第4話 王都の貴人の正体



「おかえり、レオナ姉。どうだった?」

「ど、どうって?」


 教会に戻った途端にかけられた声に、レオナは思わずどきりとした。

 弟妹たちには出奔することを告げていないのに、逃亡順路の下見に行ったことがバレたのかと冷や汗が流れる。

 集まってきた子どもたちは、口々に声をあげた。


「都から王子さまが来るんでしょ?」

「町のようす、どうだった?」

「あたしもおまつり、いきたーい」


 ああ、そういう。

 胸を撫でおろしつつ質問に答えを返す。

 たしかにすごい賑わいだったこと。王子さまみたいに素敵なひとには会ったけれど、夜逃げにかかわる事項なので、これは内緒だ。


 昼を過ぎ、そろそろ日がかげり始める時間帯。子どもたちを促して、洗濯物を取り込みに走らせる。

 よーいドン。

 いちばん綺麗に畳んだひとには、夕食のおかずが一品多く贈呈されるため、みんな駆け足だ。


 そんななか唯一この場に残った少年がひとり。レオナ無きあとに最年長者となる予定のトニーは、ひたとレオナを見据えた。

 しっかり者のトニーには、いつだってすべてを見透かされているような気がする。

 だが、おとなたちがなにかを隠しているのであれば、それは故あってのことだろうと判断してくちにしない少年だ。


 しかし今日ばかりはようすが違っていた。

 彼にしてはめずらしく、レオナを心配そうに見て、腕を引く。


「あのさ、レオナ姉」

「どうしたのトニー」

「オレもさ、シスター・アイラと一緒にさっきまで町に出てたんだ」

「え……?」


 まさか、レオナがエドアルドと出会って、お腹いっぱい食べたことを知られているということなのか?

 やっぱりお土産に包んでもらばよかったか、食の恨みはとてもおそろしいのだ。

 焦るレオナにトニーは言う。


「ゲイリー・ラッセルのお屋敷で、あした、なにかが起こるって噂してた。しかも、あんまり楽しくなさそうなこと」

「どうしてそんなことがわかるのよ」

「あのお屋敷だよ? くちの軽い使用人が愚痴吐きがてら、しゃべっていったらしいんだ。まだ若いのにかわいそうになあって言ってたって」


 さっきとは別の意味で冷や汗が出る。

 それはつまり『若いのに悪評高いジジイに嫁がされる娘』に対する憐憫なのでは?

 かの屋敷では、いったいどんな目にあわされるのだろう。これはやはり逃げなければ。

 決意を固めていると、トニーはさらに言った。


「あしたまで待たず、今日のうちに連れて行くっていうんだ。このあと、孤児院に行く・・・・・・って、そう言ってた。シスターに言われてオレだけ先に帰ってきたんだ。ねえ、レオナ姉、それって――」


 ドンドン。

 すべてを言い終えるまえに扉が叩かれた。

 青ざめるトニーを背に隠し、レオナは音の方向に向き合う。

 さすが悪党、考えることが一般人とは違う。

 約束を守る気はなく、期限の一歩手前で連行し、『家族で過ごす最後のひととき』を奪うことで、こころをへし折るのだ。



「トニー、先生を呼んできて」

「わ、わかった」


 パタパタと走り去る音が遠ざかったのを確認し、レオナは肩で息をつく。

 さて、どうしよう。このまますんなり連行されるのは癪にさわる。なにかしら反撃しておきたいが、それが原因でここに迷惑がかかっては本末転倒。


 もういちどノック音が響く。

 焦らせるだけ焦らしてやろうかと思ったが、蹴破られてはかなわない。修繕にもお金がかかるのだ。

 覚悟を決めて扉を開くと、そこに立っていたのはエドアルドだった。


「やあ、さっきぶりだね」

「どうしてここへ?」

「早く伝えてあげようかなと思ったんだ。キミが毛嫌いしているラッセル卿の失脚についてさ」

「なんですって?」


 トニーが言っていたことと食い違いがある。別人の話をしているのではないだろうか。


「それは本当にゲイリー・ラッセルの話ですか? 失脚って、なんで急にそんなことに」

「だってほら、キミは本当なら王都へ行くより、ここで暮らしたいんだろう? 顔にそう書いてあったよ」

「ですが、それは無理なので」

「うん。だからその憂いをさっさと払っておこうかなって。明日まで待つこともないだろう。どうせ領主の座から引きずり落とすつもりだったし」

「うん? あなた、そんな高位のお役人さんだったんですか?」

「きちんと名乗っていなかったよね。僕は――」

殿下・・! エドアルド殿下ではありませんか。お懐かしい、お元気であらせられますか?」


 背後から響いたモーリスの声に、レオナは腰を抜かして座り込んだ。



    ◇



 第二王子、グレイ・エドアルド・パウロ・ヘイダル・ロスアン。

 やたらたくさん名前がくっついている理由は、彼が病弱だったせいらしい。

 死神に連れていかせないように、どれが本当の名か分からないようにしたことが経緯である。


「それが功を奏したのかどうかわからないけど、おかげでこうして生きている。二十歳まで生きられるかって言われてたけど、先日無事に宣告年齢を超えたよ」

「それはようございました。して、治癒の護符はまだ持っておられるので?」

「うん。手放してなにかあると周囲の者が心配するからね。一応、身につけているんだけど、誰が護符にちからを込めるのか問題にもなってきていて。いまはもっぱら、現役を引退した年配の聖女に持ち回りでお願いしているところだよ」


 レオナの前で言葉の応酬を繰り返しているのは、エドアルドとモーリス。

 会話の内容を繋ぎあわせて考えるに、かつて王都で医者をやっていたというモーリスは第二王子の主治医で。その第二王子が、レオナにご飯をおごってくれた麗しの美青年。

 さらに第二王子はラッセル卿の悪行について現地確認に来ていて、ばったりレオナと遭遇。人身御供となってしまったレオナが窮状を訴えたため、夜逃げしなくてもいいように、今日のうちにお裁きを下したらしい。

 さすがだ。顔のいい男は仕事も早い。


「しかし、どうしてレオナのことを」

「事前に町を見てまわっていたとき偶然ね。青白い顔で倒れたものだから心配になってさ。子どものころ、周囲に心配をかけたことをしみじみ実感した瞬間だった」

「レオナ、具合が悪いのか?」


 モーリスに問われ、レオナは視線をそらせた。

 言えない。お腹が空いてふらついたなんて、とても言えない。



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