第20話 悪に常識を求めるな

 ガルドが察知したように、猫の頭をした猫又妖怪のロロはガルドの位置を掌握していた。



(この靄は呪力そのもの。煙幕だろうが暗闇だろうが、纏わりつく靄が使用者の俺に敵の位置を示してくれる)



 腕を振るい、爪から発生する斬撃を間断なく飛ばす。



(弱点と言えば纏わりつく靄が何らかの理由によって晴れちまった時に相手を感知出来なくなる事か……それに代償の蓄積も馬鹿には出来ねぇ……! 呪力を垂れ流しただけだってのに、視力の低下と嗅覚が代償なんてマジでふざけてやがる……!)



 ロロは見誤っていた。

 王となる資質を持って生まれたレロから、力に溺れるロロはその根源である呪力を奪った。しかしそれはあくまで呪力を奪っただけ。

 現在の彼に呪力の性能を使いこなせてはいない。



(苛つくぜ……! どうしてあんな精神面もクソ雑魚の妹に呪力が宿る!? どうして俺は代償を背負うだけで人間を喰っても力を得られない!?)



 壊滅的に噛み違える歯車のように、何もかもが上手くいかないロロは苛立っていた。

 全ては悪因悪果の如く、奪った呪力があるために。



(殺す! 絶対に奴等は殺――人間が動いた……?)



 そんな苛立ちを遮るかのようにガルドの反応が動きを見せる。

 ロロはもう一度鋭利な爪で斬撃を生もうと腕を振り被るが。



「……は? 人間の反応が二つ!?」



 纏わりつく靄の反応が二つ、ロロの感知に引っかかる。

 一つは一直線にロロへと接近し、もう一つは迂回しながら靄を脱そうとする動きを見せている。



「いや慌てんな……どう考えても一つは人間、一つはレロの変化だ。だがしかしどういう訳か俺の居場所を捉えてやがる……! どっちだ……? 優先するべきは戦闘力のある人間……!」



 居場所の特定が勘である可能性も大いにあるためロロは靄の中を移動するが、一つの接近は止まらない。



「どちらにせよ両方殺すんだ。順番なんてどうでもいいかァ」

「ようやく見つけたぞオラァ!!」

「人間!」



 靄を突っ切って飛び込んで来たガルドは拳を振るい、ロロは低身で躱す。

 あまりもの直線的な攻撃に策があるのかと勘繰ったロロは失笑する。



「奇襲にもなってねぇよ。まずはお前から殺す!」

「おおっ!? うっ、くっ!?」



 奇襲一転、一撃で肉を裂かれそうな鋭利な爪をガルドは苦鳴を上げながら回避していく。



「俺の居場所をどうやって見つけたかは知らねぇが、そんなお粗末な戦闘じゃ俺を倒す事は出来ねぇよ!」

「ううぅっ!? ぐぅに……ひ、ひ――ひにゃあぁぁぁ!?」



 ガルドから――苦し紛れに回避を続けるから猫の悲鳴が上がった。



「旦那ぁ! もう無理にゃあ!!」

「おま――囮かクソがっ!? 探知を――」

「遅ぇよ!!」

「がっっ!?」



 側方から現れた渾身の拳がロロの頬を直撃し、濃い靄の中を転がっていく。



(コイツ等……戦闘力に長けた人間に変化して突っ込んでくる事によって、もう一つの反応への警戒を解きやがった!)

「油断したなクソ兄様よぉ。まだ終わんねぇよ。ふッ!!」



 長い手足から繰り出されるガルドの射程距離の長い打撃を、唇を噛み締めながらロロは受け流す。



「チッ! くっだらねぇ策を巡らせやがって……!」

「そのくだらねぇ策にまんまと嵌った子猫ちゃんは一体どこのどいつかしらぁ~?」

「黙れ人間風情が! もう一度姿を隠せばお前に察知する術はねぇだろうが!」

「ま、待ってくれ!? ようやく会えたんだからもう少し爪で語り合おうぜ!?」

「語り合う爪が人間にある訳ねぇだろ! 変化解除――猫化」



 ロロは人型から猫又の姿へと変化し、ガルドの足元を縫うように素早い動きで靄の中へと姿を晦ませる。



(二度目はねぇ……! 今度こそ距離を保って仕留めてやる!)

