第5話 聖女の新しい仕事


「大丈夫だろう。たくさん食べて元気になったようだ」

「――レオナ。おまえは」

「えー、レオナ姉だけずるーい」


 モーリスの呆れ声に重なるように、子どもたちが飛び込んできた。扉の外で聞き耳を立てていたらしい。


「彼女を責めないでやってくれ。心痛で食欲が後退していたのだろうしね」

「しんつうってなに?」

「レオナ姉、びょうきなの?」

「やだやだ、あたしのごはんあげるから、レオナ姉げんきになって」


 半泣きで寄ってくる幼い弟妹たちに、レオナは胸が熱くなる。

 ラッセル卿が領主の座を下りたからには、レオナの嫁入りも白紙に戻っているはず。もう逃げなくてもよくなったのだ。

 独り立ちするにしても、もっと近い場所を探そう。

 休日にはご飯を持って訪ねてこられるぐらいの距離がいい。


「あのエドアルドさ――いえ、殿下」

「エドでいいよ」

「そこまで図々しくはないです。知らなかったとはいえ、とんだご無礼を。無礼ついでに、さきほどお話ししていたわたしの就職先についてなんですが」

「ああ、その話。ちょうどそれをしようと思って訪ねてきたんだ」

「どういうことだいレオナ?」


 モーリスの問いかけにレオナはかいつまんで答える。

 小さな子どもたちがいるので、高齢ジジイに手籠めにされかけた話は濁して、嫌われ者の領主にこき使われそうになったので、しばらく身を隠そうとしていたことにして。


「そうしたらエドアルドさんが、お城で高位貴族のお抱え聖女として働けるくちがあるって。でも、もうここから出なくてもよくなったし、できればもっと近くにツテがないかしらって、思って……」


 言いながら図々しさに気づいたが、すでにくちに出してしまっている。おずおずと相手を見ると、エドアルドは艶やかな笑みを浮かべて言った。


「キミはもともと領主館へ赴く予定だった。ならば、それをそのまま活かせばいいんじゃないかな。新しい領主のお抱え聖女だよ」

「領主さま? ラッセルの誰かが後釜に収まるんですか? 誰も歓迎しないと思うんですけど」

「それはないよ、権利を取り上げたから」

「では都から派遣されてくるんですね。どなたですか?」

「僕」

「え?」

「第二王子が管理することになった。だから僕が領主になる。虐げられていたぶん領民の信頼を得るには時間もかかるだろうし、民の声も聞きたい。ここにいるみんなにも手伝いをしてほしいと思っているんだ」


 エドアルドはそう言って、集まっていた子どもたちを見まわした。

 発育不良なのか頬はこけ、一様に背も低い。

 けれど瞳は濁っておらず、こころは腐っていないのだと知れる。レオナを中心に、みな明るい性質を持っているのだろう。



「それって正式な仕事になるのか? 当然、賃金は発生するんだよな」

「こらニック! 思ってても、そういうことは直接言わないの!」

「だってレオナ姉、王子って言ってたじゃん。あるとこからはちゃんともらわねーと、もったいねえよ」

「だからって、あんたって子は」


 少年とレオナのやり取りに、エドアルドは声を出して笑った。腹がよじれるほどに笑うなんて、はじめてだ。

 笑いすぎてお腹が痛くなって撫でていると、蒼白になったモーリスが隣に座った。


「殿下。ご無理は禁物ですぞ」

「平気だよモーリス。おまえが知っていたころより、僕はずっと丈夫にはなっているんだよ」

「ならばよいのですが。しかし、レオナのことは本気ですか? お抱え聖女というのは」

「おまえだって知ってるだろう? 都における聖女事情。レオナは、なんていうか、貴族の悪意に気づかなそうだし、面倒なやつに捕まるまえに僕が雇うかたちにしたほうがいいかなって」


 貴族の私設騎士隊に聖女をつけるのは、資金に余裕のある一部の貴族だけ。それとて、国に対して届出が必須ではないため、ひそかに隠し持っている可能性はある。

 そういった場合は、あまり表には出せない使い方をしていることが多く、可哀そうな結果になった例も少なくない。こと地方の邸宅に警備を兼ねて騎士隊を抱える領主には監視の目が行き届きにくく、国が知らぬあいだに聖女を抱え込み、私欲のために使い倒しがちだった。

 モーリスが、十八歳になってもレオナを手元に置いていた理由は、おそらくそのあたりにある。

 医師を志して実家を離れた公爵家の係累であるモーリスは、貴族の事情に詳しいはずだから。


「しかし、ですな」

「癒しのちからを護符に込める役目を、お抱え聖女に頼む。雇うに足る理由だと思うよ」


 王子に恩を売りたい貴族たちが、聖女である娘たちを送り込んできたり。

 あるいは聖女たちが「私が王子の専属になっていずれは伴侶に」と野心を持って売り込んできたりするのにも辟易だ。

 王族の婚姻は貴族のパワーバランスにも影響する。

 争いの種になるようなことは避けるため、特定の聖女を近くに置くのはやめていた。


「でも、レオナならいいかなって思ったんだよ、モーリス」

「さようですか」

「急ぐつもりはないよ。レオナの気持ちもきちんと考慮するし、断られたからって無理強いして囲い込むようなことはしないからさ」


 子どもたちを相手に諭したり、抱きつかれて笑ったりしているレオナを見ていると、エドアルドは胸の奥からなにかあたたかいものが湧いてくるような気持ちになってくる。

 あの子たちがうらやましい。

 病弱で、腫れ物に触るように遠巻きにされた幼少期、自分の近くにレオナがいたら、きっと楽しかったと思うのだ。


「さて。僕の就任に対する前祝いってことで、パーティーをしようじゃないか。さっき町で食事の配達を頼んできたんだ。レオナから人数は聞いていたから多目に頼んであるけど、足りなかったら言ってくれ」

「やったー、ごちそうだー」

「いっぱいたべていいの?」


 一番年下らしい女の子にあどけない顔で問われたエドアルドは、小さな頭にそっと手を置いて微笑む。


「勿論だ。お腹をこわさないように気をつけてくれ」

「えへへー」

「そんなこと言ったら、みんなバカスカ食べますよ。男の子たちは食欲魔人ですからね」


 ひょっこり顔を出したレオナがそう言うけれど、彼女だってじゅうぶんに食欲魔人だろう。自分のことは棚にあげてうそぶくレオナの頭にもそっと手をやって、エドアルドは言ってやる。


「食い気が勝っているのはいいことだよ、健康で。大人になると、男はべつのものも食べたくなるものだし」

「はあ?」

「殿下。そういった冗談を言えるほど成長されたことは喜ばしいですが、子どもたちの前ですぞ」

「ああ、失敬」


 モーリスの苦言で、エドアルドの言葉について悟ったのか、レオナの顔が赤くなる。

 エドアルドは子どもたちに聞こえないよう、彼女の耳もとでそっと囁いた。




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高齢領主との結婚から逃げたい田舎の聖女ですが、都から来た美貌の青年と出会ったおかげで未来が開けそうです。 彩瀬あいり @ayase24

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