第71話 最終話:野に咲くお花のように(2)

「ブルーベルちゃんっ!!」

「お義母様っ!!」


 アルヴァロは、湖から現れたキアラのもとに走っていくブルーベルを見つめた。

 二人は、まるで本物の親子のように抱き合い、笑い合っている。


 アルヴァロは、自分一人だけでフィリスに会いたい、と言ったブルーベルに許可を出すのを、ためらった。

 しかし、キアラが言ったのだ。


「好きなようにさせてあげなさい」と。


 ブルーベルを一人でフィリスの前に出したくない。

 しかし、自分が一緒に行けば、きっと手を出してしまう。


 悶々とするアルヴァロを見かねて、ビヨークが、「私が付き添います」と申し出た。

 そしてブルーベルはユニコーンの背に乗って、フィリスの馬車を追いかけ、こうして無事に戻ってきた。


 アルヴァロは、ブルーベルが笑っているのを見るのが、何よりも好きなのだった。

 ブルーベルが幸せそうに笑っている、彼女の幸せを何者にも邪魔させはしない。

 アルヴァロは、固く心に誓う。


 呪術に倒れた少女、リネットの穏やかな表情を、アルヴァロは思い出した。


「兄上、あなたもいつか、自分を許してあげてほしい……」


 アルヴァロはそっと呟いた。


「アルヴァロ様!! 見てください、このお花!」


 ブルーベルがキアラと一緒に立ちながら、アルヴァロに大きく手を振っている。


 ブルーベルは、青空に届くかのように、高々と成長し、大きなお花を付けた、皇帝ダリアを見上げていた。


 淡い紫色や、薄いピンク色をした、ヒマワリのように大きなお花。

 その高さはブルーベルの身長をはるかに超える。


 しかし、堂々としているのに、どこか繊細で。

 その様子は、ブルーベルを思わせるものがあった。


「アルヴァロ様、このお花、皇帝ダリアと言うのですって。ご存知でしたか?」

「ああ。アルタイスではよく見られる花だ」

「わたし、初めて見ました。とても美しいものですね……!」


 キアラが優しく言った。


「気に入ったなら、屋敷の庭師に相談してごらんなさいな。お庭でも育てられますよ」


 キアラの言葉に、ブルーベルは、ぱっと顔を輝かせる。


「本当ですか!? ぜひ、そうしたいです。アルヴァロ様、お庭で育てても構いませんか?」

「もちろん」


 ブルーベルは、わぁ……と言いながら、皇帝ダリアを嬉しそうに見つめていた。


「この花は、ブルーベルに似ているな」


 アルヴァロが言うと、ブルーベルはええっ! と言って、顔を赤くした。


「こんなに堂々とできたらいいんですけど。まだまだ……たくさん、学ばないと」


 アルヴァロは、ぽんぽん、とブルーベルの頭を撫でた。


 それを見て、キアラはにっこりと笑うと、まるで魚のように湖に飛び込む。

 銀色の水飛沫が光って、水面を美しく彩った。


 そして、水の精霊達と追いかけっこをするかのように、泳ぎ始める。

 それは、青い湖を無数の光が乱舞するようで、まるで夢のような光景に見えた。


 ユニコーンが気持ちよさそうに湖の周囲を駆け抜け、白い大きなオオカミが、飛び跳ねるようにしてその後を追う。


「アルヴァロ様、わたし、思うのです」


 ブルーベルがしばし光の乱舞に見惚れた後、そっと言う。


「どのお花も、それぞれに美しいように、わたし達誰もが、それぞれに美しいのではないか、と」


 ブルーベルは、そっと、足元に咲いているお花を指した。

 深い青色をした、リンドウのお花だった。


「このお花は、どこか、フィリスお姉様に似ています」


「高貴で、強い。もし、彼女の考える正義、があれほど独りよがりなものでなかったなら、彼女はもっと違った人間になったかもしれない」


 アルヴァロはブルーベルを抱き寄せ、しっかりと両腕の中に、愛する人を閉じ込めた。


「精霊達の姿は、本当にさまざまでした。彼らはそれぞれに異なる形をしていたけれど、誰もが、圧倒的な存在感がありました。わたし達はつい、目が大きいとか、背が高い、低い、髪の色が金髪だから、黒髪だから、と理由をつけて、どちらがよくて、どちらが劣る、なんて考えてしまうけれど」


「様々なお花が、それぞれの形で、それぞれの色で咲くように、誰もが、それぞれの形で美しいのではないか、とそう思うのです」


 ブルーベルは柔らかな微笑みを浮かべながら、どこか遠くを見つめていた。


「いつか、わたしは、そんなことを、ドゥセテラの人々に伝えたい。そして……いつか、もしわたし達に子どもが授かったら、その子達にしっかりと伝えていきたい、そう思うのです」


 ブルーベルは体の力を柔らかく抜いて、愛する夫に寄り添う。

 この人は、ブルーベルが銀の仮面を着けていた時も、本来の姿を取り戻した時も、変わらず、ブルーベルを愛してくれた。


 そのことが、自分を強くしてくれたのだ、そうブルーベルは思った。


「秋になったら、また皇帝ダリアを見に来よう」


 アルヴァロが言った。


「庭にももっと花を植えよう。幻獣の森へ、ブルーベルの花を見に行こう」


 アルヴァロがブルーベルの頭のてっぺんにキスを落とす。

 ブルーベルは微笑みを深くして、アルヴァロを見上げた。


「そうして、二人で花を見ながら、一緒に年を重ねていくんだ」


 どこからともなく蝶々の群れが現れ、寄り添う二人を優しく取り巻いた。

 それはまるで、「さあ、一緒に歩きましょう」と言っているようで、アルヴァロはブルーベルの手を取り、湖のほとりをゆっくりと歩き始めたのだった。


 ブルーベルが肩にかけている、ふわふわしたショールが風に揺れる。

 それは秋の終わりの、穏やかな一日。

 寄り添うアルヴァロとブルーベルを、蝶々はまるで祝福するかのように見守り、宙を舞い続けた。

 

 * * *


 ドゥセテラ王国で、第四王女として生まれた、ブルーベル。

 一番美しい王女と言われながらも、その美しさを突然失った彼女。


 ブルーベルは、精霊達が暮らす秘められたアルタイス精霊王国で、本当の美しさと幸せを手に入れた。



<野に咲くお花のように、誰もが、それぞれに美しい>



 まるで精霊のような美しさ、とその美貌を讃えられたブルーベル・ヴィエント公爵夫人が綴った、アルタイスの日々の暮らしを繊細に描いた詩集の冒頭には、その言葉が記された。


 精霊と幻獣に愛され、家族に愛され、いつも人に囲まれる彼女は、異国の地であるアルタイスで、幸せに暮らしている。




☆☆☆HAPPY♡END☆☆☆


この物語はここで終わりとなります。

最後まで読んでくださって、ありがとうございました♡

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仮面の王女と精霊王国の最強魔法騎士団長は、不器用な恋をする 櫻井金貨 @sakuraikinka

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