「なーるほどねぇ。レロの言った通り、猫にとって嗅覚が効かないってのはわりかし致命的なんだな」

「は……なんで俺の居場所が――」



 ガルドの眼を振り切るために縦横無尽に走るロロの眼前、行く手を遮るかのようにガルドが飛び込んで来た。



「いや、お前もしかしてレロ――」

「小動物をいたぶるのは趣味じゃねぇが――キャットシューット!!」

「にぃ――――ッ!?」



 強烈な蹴撃を貰い受けたロロは猫の姿のまま吹き飛び、壁面へと叩き付けられた。

 身体が小さな猫又のロロには決定的なダメージのようで、その場でぐったりとしながらガルドを睨め付ける。



「な、なんで俺の居場所が……」

「レロの変化の能力のお陰だよ。あいつ、お前が張り巡らせた靄の性質を『嗅覚が効く』ように変化させたんだ。人間の俺でも嗅ぎ取れるほどの性質にな」

「な……」

「嗅覚を失ってるお前じゃ気が付かなかっただろ? 優位だと思っていた形勢がいつの間にか劣勢になっていたことにな」



 荒波を立てたくない自由を希求するレロが隠していた変化の能力の一つ『性質変化』。

 大掛かりな性質変化は魔力じゃ事足りないが、幸いにもこの空間には魔力以外のエネルギーが充満している。



「まさかレロの奴、俺の呪力を使いやがったのか……!?」

「元はと言えばレロのだろうが。奪っておいて勝手に私物化するんじゃねぇよ」



 代償を伴う筈の呪力をたった一瞬の戦略のために使用したレロに、ロロは驚愕を禁じ得ない。

 ゆらゆらと揺れていた靄は次第に希薄へと向かい、ロロの戦意喪失をガルドは感じた。



「はっ、何から何までまんまとクソ妹に騙されたって訳だ……」

「呪力を奪ったのはお前の自業自得だろ。まぁいい、レロには悪いが闇討ち犯のお前にはここで死んでもらうぜ」


 

 憑き物とは言え相棒の兄を手にかけると言う行為に、ガルドは心苦しそうに腰から短刀を取り出し。



「――だから人間は下等生物なんだよ」



 その心の隙を嘲笑うかのように猫型のロロは俊敏性を活かして駆け出した。

 向かう先には一人の黒髪少女。



「ひぃっ!?」

「おっと大人しくしろよォ。頸動脈に爪をぶっ刺されたくなけりゃぁな!」



 最速で少女の背後に回り込み、人型へと相成ったロロは鋭利な爪を剥き出しに少女の首に突きつけた。



「油断したな人間! お前等は命に重みを感じる生物! 人質を取れば無力なことくらい――」

「往生際が悪ぃ――武雷狂ブライニクル・閃」

「はぇ――――?」



 真正面からの短刀の一閃がロロの頭部を斬り裂き、猫の頭部が地面へと転がった。



「人質が何だって? 俺は悪の組織【円卓の悪騎士】のガルド・エクスカリバー様だぞ。人質なんて知ったことかぁ! ま、人質は人間に変化したレロなんだけど」

「し、死ぬかと思ったぁ!? 旦那ぁ、ちょっとくらい躊躇するにゃ!? レロが猫に戻ってなかったらレロの首ごと跳ねてたにゃ!?」

「おいおいこれが信頼ってやつだろ? お前が人質に取られたら遠慮しなくていいって言うから信じてやったのにレロレロうるせぇなぁ」

「どこが信頼にゃー!? レロが死んだら困るのは旦那なんだからねっ!?」



 人質に捕えた少女はいつの間にか猫又へと変化しており、ガルドは短刀に付着した血を振り払う。



(靄の性質を隠れながら変化させ、囮として特攻して、最後には迷い込んだ人質の振りをして俺の前に現れる。最後の最後まで騙されてたって訳か……ざまあねぇな……)



