ニィロの追撃を体に浴びたレインは遂に蟻地獄の中で転倒した。
途端にレインの周囲が水分の含んだ流砂へと変化し、レインの体は徐々に沈み込んでいく。
「はっ……へぁっ……か、体が……呑まれて……」
「にゃはははっ、転べば最期、流砂はおみゃいを逃さないにゃー」
「耐えなさいレイン・キャンディ! 今行くっ!」
「向かわせないにゃー」
救助へと向かおうとする雪豹へと標的を変え、ニィロはナイフと化した長い二股の尾を雪豹へと。
「はぁ……はぁっっ……ごめん、なさい……」
抵抗の体力も皆無に等しくズプズプと体は沈み。
やがてレイン・キャンディは地上から姿を消した。
「……っ。っく……!?」
「にゃふぅーっ! 最後の絶望顔見たにゃ? あの表情を見る度にみゃーはとぉーっても幸福を実感するにゃ! 虚勢を張ったものの依然電子銃しか能力を使えにゃいおみゃいじゃ、二の舞いも時間の問題にゃー!」
ナイフを弾きながら走り回っていた雪豹は次第に動きの精彩を欠いていき。
「はぁっ、はぁ……もういいわ。別にレイン・キャンディが育成対象な訳でもないし、私がここまで頑張る必要なんてないのよね」
「にゃ? 苦しむくらいなら潔く諦めるってことかにゃ?」
「そうね。諦めるわ……」
歩行速度へと徐行した雪豹は、ピタリとその場で足を完全に止めた。
「――私がアンタを倒そうとする無駄な努力をね」
流砂に沈み始める雪豹の威勢にニィロは訝し気な表情を浮かべた。
瞬間、上空から降り注ぐ一つの影に勘付いたニィロはその場から脱し、砂地の大爆発が元居た場所に打ち上がる。
「なんにゃ?」
「よぉ、ちょっと見ねぇ間に身長縮んだんじゃね雪豹?」
「おみゃいは――」
体に降りかかった砂を体を揺さ振って振り払い、雪豹の付近へと着地した一つの影をニィロは凝視した。
「ガルド・エクスカリバー様が助けに来てやったぜ?」
何処からともなく現れたガルド・エクスカリバーが雪豹の前に立ち塞がった。
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