第46話外伝2(???視点)-カクヨム限定-

 私は、昼食とおやつの間、歯を磨きながら退屈誤魔化しに空の下を覗いた。

 昨日の夜、どうやっても眠れなくて雲の隙間に手を差して込んだら、ひんやり気持ちいい気分になって、ついつい地をかき混ぜて国を作ってしまったらしい。


(面倒だなぁ)


 私はとにかく、ものを育てるのが苦手なのだ。大事に育てれば、こちらの世界で一日は生きられる銀杏の木だってものの五分で枯らしてしまったというのに。


(あれは水をあげすぎたのだろうか…。だから私は神になりきれないのだろうな…)


 覗いた空の下では、人間が産まれては死に、増えては減って、一晩で随分と栄えている。

 増えすぎた不要な人間は、こちらの世界に干渉することがある。ある神が、それで駆除するのに困ったという話を聞いたばかりだ。


(あれはどうやって駆除したのだったか…。私も適当な頃合いで燃やしてしまうしかなさそうだ)


 暑いからといって、寝ぼけて地に手を伸ばすのは、もうやめようと反省した。


(ひんやりしていて気持ちいいんだけど。…あ、そういえば…)


 この世界にただ一人しかいない美しい女神が、作った国を一生懸命に愛でていたのを思い出した。

 女神は今日も背を丸めて「ハイラ」という国を美しく整備している。

 白い砂浜に港を作ったかと思うと、人間たちは船を何隻も海へと出航させ始めた。


 私が後ろに立つと、女神はこちらを見向きもせずに言った。


「見て、素敵でしょう?景観も植物も建物も、人々が着る衣装もかなり拘ったのよ」

「…ああ、本当に美しいよ」


 私は国など見もせずに、女神の艶やかな髪の毛に視線を落として言った。


(嗚呼、そうだ)


 この女神に似た人間を作ろう。それから私に似た人間も作ろう。それで、作った二人の人間を番にしよう。

 素晴らしい思いつきだ。ただし、女神に知られないようにこっそりやらなければならない。知られたらきっと気持ち悪がられる。


〜♪


(…これはなんの歌だったか)


〜♪


 鼻歌混じり、人形を作った。まずは女神を、それから私を。


(うむ、どうもうまくいかないな)


 懸命になるうち、ナイフで指を切ってしまった。ぺろりと金色の血を舐める。その時だった。


「ちょっと!!何やってるのよ!?ねえ!!」


 突然の女神の発狂に肩が跳ねる。私が女神の人形を作っているのがバレたのかと思って振り向くと、怒りに顔を赤くして私の胸ぐらを掴んで怒鳴り始めた。


「貴方の国が私の国に侵攻しているわ!どうしてくれるの!?なんとかしなさいよ!早く!!」


(なんだ、バレたわけじゃないのか)


 内心はホッとしたけれど、女神の手前驚いたフリをして下を覗くと、あろうことか私の国の人間たちがハイラの人間を次々に殺しているではないか。

 最悪なのは、彼女が愛していた景観がどんどん汚されていることだった。

 戦火の勢いはどんどん増している。こうなっては手がつけられない。

 元に戻そうと慌てるほどに、景観は崩れていった。


 イラッ


 ひりつくような苛立ちが、皮膚を這い登ってくる。


「次の太陽が巡ってくるまでになんとかして頂戴!」


 女神は大層怒っている。けれど、どうやらそろそろ昼寝の時間らしい。ずかずかと大袈裟な足音を立てて去って行った。


(戻ってくるまでに、なんとか…)


 しかし、勢いづいた人間を収めようにも、わらわらと手をすり抜けて行くばかり。


(もういっそ燃やして…)


 焦って動揺する私の目に、女神が拘ったという、独特な衣装が飛び込んできた。


(そうだ、これで誤魔化せないだろうか)


