56.俺と皆
それから、何度かディーレと話した。時には、シュリやエイルを連れて。時には、一人で。ずっと、ハイドさんが、皆が俺にやってくれたように。
シュリとエイルは、本当にそれぞれクレアとマイタンに似ているとディーレは懐かしんだ。そして、ディーレ自身も、やっぱり俺と似ていた。
ディーレにも笑顔が戻ってきたころ、ディーレはぽつりと呟いた。
「クレアとマイタンに、もう一度会いたい」
きっと、それはディーレ自身も無理な願いだと知っている。けれども、本当なら、俺達ではなくクレアとマイタンと会えた方が、絶対にいいのだ。
「せめて、外に出てみる?」
「いや、しかし……」
「もう大丈夫だと思うよ。それに、最悪シュリとエイルにまたこれを作ってもらったらいいし、俺もローグを元に戻せるから」
「でも、もし何かあったら……」
俺は、そうだとディーレに背を向けた。
「ちょっと待ってて!」
俺は、一度結晶を出て、シュリとエイル、そしてハイドさんとダイナンさんに声をかけて、ディーレの所に集まってもらった。そうして、また俺は結晶の中に入る。多分俺でも、一歩が踏み出せない。誰かに手を引いてもらえない限りは。
「ディーレ、こっち!」
俺はディーレの手を引いた。天邪鬼なディーレは俺と同じで、でもやっぱり外に出たい気持ちもあって、引っ張られてしまうと、歩いてしまうのだ。
「ちょ、ちょっと待て! 心の準備が……!」
「大丈夫だから!」
そうして、俺とディーレは、結晶の外に出た。そこには、皆が待っていた。
「ディーレ、何日かぶりね!」
「元気にしていたか?」
シュリとエイルとも、ディーレはかなり親しくなっていた。
「私とは初めましてですかね。私はハイドです」
「俺はダイナンだ! しっかし、ほんと俺らと同じ、ただの人だな!」
そう言ってダイナンさんは大きな声で笑う。実際、ディーレが外に出ても何も起こらなかった。
きっと、ディーレの気持ちもかなり落ち着いたのだろう。ディーレもそれを見て、安心していた。
「ディーレ、まずは服に着替えましょう! 今の時代の服を用意してるのよ!」
「待て! 流石に服は男性とやり取りさせてくれ!」
「仕方ないわね! エイル、お願いできるかしら?」
「僕は初めからそのつもりだったぞ……」
それから、ディーレとわからないように服を着て、それから街を少し見て回った。結晶の外から顔はわからなくなっていたためか、誰もそれがディーレだと気づかなかった。ディーレはディーレで、1000年前との差に終始感動していて、たまに今の時代の人間ではありえない発言をしそうになって、定期的にごまかしはしたが。
その後、俺達はスティおばあさまの所に行き、預かってもらっている手紙をディーレに見せ、そしてクレアとマイタンが残した石のあるトラスの森に向かった。今では整備され行きやすくなっているこの場所も、王都からは離れているからか、人は誰もいなかった。
「ディーレ、ここだよ」
石の場所に着いたとき、ディーレは涙を流しながら、懐かしそうに眺めていた。二人の記憶から存在は知っていたけれども、本物を見るのとはわけが違ったようだ。
「クレアの発案だとはわかっていたが、本当にクレアらしい。苦労しているマイタンの記憶も、鮮明に蘇ってくる。本当に、二人がここにいるようだ」
ディーレは、石に手を当て、目を閉じる。
「すまない。暫く一人にしてくれないか? 思い出に浸りたい」
「うん、わかった。気にせず、好きなだけ浸って」
そう言って、俺達は少し離れたところで座って、石を眺めた。ここに来た時の事が、もう随分昔の話で懐かしい。
そう言えば、ここに来た時混乱して、死のうとしたんだっけ?だけど、怖くて死ねなくて、皆に説得されて、シュリに怒られて。
そんな感傷に浸っていると、ハイドさんは俺の頭を撫でてくれた。
「ラキ君は流石だね。ディーレの件も無事解決しそうだ」
ハイドさんの言葉に、俺は首を振る。
「全然凄くないよ。だって、俺は……」
俺は、皆の顔を見つめた。
「皆が俺にしてくれたことを、ただ全部ディーレにやっただけだから。だから、皆のおかげだよ」
そう言えば、皆笑った。シュリとエイルからは抱きつかれ、ハイドさんとダイナンさんからは沢山頭を撫でられた。ここにまえ来た時からは考えられないほど、幸せだった。
暫くして、ディーレが俺達の所にやってきた。
ディーレは、なんだかスッキリした顔をしていた。
「ここに連れて来てくれて、皆さん本当にありがとうございます」
