神隠し

 エレベーターの扉が閉まり、私はほっとため息をついた。


 こういったインタビューは初めてではないが、長時間話をするのは堪える。最近、老いを感じることが流石に多くなった。


(今回はちゃんとした記事にしてくれるだろうか)


 過去に何度か、話した内容とは全く違うものが記事にされて、嫌な思いをしたこともある。多少の脚色は覚悟の上だが、創作と呼べるレベルのものは御免被る。こちらも生活がかかっているのだ。


 1階に到着したエレベーターの扉が開く。


 受付の女性に軽く会釈をして、ビルの外に出た。


 自動ドアが開くと、蒸し暑い風が頰を撫ぜた。陽はずいぶん傾いていたが、まだまだ気温は高いままのようだ。


「あっ」


 ちょっとした段差で躓いてしまった。踏ん張れると思ったが、年寄りの足腰は自分で思っている以上に弱い。ゆっくりとではあるが、地面に膝と手をついた。小石が手のひらに食い込む感触がする。少しだけ、痛い。


 こういう時に慌ててはいけない。

 私はゆっくりと立ち上がった。


 ふ、と。

 ビルのガラスに映る自分の顔が見えた。


「大丈夫よ、ありがとう」


 胸の古傷をそっと撫で、私はひとり家路を辿った。

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彼女は"神隠し"にあいました @tou_tower

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