第6話

 二日目が終わり、祭りは最終日を迎えた。

 お別れの式を終え、窯でできた炭を顔に塗る『ヘグロ塗り』が行われた。


「あのなあ……」


 栄治との別れを惜しむという名目で彼の顔にたくさん炭を塗ってやった。栄治は呆れたような視線を私に向ける。


「へグロ塗りは涙を隠すために塗るんだぞ。おでこに塗っても意味ないだろ!」


「あんたはおでこの汗を隠すべきなのよ。夜神楽の時、緊張で大量の汗を流してたの忘れたの?」


「あれは精一杯神楽を舞ったが故の汗だよ」


「嘘つきなさい。舞う前に掻いてたんだから」


「はいはい。二人とも夫婦漫才はそこまでね」


 私たちの喧嘩に暦が割って入ってくる。彼女は私の両頬に墨を塗った。


「へグロ塗りは別れの涙を隠すために塗るの。私たちは同じ町なんだから別れないでしょ」


「はいはい」


「こらあ、おでこに塗るな!」


「ほら見ろ。おでこに塗られるの嫌だろ」


 手でおでこを触ると微かに炭が取れる。最悪だ。こんな姿を見られたらお嫁に行けない。


「まあまあ、福智王も塗られてるんだから」


 暦が王のいる方へと指を差す。彼らもまた私たち同様、顔に炭が塗りたくられていた。


「へえー。流石はMR。炭も塗れるようになっているのか。俺たちも塗りに行こうぜ」


 栄治の提案に賛成し、私たちは炭を持って王の元へと向かった。順番に塗りたくる町民の列に並んで順番を待つ。


「彩乃さん、来てくれたんだね」


 自分の番が回ってくると福智王が私の名前を呼ぶ。知っていることに驚き、返事が空回りしてしまった。おそらく栄治と一緒にいた際、彼が私の名前を口にしていたので、その時に覚えたのだろう。


 福智王の顔はすでに真っ黒になっていた。しかし、禎嘉王との別れの時間が迫っているためか目尻からこぼれた涙が彼の顔に塗られた炭を消していく。涙を隠すための炭なのに涙で消されてしまっては意味がない。


「別れに涙は似合わないですよ」


 私は涙が通ったと思われる滲んだ箇所に炭を塗りたくる。私の動作に反応してか、炭で描いた箇所が黒く塗られた。感触はまったくのないのに、おかしなことだ。


「これでよし!」


「ありがとう。彩乃さんの言うとおりだ。別れに涙は似合わない」


 彼はそう言ってはにかむ。その表情を見て、照れ臭くて顔を逸らす。この祭りの間に何度かされたが、結局、慣れることはなかった。

三十分間、大いに別れを惜しんだところで比木神社組は神門神社を後にした。


 別れの際は『くだりまし』と言われ、行きとは逆に比木神社組が先頭となって歩く。


「オサラバー」


 歩いている途中、後ろを振り返ると神門神社から炊事道具を持った町民が大きな声を上げながら大きく手を振る姿が見える。


 オサラバーは韓国語のサラボジャーから来ていると言われており、『生きて再び会いましょう』と言う意味である。


 私たちは最後に塚跡地へとやってきた。


 ここで禎嘉王と福智王は最後の別れをする。


「父上、また会いに行きます」


「ああ。また一年後、お前と会えるのを楽しみにしている」


 王であり、親子である二人が別れの挨拶を交わす。私たちもまた神門神社組と比木神社組に分かれて向かい合った。二人の姿を見ていると、彦星と織姫を思い出す。二人もまたこのように別れを惜しんでいるのだろうか。


 別れの挨拶が終わり、比木神社組が福智王を連れて比木神社へと戻っていった。

 栄治ともここでお別れだ。互いに言葉にはしないものの身振りで挨拶を交わした。


 去る最中、福智王が私を見た気がした。一瞬呆けた表情をしてしまったが、すぐに顔を引き締めると穏やかな笑みで彼に手を振った。栄治と同様、福智王とも次に会うのは来年だ。


 歴史の知識でしか知らなかった百済王族たち。アバターではあるものの、彼らの容姿と人柄を知ったことで、この『師走祭り』をより身近に感じることができた気がした。


「ねえ、お母さん」


 私は神職ではないものの娘の晴れ衣装を見にやってきていた母親に声をかける。


「何?」


「また来年も神楽やってみようと思う」


「本当!? どう言う風の吹き回し?」


「それは秘密」


 三日間行われた師走祭りはどの日も晴天に包まれていた。しかし、三日目の今日が一番日差しが強く暖かく感じられた。

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【短編】師走祭りの新たな試み 結城 刹那 @Saikyo-braster7

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