「気にしないで。クレアとマイタンも喜んでるよ」
「ラキ、本当にここまでしてくれて、ありがとう。あと一つ、我儘を聞いてくれないだろうか」
ディーレの言葉に、俺達は顔を見合わせた。叶えられるかはわからない。けれども、聞いてみないことには始まらない
「なんでも言ってみて!」
「ありがとう。私は、クレアとマイタンの魂と、共にありたい」
その言葉の意味が、俺はすぐにはわからなかった。けれども少し考えて、そしてハッとする。
「ディーレ、それは……」
「ただ、死にたいというわけではない。そもそも、そんなこと、あの二人が望んでなどいない」
「じゃあ、どういう……」
ディーレは、俺達がやって来た道の先を見つめた。
「この数日間、色々なところを巡った。どこに行っても、クレアとマイタンの記憶が蘇った。この村の水路はあの二人が作ったものだとか、この果実の良くとれる森もあの二人が作ったものだとか。この国すべてに、二人の思いが、魂が溢れていた」
この国にあるものは、生まれた時から当たり前のようにこの地にあるものだった。けれども、それはクレアとマイタンが作ったもの。二人の記憶を渡したディーレは、二人の記憶が昨日起こったことのように読みがえってくるのだろう。
「私が魔法を使うと、その分代償が必要となる。それでも、この魔法が必要になる時もあるだろう。しかし、それはラキ、おまえの役目だ。私は、クレアとマイタンと同じように、未来に幸せを残したい。私の、命を代償に」
ディーレの言う未来は、今の世界のことを言っている気がした。この今の世界を、命を代償に、より幸せに作り変えるのだろう。
ディーレには、この世界でもう少し幸せに生きてもいいのではと思っていた。けれども、今のディーレを見て、駄目とは言えなかった。
「いいんじゃないかしら」
シュリが言った。
「だってあなた、今までで一番幸せそうな顔をしているわ」
その言葉に、ディーレも笑った。
「クレアも同じことを言いそうだ」
ディーレは、俺をまっすぐ見つめた。
「ラキ。ラキも幸せに生きてくれ。私達が作ったこの世界で」
「わかった! 沢山、沢山幸せになる!」
ディーレは、自分の胸に手を当てた。その瞬間、ディーレの体が光る。その光はどんどん大きくなり、弾けて、そして空へと飛び散った。
「綺麗……」
空から、光の粒が落ちていた。きっと、ディーレの魂が、世界中に降り注いでいるのだろう。
「すげえな、ディーレは。幸せな世界に作り替えちまうんだから。つっても、幸せな世界なんて、よくわかんねえが!」
「そもそも、この国で1000年も戦争すらなかったこと自体、ディーレのそう願って作り変えていたおかげだったのかもしれませんね」
「なるほど! 良くわかんねえけど、そんな気がするぜ! エイルは賢いやつだな!」
「ちょ、父上! もう撫でられる年じゃない!」
ダイナンさんとエイルのやり取りに、俺達は思わず笑った。
「でもそうだね。世界に魔法をかけられるなら、ラキ君が巻き戻ったのもラキ君が世界に魔法をかけて作り替えたのかも。本当に時間が戻ったんじゃなくて、過去の世界に作り替えちゃったとか」
「えっ、俺が!?」
「まあ確かめようがないけどね。試しに魔法をかけてみればわかるけど……」
「駄目よ!」
シュリが言う。
「だってせっかくここまで来たんだもの。もう戻りたくなんてないわ!」
「確かに、俺だって戻りたくない。このまま、今の皆と一緒にいたい」
これで、本当に全てが終わった。きっと、平和な日常が戻ってくる。前よりもずっと、騒がしくなったけれど。
これからどうするかなんて、まだ何も決まっていない。皆を守りたいと思って使えるようになった魔法も、きっともう、守るために使う必要すらなくなるだろう。俺がディーレなら、きっとそんな世界を望んだはずだ。けれども今日の事を説明するために、後しばらくは騒がしいだろう。
俺は耳を澄ます。ここは、街とは反対に、静かだった。聞こえるのは、風の音と鳥の声。皆も、暫くぼんやりと、静かに空を眺めていた。
もしあと一つだけ願いが叶うなら。俺は、地面に寝転がり、そして、目を閉じる。
魔法なんて使わなくていい幸せな世界で、大好きな皆に囲まれながら、静かに死にたい。
逆行した世界最強の魔術師は、力を隠して誰にも知られず静かに死にたい 夢見戸イル @yumemito_iru
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