 私は全ての人間に、ハイラの民族衣装を着せた。これならもう、私の国の人間なのか女神の国の人間なのかなんて判別できないだろう。

 次第に戦火が落ち着き、ハイラと私の国の人間が混ざっていった。

 ぞくぞくする。女神の国と、私の国の人間が混ざるなんて、と。


 午睡から目覚めたらしい女神は、まだとろんとした目を擦って「ちゃんと元に戻したんでしょうね」と言って、空の下を見下ろした。

 良かった、間に合ったと胸を撫で下ろした私だったが、どうやら女神は気に食わなかったらしい。


「どうして肌の色が混じっているのよ!神聖なハイラに貴方のとこの穢れた血が混じってしまったじゃない!!」


 肌の色とはなんだろうか。まさか人間に色分けがあるなど思ってもみなかったので、やってしまったと焦った。

 混ざった赤と白の色水が決して元には戻らないように、こうなってはもう取り返しはつかない。

 最悪なことに、隠しておいた私と女神の人形まで見つかってしまった。


「あら!?なあに!?この人形は!私そっくりじゃない!!…どういう趣味をしているわけ!?…ねえ、それと、もしかしてこれは貴方…?…不気味…」


(見られてしまった)


「ねえ、ちょっと…貴方、これを…どうするつもりなの?」


 私は首を傾げて、へらへら笑うことしかできない。


「…まさかとは思うけれど、これを番にする気?」


 へら、と笑って誤魔化すけれど、うまく言葉が出てこない。


「気持ち悪い」


 女神は、思い切り私を見下す顔で吐き捨てた。

 嫌われた。嫌われてしまった。もう、お終いだ。

 うまく笑えなくなる。手が震える。

 人形を作る時に使ったナイフを思わず手に取った。


 それで、逃げ惑う女神を何度も何度も突き刺した。金色の鮮血が辺りを染めていく。

 驚き見開く目が堪らなく愛おしくなって、崩れ落ちた女神の唇に、初めて口付けを落とす。


 女神は最後の力を振り絞って、私の人形を払いのけた。懸命に手を伸ばして、たまたまそこにあった男の人形と女神の人形に、番の印をつけてから地に放った。


「絶対に…貴方となんか…イサク ロ パロエ…」


(ああ)と思って地へと手を伸ばしたけれど、もうそれぞれが人間の女の胎に宿ることが決まってしまった。

 まだ幸運だったのは、女は私の国に、男はハイラに放たれたことだった。

 ならば、このまま一生めぐり逢わないようにすれば良いだけである。これならなんとかなるだろう。ほっと胸を撫で下ろした。

 そこで、私はまずハイラをほとんど鎖国状態にした。その代わりに、人間にはあらゆる魔法を使えるようにしてやった。


 それから、私の人形を女神の人形の近くに放つ。女神の人形は、人間の時間で六年後に産まれる予定であるらしい。ならばこちらはすぐに仕込まねばなるまい。

 私の人形を一分後にセットした。これならば、人間の時間で一年もすれば産まれるはずである。


「私の人形よ。女神の人形の美しさを隠し続けることが、お前の生涯の仕事である。もし番に見つかることがあれば、女神の人形を殺せ」


 女神の人形の側に置くため、無理に女に作り変えたので、少々不恰好になってしまったが仕方がないだろう。

 女神と私の人形など、また作れば良いのだ。


(あとは…)


 番となってしまった男の方にも、きちんと呪いをかけなければなるまい。

 そろそろ産まれる頃合いだろうか。


(ああ、ちょうど滑り落ちたところか)


 母親に掬い上げられた男児はどうやらハイラ王の第一子だ。

 偶然放られた癖に、王子として生を受けるなど随分と生意気である。


(ほう…)


 女神は握るに任せて人形を放ったので、私の国の人間の血が混じった男児が産まれたらしい。


 ぞくぞく


 無性に腹が立つ、けれど同時に肚の底から言いようのない快楽が湧き起こった。


「箱庭の、愚かな暇つぶし共。せいぜい楽しませろ。私は血の混ざりを大いに喜ぶぞ。だから、お前の願いはなんでも叶えてやろう。強い祈りはお前自身の苦痛になるだけだけどな」


