Outroduction
「──今の話って、本当なんすかね」
エレベーターの扉が閉まるのを待って、助手の島田が独り言のように言った。
「んなわけねえだろ」
インタビュワーの安岡は吐き捨てるように言った。
「……ですよね」
「話自体、支離滅裂じゃねえか。ところどころ整合性も取れてない感じがするしよ。それに……まあ、実際に何があったかなんて、容易に想像つくだろうがよ」
「え? マジっすか?」
レンタルオフィスの部屋に戻ると、安岡はイラついたように椅子へ腰掛けると、慣れた仕草で電子タバコを咥えた。
「ここ禁煙すよ」
「1本くらいわかりゃしねえよ。ほら、ちゃんと携帯灰皿もあっから」
島田はやれやれと肩を竦め、荷物をまとめ始める。
「あ」
「なんだよ」
「いや、さっきの話。実際に何があったか想像つく、って」
「ああ……」
安岡は煙を肺いっぱいに吸い込んでから、面倒くさそうに話し始めた。
「1回目の時は外人のロリコン野郎に誘拐されたんだろうな」
「ええ……まさかあ」
「だってそうだろ? 鬼の容姿の説明がよ、どう聞いたって酔っ払った半裸の白人オヤジと、使用人の黒人女としか思えねえじゃねえか」
「確かに……」
いつの間にか島田は片付けの手を止め、安岡の正面の椅子に腰掛けていた。
「……話を聞く限り、ずっとクスリかなんか与えて、逃げ出さないようにしてたんだろうな。子供の頃にクスリをやると、その影響で成長も止まるって聞いたことあるしな」
「……ひどいですね」
「それで妊娠したからか、それとも年齢的にストライクゾーンから外れたかで横浜の港にポイよ。殺さなかっただけお優しいと見るかどうかだな」
「いや、マジで『鬼』っすね」
「だなあ。でも後半はストックホルム症候群状態になってたのかも知れないな」
「ストックホルム症候群?」
「異常な状況下で誘拐犯なんかに被害者が好感を抱いちゃうってあれだな。日本に戻ってからクスリの依存症で困ったような話もなかったし、いつからかその状況を受け入れていた可能性はあるな」
「よけい鬼畜っすよ」
「だな」
「と、なると2回目も……?」
「2回目の時は、まあどっかの私娼窟かなんかに攫われてきたんだろうな。浮浪児に可愛い子がいるって噂になってたのかも知れない。ただ、年代がいまいち合わないんだよな」
「年代?」
「ああ。神隠しから戻ってきたのが昭和三十七年──1962年だって言ってたけど、売春防止法の制定が1956年。赤線だって1958年には無くなったって聞くぜ。そんな従業員一人の手引きで簡単に抜け出せるようなとこがよ、摘発にも合わずそんなに長く営業出来るもんなのかね。俺も生まれる前のことだからさ、もしかしたらあったのかも知れねえけど」
「なるほど……」
「まあ、これは想像でしか無いけど、葉子さんの話じゃあ怪物──たぶんカシマって男だろうな──の手引きで逃げ出したって話だったよな。それがただの足抜けなら追手の一つもありそうなもんだけど、そんな話はなかったから、売春防止法の摘発か何かで捜査の手が入ったどさくさで逃げ出したとかなんじゃないかなあ」
「それが1962年のこと、と」
「いや、それもどうかな。実際にはもう少し前の話で、葉子さんが正気に戻ったのが1962年だったってだけな気がする」
「現実逃避で神隠しにあったと思い込んでたくらいですもんね。そりゃ脱出してすぐ正気に戻れるわけないですよね」
「たぶんな」
「……考えたくないですけど、娘さんは大丈夫だったんですかね」
「大丈夫って?」
「いや、その……」
「ああ、うーん、どうかな。実際に逃げたのが62年なら年齢的に売り物にされてた可能性はあるかも知れないけどな」
「マジで最悪っすね……」
「まあ、あんまり深く考えんな。過ぎたことだよ」
「3回目はどうでしょう?」
「どうでしょうって……これはそのまんまだろ」
「カシマさんが、突然DV夫に変貌したと?」
「突然、では無かったのかも知れないけどな。息子も怪しいし」
「息子さん?」
「あんまり考えたくないけど、大人二人に出かけてこいなんて言って、娘と二人で家に残ってさ、何かしてたんじゃねえかな、って」
「そんな……やめて下さいよ、もう」
「俺だって考えたくないけどさ……まああくまでも俺の妄想だよ」
「勘弁して下さいよ……でも、なんで葉子さんは娘さんと一緒に逃げなかったんでしょうね」
「追手を防ぐ為だって言ってたじゃん」
