スナッフフィルムの噂

なつのあゆみ

スナッフフィルムの噂

 私は耳が聞こえない。五歳の時、父親に両頬を殴打されて鼓膜が破れた。


 私は人間の臭いが嫌いだ。


 施設に保護されて、十八歳からあるゆる仕事をしてお金を稼ぎ八ッキングの技術を拾得した。今はホワイトもブラック関係なしのフリースタイルな八ッキングと、動画編集を仕事にしている。


 人と会う必要がない、臭いを嗅ぐ


ことがない報酬の良い仕事ならなんでもする「母親」からの依頼がその一つだ。




 help、help、help


 私は渡された日本語のテキストを英訳して、動画に入力する。


裸の男が吊されている。牛の赤い肉塊の中に、肌色のみっともなくぶよぶよ太った肉体がある。




 白い仮面に白いフードの姿をした者が現れる。ゆったりとした動きで白いフードは男の背中側に回り込み、肉切り包丁を閃かせる。




 男が身悶えして、大きく口を開ける。包丁は一気に男の首を刺す。字幕はいらないだろう。どこの国の人間が聞いても「これは断末魔」だと理解するだろう。


 私は表情でわかる。




 男の首から包丁が一気に引き抜かれると、白い者は真っ赤に染まる。赤くなった者は男の股間を切り取って、口に押しこんだ。




 このたった十分の動画がディープウェブで十万円ほどで取引きされている。この動画で殺害された者には共通点があり「五歳の女の子を殺す動画」を観たことだ。もっとも残忍なこの動画を管理して提供しているのは、驚くことに被害者の少女の「母親」である。しかも五千円ほどと破格の値段だ。


これは、手のこんだ復讐なのだ。




 私はまず「表側」のネット掲示板に「五歳の少女のスナッフビデオがある」という噂を流す。引っかかった「見てみたい」という書き込みをした者が現れたら、ディープウェブへと誘導する。ディープウェブの取引ページの購入ボタンをクリックして手続きを終えたら、地獄へようこそ。身元がわからないよう、ビットコインで取引をするが、取引ページには罠をはってあり、たやすく購入者のインカメラを再生できる。顔も名前も住所、すべての情報を割り出す。




 地獄行きの購入者が動画を再生すると、私はストップウォッチを手にする。五歳の少女が惨殺される映像を観た時間だけ、視聴者は拷問される。動画を観ている反応によっても拷問の激しさは変わる。吐きそうな顔で動画を止めた者は首吊り自殺に見せかけて殺される。性的興奮を露わにした表情で何度も動画を視聴した者は、吊されて肉を少しずつ切り取られて殺される、この動画は百万円で落札された。




 私は断末魔が聞こえない。


 だからこの仕事を淡々とできる。


 そして、変態異常者どもが見ている動画の少女の泣き声も聞かなくて済む。




 ただ、殺害だけは手伝うことはできない。耳が聞こえなくなってから私の視覚と嗅覚は敏感になった。血生臭い現場には行けない。




 私は完全にセキュリティされたマンションに一室に一人住んでいる。友達はいない。人と会う必要がある仕事は避けている。視覚に入る色はきわめて木目か白、鮮やかな色は目が疲れる。無地良品ですべての家具と雑貨を買った。


 洗剤は無香料のせんたくせっけん、ミヨシというメーカーでこれは柔軟剤をいれなくてもふわふわに仕上がる。柔軟剤の臭いが嫌いだ、エレベーターできつい柔軟剤がしている人と一緒になると、吐きそうになる。感覚過敏で初めての場所は緊張する。




 ネットフリックのドキュメンタリーが好きだ。


 空々しいフィクションより、生々しい本当にあった話がいい。特に好きなのが動物だ、肉食獣が狩りをする動画は何度も見た。子供の頃、ライオンがむしゃむしゃとシマウマの腹を食べているのを見て、背筋がぞくぞくとした。




 私の中には加害願望がある。


 よくぞ今まで人を殺さずにいられたと思う。




 私の欲望を叶えてくれて、お金をくれて、しかも感謝までしてくれる「母親」と私は出会うべき存在だった。人との出会いでそんな風に思ったのは初めてだ。


「母親」からは毎月、罠にかかった変態が罰を受けて叫ぶ言葉のテキストと動画だけが海外のメールアドレスで送られてくる。私は出来た動画だけをメールで送る。殺人犯である「母親」との仕事で一度も危険であると考えたことがない、むしろ彼女の果敢で一切の妥協を許さない殺戮にときめている。


 きまぐれで、動画に一文だけメッセージを書いた。


 調子はどうですか?




「調子はいいです。あなたの仕事が早くて助かりました、お陰様で復讐に満足できましたので終わらせます。最後にあなたにとっておきのお話を教えましょう」




 メールがすぐに帰ってきて驚いた。


 


 私は話が気になって、すぐに「それは良かったです。話を教えてください」と返信した。




「あなたは私が人を殺す様子を何回も見てくださったと思いますが、あれは私のようで私のようではないのです。あなたは霊を信じていますか? 私は怨念買収業者と出会うまで、霊なんて信じていませんでした。


 怨念買収業者というのはですね、その名の通り強い怨念を買い取ってくれるのです。


 買い取った怨念はどうするか?


 生き霊にします。


 人間の強い感情「怨」で生き霊を作るのです。私は娘を殺した犯人への怨念を買い取ってもらい、そして生き霊を買いました。


 生き霊があなたが誘導してくれたクズたちを殺していたんです。


 こんな話、信じられませんよね?


 まあ、ただの噂話とでも思ってください。


 もし、あなたに困ったことがあれば生き霊に託せばいいのです。


 さて、最後のお支払いですが、大変満足のいく結果だったので上乗せして入金します」




 生き霊?


 霊が人を殺していた?


 信じられない。からかわれているのかな。でもあれだけ殺人を繰り返して捜査の手が及ばなかったことは不思議に思っていた。


 霊だとしたら、辻褄が合うか、そうでもないか。


 しかし、おもしろい話だ。


 怨念は一体、どんな金額で買い取ってくれるのだろう。私の父への怨念も買い取ってくれるだろうか。


 私はそっと、両耳に手を当てて考えこむ。




         終

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