 首を跳ねられて全てを悟ったロロは、ぎゃーぎゃー楽しそうに口論する妹を一瞥して小さく笑った。



「何はともあれ一件落着か。目撃者もいねぇことだし、お前の闇討ち犯の悪名は俺が貰うぜ」



 体も頭部も徐々に消えゆくロロを視界に入れ、ガルドは都市を騒がせていた問題の鎮静と目的の達成を漏らした。

 しかしそんなガルドの言葉にロロは猫耳をピクリと動かし、妖しく笑う。



「くく、くははっ……! 俺が最初にお前の前に現れた姿すらも忘れて呑気なもんだなァ?」

「お前が最初に――そうだ、てめぇ雪豹をどこにやった……!」



 コロシアムが終わったら情報共有のために合流すると約束していた仲間の消息が知れない。

 ガルドは瞳孔を開きながらロロに詰め寄るも、分解されていくロロを掴むことは出来なかった。



「今頃、次元の異なる別の場所で姉貴に嬲り殺されてんじゃねぇのか?」

「姉貴ね……なるほど、闇討ち犯の情報に統一性がなかったのは、犯人は一人じゃなかったって訳だ……だけどお前雪豹を甘く見過ぎだぜ。雪豹はチビでか弱く見えるけど、めちゃめちゃ強いからな」

「後でチクろ」

「それだけは止めてくれマジで」



 雪豹の強さをガルドは知っている。いくら闇討ちに乗じようとも雪豹が簡単に殺られる筈がないと信頼を置いている。



「俺と同程度だと思ってんなら見当外れだ。姉貴の変化はをも変化させるほどの馬鹿げた力、所詮人間じゃ姉貴には敵わねぇよ」

「環境を変化……?」

「精々足掻け――じゃあな」



 最後の言葉はどことなく優しくレロに向けられたかのような目線で。

 ロロの体と頭部は完全に消滅した。

 少しだけ寂しそうな眼をレロは兄の跡に向けるが、特に思い入れの無いレロは即時思考を切り替える。



「で、どうする旦那? ユキ助けに行く?」

「帰る」

「薄情~。仮にも悪名強奪の協力してくれてるんでしょ?」

「よくよく考えりゃ、お前の兄は俺を狙うために雪豹に変化したんだろ? だったら雪豹を襲う意味なんて無いんだし、今頃どこかのカフェで甘いもんでも――」



 ガルドの思考に微かなしこり。



「旦那?」

「闇討ち犯の狙いは有望な戦人の駆除の筈で、雪豹を襲う意味はない……じゃあ何で雪豹は帰ってこない? デジタルフォンも通じねぇし、マジで巻き込まれてんのか……?」

「心配なら素直に心配って言った方が女子ウケいいよ旦那」

「心配じゃねーっし! 別に女子ウケとかどうだっていいし!」

「はいはい、でも探しに行くんでしょ?」

「嫌々な!? あーあ、世話の焼ける先輩だぜほんと!」



 頭上にレロを乗せたガルドは踵を返して捜索を始めようと一歩を踏み出す。

 しかしレロはガルドから飛び降り、トコトコと兄の跡の前へと。



「ごめん旦那、ちょっとだけ時間頂戴」

「別にいいけど何してんだ?」



 レロの前には黒い靄――漆黒に染まる禍々しい塊が浮遊していた。

 その靄はゆっくりと、ゆっくりと接近したレロの中に取り込まれて行き、レロは振り返りながらガルドへと微笑む。



「兄様も死んじゃったから、折角だし呪力の回収を、ね」

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る