第3話 田舎の聖女は貪欲


「ちがいますちがいます、自分を売り込んでいるだけです。いや売り込むっていっても、春を売る系のやつじゃなくって、労働力としての話で」

「それはそれでたくましいね」

「自分で言うのもなんですが、わりとなんでもできるほうだと思うんですよ。孤児院育ちなので子どものあしらいは慣れてますし、看護師として仕事をしていたので、医療の現場にも慣れています。教会暮らしなのでそっちの事情にも明るいですし、裏も表も知っています。聖職者が意外とただれた生活を送っていることとか」

「うん、それは内緒にしておこうか」

「わかってます。そういう内情を知っていてくちをつぐんでおく分別があるということです。あ、市場で店番を手伝ってお駄賃をいただいたりしたので、客商売的な仕事にもけてますよ。酔っ払いの相手もしたことありますし、鼻っ柱の強い都の役人たちのヨイショだってできます」


 拳を握ってレオナはアピールを続ける。

 子どものお手伝いから始まり、彼女の職歴はたしかに多岐に渡っている。

 だが、エドアルドを『城付きの高位役人』と断じているわりに、「役人って偉そうだけど、うまいこと持ち上げてやればたいしたことないんですよ」と笑っているのはいかがなものか。

 わたしの短所は字があんまり上手じゃないところかなあとレオナは苦笑したが、一番の問題点は話が長いところではないかとエドアルドは思った。


 しかし彼は沈黙を選んだ。

 彼女の持つ明るさは、美点でもあると感じたからだ。



「売り込むのが労働力とは。キミは聖女だろう? そのちからを売り文句にしないのかい?」

「でも、都の聖女さまってもっと優秀なんでしょう? 貴族の方が専属で雇ったりするんですよね」


 病気を治すのは医者だが、外傷ならば聖女の癒しで事足りる。そのため国営騎士団には聖女が専属で常駐しているらしい。

 高位貴族であれば私設の騎士隊を有しており、彼らのために聖女をひとり雇うこともあるというが、国が管理しているわけではないので、待遇は家によって違う。レオナのように、弱小聖女が赴いたところで、薄給で使い倒されるのがオチだろう。絞るだけ絞りとられてポイだ。


 図書館で借りた少女向け小説にもそんな話があった。

 あの物語では王子さまが手を差し伸べてくれたし、主人公はじつはさる公爵のご落胤であることがわかり、求婚されてハッピーエンドだったが、現実は甘くない。


「どうもキミは物事を悲観的に捉えがちだね。それでいて向こう見ずに飛び出そうとしている。不思議だ」

「そうでしょうか? 身のほどをわきまえ、自分にできる精一杯をやればいいと思っているだけですよ。それに、どうせわたしはそのうち教会を出なければいけない身ですし」

「どうして?」

「わたし十八歳なんですよ。外で働くには遅いぐらい。女だから大目に見てもらっていただけで、本当はもっと早く自立しなくちゃいけなかったんです」


 赤錆色の髪はともかくとして、不揃いな色の瞳は良くも悪くも目を引く。レオナが捨てられたのはそのせいだと思うし、子どものころは孤立もした。


 育ての親はシスターと医者という職種のため聖女を知っていたけれど、一般人にしてみれば遠い存在。領主のように身分が上の者でないかぎり、レオナはどこまでも『風変りな姿をした子』で、だからこそ医者が管理していると思われている。

 レオナのせいで、教会で暮らす子どもたちがしいたげられるようなことがあってはならない。


 いい機会だったのだ。

 このままズルズルと教会に居座って、みんなが独り立ちするのを見送る高齢オババになるまえに、聖女を知らないこんな田舎とはさよならグッバイ。新天地で普通の生活を送る。

 それがレオナの目指す未来。



「できればお給金はいただきたいですけどね。教会に仕送りはしたいですし」

「領主がキミを探すのなら、送金履歴から身元が知られると思うけど」

「えー、でもそこまでして手に入れたいほど、わたしに価値なんてありますかね?」


 不審そうな顔をしながらも、食べる手は止まらない。

 テーブルに並んだ軽食をパクパクと平らげていく姿は、無作法すぎると高位貴族の令息らは顔をしかめることだろう。淑女ならば、小鳥がついばむように食べる姿が良しとされる世の中だ。