 くくく

 久しぶりに思い切り笑うので、口の端が痛い。

 本当に心から欲するものは永遠に巡り逢えないまま、渇望するものがなんなのかさえ分からぬまま。なんて哀れな王子なのだろう。

 可哀想に。


(おや、もう初めての祈りか、強欲な王子だ)


『兄弟など欲しくない』だと?くだらない。くだらなすぎてため息が出た。


 所詮人間だ。蜘蛛の足を八本にしたことを後悔した神がいたが、それ以上にくだらない。

 一気に興醒めして椅子にもたれかかった。


 その瞬間、傍で女神が夥しい血を流して倒れているのが目に入った。

 金色の血が、強烈な後悔を刻みつけていく。


「本当に死んでしまったのか」


 何度も揺さぶるけれども、ちっとも反応が返ってこない。

 私が触るのを極端に嫌うくらいなのに反応がないのだから、きっと本当に死んでいるんだろう。


 私は初めて大きな声をあげて泣いた。しょうもない国造りごときで女神を殺してしまうなんて。

 暇つぶしが大事になってしまった。


(こんなもの、燃やしてやる)そう思った時だった。


『僕は君がいなければ1秒だって生きてはいられない。僕は君に降りかかる凡ゆる困難を振り払おう。僕の行いは、全て君への愛ゆえである。強く、深く、君を愛している』


(この祈りは…)


 驚いて地を覗く。溢れ落ちるのではないかというほどに目を見開く。


 女神の人形と、番として選ばれた王子が結ばれてしまった。


(どうして)


 発狂する。こんなことは許されない。けれど、結ばれた以上、もうどうしようもない。

 金色の血に塗れた手で何度も地を叩いた。

 叩きつけるたび、美しく恐ろしく、血が舞っている。


 私の人形はどうしたのだ。何をやっているのだ。見ればそれは…


 牢の中で死んでいた。


(…役立たず)


 ふら、と立ち上がって女神を抱き抱えたまま、人間にすれば永遠にも及ぶ時をかけて完璧な人形を作り上げる。


(思えば、あれは失敗作だったのだ。女神に比べれば随分と劣る出来だった。次はもっと完璧に作り上げなければ)


 いくつもの失敗作が積み上がっていく。

 何百個目だろうか、女神と私の完璧な人形は、こうしてついに完成した。


 さすがに肩も凝ったし、腰も痛い。

 途中、うるさく産声が聞こえた気がする。とにかく作業を中断されるのが嫌だったので、「うるさい!静かになるならなんでも叶えてやるから、静かにしろよ!」と怒鳴りもした。

 それで、適当に願いを叶えてやった気がするが、何を言われてどう返答したかなど覚えていない。

 それほど熱を上げて作り上げたのだ。


「見てごらん、私と君にそっくりだろう?さあ、これを地に下ろそう」


 けれど、私の国はとっくに没していた。


『イサク ロ パロエ』


 それは、神の言葉で『削除』という意味。


 反対に女神の国は大いに栄えている。

 けれど、それは決して女神が造りたかったはずの国の形ではなくなっていた。

 つまらなくなって、地をかき混ぜた。ハイラがゆっくりと溶けていく。

 また一から作り直すのか。ため息が出る。

 せっかく素晴らしい出来の人形ができたのに、それを入れる箱がないなんて興醒め以外のなにものでもない。

 途端に面倒くさくなる。


(暗くなってきたし、今日はもう眠ろう。国を造るのは、別に明日になってからでも良いのだし)


 微睡の中、もう動かない女神の髪を撫でて慈しんだ。

 次は女神と私の人形だけの国を作ろう。他の人間は邪魔になるだけだ。お互いに依存し合って永遠のいのちを堕落して過ごすような理想郷だ。

 黄金色の小麦の穂が揺れる地で、文字通り箱庭の世界を作ろう。


(素晴らしい)


 そう決めて眠りにつく。やっぱり暑くてついつい地に手を下ろしてしまった。


(いけない。また望まぬ国を造るところだった)


 私は手を引っ込めた。

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