「いや、確かに言ってましたけど……何かこう、その辺、葉子さんも歯切れが悪かったというか。イマイチ納得できないんですよね」
「うーん、DV被害者の考えることなんてわかんねえけど……娘に対しても、カシマに対しても、愛ゆえの行動なんじゃん?」
「カシマさんには愛情があるから乱暴されても一緒にいたい、だけど娘にはツライ思いをして欲しくないから逃げて欲しかった、と」
「そんなとこなんじゃないか? 話を聞いた限りはさ」
「一緒に逃げれば良かったのに……」
「外野からすりゃそりゃそうだろ。でも、本人はこれがベストな選択だと思ったんじゃないかね。愛情を持って接すればカシマも暴力を振るわなくなるとでも思ったのかも知れないし」
「うーん……」
「ま、それであの結果だからな。救われないよな」
「ちなみに、なんで二人は豹変しちゃったんでしょうね?」
「金持って逃げたのがバレたんじゃないか?」
「ああ、はあ、なるほど……」
「ところで島田、お前、昔の記事って読んできてるか?」
「え? あ、芝原さんのですよね? 一応、はい」
島田はわざとらしく頭を掻きながら答えた。
「ったく、どうせ読んでないんだろ。4回目の神隠しはさ、もうネタがバレてんのよ」
「あ、そうなんですか?」
「新興宗教団体の■■会ってとこが、山ン中に施設を建てて、共同生活をしてたんだよ。芝原さんは、そこの教祖様だったってわけ。正確にいうと、娘の花子が教祖で、芝原さんはその2代目ってわけだな」
「なるほど。まあ流石に俺も、話聞きながらそうかもとは思いましたけどね」
「どうだかな。で、その宗教団体に所属していた女かなんかの家族が警察に訴えたんだよ。家族が拉致、監禁されている、って」
「してたんですか? 拉致、監禁」
「うーん、信者本人からしたら自分の意思で入ったんだろうけどな。何にせよ、そういった家族からの訴えが複数あったんだ。で、世情的にも、無視は出来なかった」
「世情?」
「その頃、新興宗教団体が起こしたでっけえ事件があったろ? お前も記者の端くれなら、それくらいはピンと来いよな」
島田はわざとらしくペロリと舌を出してみせた。
「まあそんなこんなで施設に警察の捜査が入り、芝原葉子さんは身柄を拘束されたわけだ」
「やっぱりヤバい団体だったんですか?」
「いや、多少金の流れに不透明なところはあったみたいだけど、特にヤバいことやってる証拠は出なかったみたいだな。芝原さんはすぐに開放されたよ」
「なるほど」
「でも、結局そのまま団体は解散しちまったんだ。やっぱり、いやたぶんだが、後ろ暗い動きをしてる連中もいたんだろうな。バレる前に解散、ってとこだろ」
「その辺の経緯が記事になった感じですか?」
「そうだな。それで芝原さんにも我々下品な記者達が話を聞きに群がったわけだ」
「そこで神隠しの話が出た、と」
「うん。オカルトブームってこともあってな、テレビに出たりとかもして、ちょっとした時の人だったよ」
「だいぶ叩かれたんですよね?」
「まあほとんどのメディアが嘘つきだなんだと、な。うちらみたいなオカルト雑誌は別だけど」
「で? 最後のは何なんですか?」
島田の問いに、安岡はしばらく黙り込んだ。
「……安岡さん?」
「まあ……嘘だろうな」
「嘘?」
「作り話だろうなあ」
「何のために?」
「お前さあ、もうちょっと自分の頭でも考えろよ。……そりゃ金のためだろうよ。当時メディアで取り上げられたとき、それなりに取材料だ出演料だってもらえただろうしな。オカルトブームが再燃してる今、その波に乗りたいんじゃかいかな」
「何で作り話だと言い切れるんですか?」
「だってお前……最後のはあまりにもファンタジー過ぎると思わないか? 俺、導入部分で笑いそうになっちまったよ。それまでのは、話の内容から、実際には何が起こったのかって想像出来たけど、最後のは出来の悪い作り話にしか聞こえねえだろ」
安岡はふうっとため息をつくと、2本目のタバコを咥えた。
「最後の以外は全部、現実逃避の妄想なんですかね」
島田がポツリと呟いた。
「それか、最後の以外も全部、金儲けのための嘘か。だな」
「で、どうするんですか?」
「何を?」
「今回のインタビュー、記事にするんですか」
「もちろんするさ」
安岡がタバコを咥えたまま応えた。
「我々三文オカルト雑誌は、全て金儲けの為に、きっちり記事にさせていただきますよ、っと」
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