 けれどエドアルドは、レオナの健啖けんたんぶりが気持ちよいと感じた。


「美味しいかい?」

「とーっても」

「だろうね。思わずこちらも食べたくなるぐらいだ」

「え。――た、食べま、すか?」


 瞬間、顔が強張り、ものすごーく嫌そうな顔をして告げてくるレオナに、エドアルドの顔が崩れる。

 笑いをこらえてレオナに言葉を返した。


「食べないよ。このテーブルに置いてあるものはキミのものだ。遠慮しなくていい。存分に食べたまえ」

「ありがとうございます! あー、テイクアウトしたいなあ。みんなにお腹いっぱい食べさせてあげたい」

「なら持ち帰るかい? 頼めば包んでくれると思うけど」

「さすがにそこまでしていただくわけにはいきませんので」


 名残惜しそうにしながらもレオナは断った。

 エドアルドもそれ以上押しつけることもなく、話題を手紙へ戻す。


 字が下手だとレオナは言ったけれど、さほど悪くはない。

 平民と貴族を区別するわけではないが、教育の場が提供される率は、どうしたって貴族に軍配があがるのは仕方がないだろう。

 そのなかにあって、レオナの字は丁寧だし、読みやすい。『教本どおりの字』といえばいいだろうか。おかしな癖がなく、誰にとってもわかりやすいのだ。


 貴族は幼少期に、各家のお抱え教師に師事することが多いため、学び舎へ入学するころには自己流の字が確立している。癖を消すのは難しい。

 裏を返せば『字を見ればどこの誰か推測がつく』ということでもある。

 読み書きが不得手な者だけではなく、癖を厭うて代筆を頼む貴族は、ひそかにいるのだ。書き心地の悪そうな紙に、これだけの情報を書き記すことができるレオナなら、そういった方面での仕事もできることだろう。


「治癒のちからが弱かったとしても、付加価値をつけることで自分をあげることはできると思うよ」

「なるほど、騎士団では事務方も兼務するということですか」

「雑務が苦手な男は多いからね」

「ちなみに、騎士団の聖女に空席があるか、ご存じないですか?」


 のめり込んで問うてくるレオナに、エドアルドは視線を上にあげて、しばし考える。


「国が管理する騎士団は、王族警護を主とする近衛と、あとは東西南北、各地方に配置している騎士団があるんだけど、それぞれ聖女が在籍しているね。三人だったかな」

「さ、さんにんも!」

「ひとりに負担を強いるわけにもいかないし、そのひとりが倒れたときに困るからね。大きな組織になると複数置くのが通例だ」

「うう、そんなエキスパート揃いのところに行っても、わたしなんてせいぜい包帯巻き要員じゃないですかあ」


 嘆くレオナにエドアルドが続ける。


「もうひとつ、聖女に働きぐちがあるんだけど」

「なんですか」

「王城で仕事をするひとの補佐をする役だよ」

「でも、そういうのは文官さんがやるのでは?」

「誰を雇うのかは、ひとそれぞれ。とくに決まりはないよ。ちなみにその補佐には空きがあるんだけど、どうかな」


 茶目っ気にウインクを寄越すエドアルド。

 その色気と素敵さと同時に、突如降ってきた意外な就職先に対する衝撃とで、いろんな意味で心臓を高鳴らせたレオナ。

 ごくりと唾を飲みこんで「よろしくお願いします」とエドアルドに宣言。「もうちょっと考えて返事したほうがよくない?」と苦笑しながら、エドアルドはレオナに手を差し伸べて握手を交わしたのだった。




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