沸騰する熱×終わらない祭り

達見ゆう

熱い祭りの思い出話

「祭りっていろいろあるね」


 タブレットで検索していたあおが言った。


「どうした? 碧」


 僕が問いかけると碧は答えた。


「夏休みの宿題で自由研究とは別に課題研究が出たんだ」


「課題研究? なんだそりゃ」


 今の小学校にはそんなものまであるのか、その先生独自のものかもしれないけど。


「『お祭り』について調べなさいって。日本に限らず世界のお祭りや、昔あったお祭りなどなんでもいいって。こないだ千年の歴史を終えたという蘇民祭は薫に取られちゃったし」


「兄弟の合同研究ではダメなのか?どうせ双子なんだし同学年だし」


「それは先生が許しても皆に『ずるい』って言われるよ」


「それもそうだな、母さんに聞いてみたら? 若い頃は世界各地を旅していたから何か知ってるかも」


「お母さんねえ……」


 碧がなんとなく気乗りしないのはわかる。碧の母、つまり僕の妻のユウさんはいろいろと変わっているしパワフルだ。変わったネタは豊富だがマニアック過ぎるかもしれない。


「祭りがどうしたって? 碧」


 噂をしていたら妻が来た。地獄耳だから予想はしてたが、タイミングが良すぎるから聞き耳立てて出番でも待ってたかのようだ。


「お母さん、聞いてたの? 学校の宿題で『祭り』について調べなさいって出たの。場所や時代は問わないって。お母さんは若い頃は世界中を旅していたから何か知ってるのかなって、とお父さんと話してたの」


 話を聞き終えると妻ことユウさんは思い返すように上を見上げて「そうだなあ」とブツブツ言っている。


「スペインのトマト祭りに行ったことはあったな。テレビやネットでも紹介されるだろ? トン単位のトマトをぶつけ合う祭りだ。いやあ、服も靴も真っ赤になるし、トマトの汁で目が痛くて開けられなくなるし、もっと準備すればよかったな」


 懐かしそうに語るユウさんのそばで、わが息子はやはりため息をついていた。顔は妻に似ているが常識的な性格は僕に似たようだ。


「……外国のとはいえ、フードロスに敏感な現代に合わない気がする」


「廃棄予定のトマトだと聞いたことあるぞ」


「そんなのが何トンもあるの? スペインってそんなにトマトを無駄にするの?」


 冷ややかに問いかける碧にユウさんは諭すように言った。


「その視点で調べたらどうだ? なぜそんな祭りができたのか、祭りにできるほどトマトを量産するのか。わざと沢山作って規格外トマトという名前の祭り用のトマトにしているのか、実は祭り用のトマトは品種改良していないなど食べられない不味いものなのかとか。そこまでしてなぜ祭りをするのかなど、疑問点は沢山出てくるぞ」


「なるほど、お母さんは視点が鋭いね! ありがとう、それでやってみる。それでお母さんが参加した時はどうだったの?」


「いやあ、何も考えずに祭りの日に着いてな。もう街中、トマトトマトトマト。真っ赤な世界。誰かにトマトをぶつけられたからそこらへんのトマトを拾ってその方向に投げ返したり、また投げつけられるから投げ返したり。大規模な雪合戦のトマト版みたいで楽しくなってきた。どっかからお代わりトマトは投入されるし。

 その代わり服や靴はもちろん荷物も中身もトマトまみれで。パスポートまでトマトまみれで領事館で再発行お願いしたら苦笑いされたなあ。悔しいから次の年は荷物はホテルに避難させ、汚れていい服と靴、ゴーグルと顔を洗うための水は持ってリベンジしたものだ」


 僕も初耳だったので息子と共に固まってしまった。普通は懲りないか? リベンジってなんだ?


「と、とにかくもう一度行きたくなるほど楽しい祭りなんだね」


 ようやく碧が言葉を出すとユウさんはだんだんと思い出したようで熱がこもってきた。


「ああ、普段と違ってトマトとはいえ、人に物を投げつけるのが許されるから皆生き生きとトマトを投げるんだ。ストレス発散にもなるよな。祭りは単調な日常にメリハリをつける日でもあるからな、すごい熱気だっだ」


「と、ところでゴーグル付けるくらいなら口にも入ったのでしょ? 味は?」


「んー、投げつけお代わり用のトマトの無傷なやつをかじってみたけど、日本のトマトより真っ赤だけど美味しくなかったな。品種が違うかもしれないが、さっき言った不良品説もそこから来たのだが」


「え、食べたんだ」


 僕は彼女の夫を長くしているから慣れているが、息子として十年の付き合いしかないから息子たちは母親の言動に固まることはある。それに友達の母親の話を知って『うちの母親は何かがおかしい』と思い始めてるのだろう。


「お話ありがとう、お母さん。まずはタブレットと図書館でトマト祭りを調べるよ」


 やや引きつった顔で碧は話を打ち切って、ノートを取り出して下書きを始めた。紙の読み書きの方が頭に入ると言われるし、視力の影響もあるから我が家では紙とタブレットの並行させるようにしている。


(この子達に反抗期、来るのかな。母親に畏怖を感じて来ない気もするが、僕のようにドMと勘違いされる資質を受け継いでたらどうしよう。娘が彼氏を連れてきたら父親の洗礼を受けると言うが我が家は逆な気がする。いや、ユウさんはいびるとは思わないがパワフルさにドン引きされないか)


 僕は息子たちの宿題の様子を眺めながら、杞憂になればよいことばかり考えてた。


「そうだ、お父さん。夕飯後は五十肩マッサージだからね。最近してなかったから」


 字面だけだと旦那を想う優しい妻なんだけどなあ。あれ、いつまでも優しいマッサージにならない。


 捉え方を考えると我が家もこういうイベントというか祭りが定期的に起きて終わらない祭り状態かもしれない。マッサージの時も僕の叫び声を息子たちは「肩凝りは絶対にならないようにしなきゃ」と笑いながらストレッチしてるもんな。







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沸騰する熱×終わらない祭り 達見ゆう @tatsumi-12

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