第2話 王都の貴人は優雅


「年を考えろって話ですよ。求婚なんていりません。メルリの球根なら欲しいですけど」


 発芽すれば葉は煎じて薬になるし、花びらは香り袋。ついでに茎と根は食卓に並ぶ。

 なにひとつ無駄にならない万能の植物。

 ああ素晴らしい。


「それは素敵だね。ところでデザートはどうだい?」

「それは素敵ですね」


 エドアルドはさりげなく手を挙げる。

 すると、すかさず女性店員が飛んできて注文を受けた。応答する声がワントーン高い。

 片田舎では見かけない美青年だ。気持ちはわからないでもない。

 夜逃げの手段を探るために町中へ出て知ったが、都から王家のひとがやってくる予定があるのだとか。

 重い腰をあげ、領主の所業についてようやく調査する気になったのか。この付近を管轄している第二王子が来る――かもしれないという。


 第二王子は病弱らしく、日陰の王子と呼ばれて久しい。表舞台に姿を現さないことで有名なので、本当に来るかどうかはわからない。

 だが、もしもやってくるのだとしたら、貴重な機会。ただでさえ王族の姿を目にすることのない地方の民にしてみれば、それが本当かどうかなんてどうでもいいのだ。都から王家の使者が来るというだけで、お祭りである。


 おかげで近隣の町からも観光客が訪れているようで賑わいをみせており、若い娘にとっては外から来る男性は『脱田舎』の獲物。あきらかに外部の人間であるエドアルドは、さっさと唾をつけておかないと手が届かなくなるのは目に見えている。 


(ほんと、優雅だなあ、このひと)


 冷めてしまった紅茶を飲みながら、レオナは相手を観察する。

 値踏みするような視線を受け、男は苦笑いを浮かべた。


「勝手に頼んでしまって悪かったね」

「いえ、甘ければなんでもいけます」

「評判のメニューらしいから、美味しいはずだよ」

「よくご存じですね。だってエドアルドさん、王都の方ですよね」

「……どうしてそう思うんだい?」

「言葉になまりがないもの。お役人が使うような綺麗な発音だし」


 教会を調査するために、都から役人が来る。エドアルドの言葉は彼らのそれにとても近い、標準的な美しい発音だ。

 大体にして、まとう空気が違う。着ている服は全体の印象を簡素に見せるデザインだが、袖口を飾るカフスボタンは王都の役人たちが付けていたものによく似ているうえ、輝きが段違い。きっと上物に違いない。


 ――レオナねえ、こいつはいいカモだぜ。


 脳内では、孤児院でもっとも頭がきれるニックがニヒルに笑うが、レオナは自分をいましめる。

 さすがにそんな失礼なことはできないだろう。

 この気持ちは、ご飯を奢ってもらったからではない。決してない。



 果物がたくさん載ったタルトレットを堪能しているあいだ、エドアルドはレオナが書いた手紙を取り上げる。

 改めてはじめから読んでいるらしい。長い指がはらりと紙をめくっていく。


「長くてすみません」

「うん、まずそこだよね」


 言いながらも指は紙をめくっていき、不揃いの紙束が一巡。ちいさく息を吐いたあと、エドアルドはレオナに向き直る。

 澄んだ青空のような碧眼に見つめられると胸が騒いだが、形のよい唇から零れた言葉は辛辣だった。


「要点を絞ろう。長いとたぶん途中で読んでくれなくなる。出だしの言葉はさっきも言ったけど、まるで今から死ぬみたいだからやめたほうがいいね。どうしてこの言葉を選んだのか甚だ疑問だ。まあ、それだけ悲観しているという雰囲気は出ているから、悪いとも言いきれないのだけど。しかし次が問題だ。不幸を嘆いていたはずなのに、子どもたちへの言葉が始まる。ああ、それも駄目なわけじゃないんだよ。贈る言葉、おおいに結構だ。ただ内容に気をつけよう」

「でも、大事なことなんです」

「ニワトリが?」

「ええ、ニワトリが」


 エドアルドが指さした箇所には、こうあった。



 トニー。ニワトリ小屋の管理をお願いします。あなたが最年長になるのだから、しっかりね。コッコの機嫌を損ねては駄目。あなたは女帝に気に入られているから平気だと思って託すのよ。



「教会は町外れにあるから、食料品の買い出しも大変なんです。基本的な野菜は庭で育てています。新鮮な卵を産むニワトリはライフラインですよ」

「まあ、そうかもしれないね。それで、女帝というのは」

「コッコです。うちのニワトリたちの女王です。彼女が駄目になると、すべてのニワトリが死滅します」

「死滅」

「コッコは男には甘いからトニーに託すんです。私はへりくだってへりくだって、なんとか認めてもらってました。ちなみに前任も男でした。あのときほど、トレイク兄を恨んだことはありません。まあ、最年長が私だったので仕方ないんですが」


 卵の管理は最年長者の仕事だが、男に託すようにすればいいのではないかと思っている。

 そのあたりは、孤児院の将来について語っている箇所に記してある。ざっと数えて六枚ほどあとにはなるが。

 九人の弟妹たちへの言葉、親代わりのふたりへの感謝の言葉、教会と孤児院に対する思い出と憂いと願いと要望と――


「うん、嘆願書かと思ったよ。このまま城の文官に見せたくなった」

「ありがとうございます!」


 都から来た役人(推定)に褒められたことで、レオナのこころは明るくなった。

 ジジイの後妻になるつもりはないので逃げるつもりで、早めに逃げても追っ手がつきそうなのでギリギリまでこうして待っていた。

 逃げたあとのことは考えておらず、なけなしの「聖女っぽい能力」で食いつないでいこうかと考えていたが、他にできることがあるかもしれない。だって褒められたし。


「あの、ものは相談なんですが」

「なにかな」

「エドアルドさんはお城付の役人のなかでも、部下をお持ちの方だと思われます」

「まあ、たしかに城で仕事はしていて部下もいるけど、それが?」

「私を買ってくれませんか」

「……キミ、領主のところじゃなければどこでもいいって、自棄やけになっていないかい?」


 いきなりの身売り宣言に、エドアルドの顔には憐憫が浮かんだ。レオナはあわてて否定する。


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