55.操る者と

暫くして、驚くような報告が入った。

国中のローグが一体もいなくなったのだ。

ゾルオ先生曰く、きっと森でローグを消した魔法が、国中に及んでいたのだろうとのことだ。


今思えば、どうして気付かなかったのかわからない。

俺が動物をローグに作り変えることができるなら、同様にローグを普通の動物に作り変えることができるのだ。

ローグを普通の動物に戻す時に少し心がチクチクするのは、ローグに変えるときに使った俺の負の感情が戻って来たのかもしれない。

けれども、それを自分の中で消化できるようにもなっていた。


それだけじゃない。

俺の魔法が人の怪我を治すことができるという事もわかった。

俺の魔法の根本が、操るのではなく作り替えているという昔の学者の仮説が正しいのであれば、生物まで影響する俺の魔法が傷の再生をできても、おかしなことではないという。

試しにダイナンさんの怪我を治す魔法を使ってみたら、完治どころか、初めから怪我なんて無かったのではないかという状況まで回復した。


それがわかると、俺の前に怪我をした人が殺到して、忙しくなった。

流石に魔法を使うから血土はいくつか現れたが、使った自然のエネルギーは、シュリとエイルが木を植えて育てて解決している。

そして魔法を使っても、ローグまで出ることは稀だった。

本当に、俺の感情に左右されていたのだろう。

それをハイドさんに話すと、ハイドさんは少し懐かしそうな顔で言った。


「結局、忙しくしてると、そんな事考える暇なんてなくなるからねえ。それに、皆から怪我の治療で必要とされてるでしょ? そうしたら、自分をちょっと肯定的に見れるんだよね」

「それも経験談?」

「うん、そう」


ハイドさんは、何故か困ったような顔で笑う。


「まあ、ちょっと脆いんだけどね。そのうち、自分にこの力が無かったら、こんな自分必要とされないとか思っちゃうし、本当に自分自身じゃなくて能力だけしか見ない人もいるから、辛くなっちゃう

「ハイドさんも、なかなかに面倒くさいね」

「そうでしょ? ラキ君に負けないほど、私も面倒くさいんだ」


ハイドさんとは、たまにこういう会話をする。

たまに、俺の考えが見えてるんじゃないかってぐらい、考えていることを言い当てられたりして、でもそれが実はハイドさんも昔思っていたことだったという事は、何度もあった。

それがなんだか、ダイナンさんの言う本当の親子みたいな感じがして、やっと本当の意味で分かり合えた気がしてなんだか安心した。

そうハイドさんに言えば、ハイドさんは少しだけ苦笑いした。


「あまりにも私とだけ話すのは良くないよ。私が一度解決できたことなら、こう考えたらいいって教えてあげられるけどね。解決できない事は二人で悪い考え方に落ちて行ってしまうかもしれない。そういう時に私はダイナンによく救われていたけど、ラキ君の場合は、シュリさんかな?」


そう言われてみれば、ハイドさんが解決できない事は、大半がシュリか、時にはダイナンさんが解決してくれることが多い。

確かに二人は、俺の思いもつかない考えを言ってくれて、ふっと心が軽くなることが何度もあった。


そうして気付いたら、ローグが出る頻度もどんどん減っていった。

一時期ローグが異常に増えたのは、あの1件だけじゃなく、感情を抑制しようとして余計に自分のことが嫌いになったからではないかと言われてしまって、否定はできなかったが。

けれども本当に心からの思いをハイドさんに全てを話すようになってから、心がどんどん軽くなっていった。


そうして、大半が解決してしまったこの世界で、唯一解決できていない存在を、俺はぼんやりと眺めていた。

ディーレの封印された結晶だ。

ずっと寄り付かなかったけれども、今では親近感すら覚えていた。

ディーレもまた、自分を嫌っていたのだろうか。


「またここに来てるのね」


シュリがやってきて、隣で一緒に眺めた。

あれから、何度もここに来ていた。


「ディーレも、俺みたいに皆がいたら、何か変わってたのかな」

「あら、クレアとマイタンがいたじゃない。きっと、気持ちがすれ違ってただけよ」


確かに、ディーレにも、未来に解決策を託すほどディーレの事を思ってくれていたクレアとマイタンがいた。

俺だって、もしクレアとマイタンが残したものがなかったら、俺の時間が巻き戻らなかったら、皆とすれ違ってディーレのようになっていたのかもしれない。


「ディーレと話せないかなあ」


そう俺が言えば、シュリは目をぱちくりさせた。


「話せばいいじゃない? あなたの魔法なら、きっとなんでもできちゃうわ!」


シュリにそう言われれば、確かにできちゃう気がした。

結晶を解いてしまえば、流石に大惨事になるだろう。

けれども、恐らくだけれども、俺はあの結晶の性質を自由に変えることができる。


俺は、結晶に手を当てた。

一先ず、この結晶からディーレが出てこれないのはそのままで、でもディーレは自由に話せて、魔法は……、俺だけが使えるようにして……、そして、俺は自由に出入りできる。

そう念じれば、結晶はまるで宙に浮く液体のように変化して、簡単に結晶の中に手を入れることができた。


中は、想像以上に息苦しくもなく、むしろ心地よかった。

その中に、ディーレはいた。


ディーレは、目を閉じて眠っていた。

俺は、ディーレの手を握る。

起きるように念じれば、ディーレは静かに目を開けた。


「おまえは……」

「初めまして、ディーレ。俺は、あなたと同じ操る者だよ」


そう言えば、ディーレは全てを思い出したのか、頭を抱えて苦しそうな顔をした。


「私は……、私は……! そうだ、街は! 街はどうなっている!」


ディーレは、俺の肩をゆすり、そう尋ねた。

真っ先に街を心配するあたり、やっぱり俺にそっくりだ。


「大丈夫だよ。今は、こんなに平和になってる」


俺は、この結晶の中から外の世界を見せた。

クレアとマイタンがあえてそこを選んだのか、それとも国がディーレの存在を示すためかはわからない。

けれども結晶の中からは、街の景色が良く見えた。


「ここは……。私の知ってる街では……」

「ここはね、あなたが生きていた頃から、1000年後の世界。クレアとマイタンが、こんな平和な世界を作ってくれたんだ」

「1000年……! そうだ、私はクレアとマイタンにここに閉じ込められて……。そうか、私がいなかったから……、世界はこんなに平和になって……」


そんな思考も、本当に俺に似ていた。

似すぎていて、ちょっとハイドさんが俺を見る気持ちがわかってしまうぐらいに。


「違うよ、ディーレ。ねえ、じゃあなんでこんな平和な世界に、俺がいると思う?」

「君は、同じ操る者……、と言ったか……。そうか……。私と違って、力を使いこなして……」

「そんなわけないじゃん。俺達の魔法は、無意識に使っちゃうんだよ。俺もちょっと前、暴走しちゃったんだ」

「それなら何故……」

「俺の話を、聞いてくれる?」


俺は、今までの事を話した。

巻き戻る前の事から、巻き戻ってハイドさんと出会った事。

そして、皆と会って、いっぱい悩んで泣いたこと。

クレアとマイタンの残した事実や、自らローグを生み出しちゃったこと。

そして、上手く魔法を上手く使えるようになったこと。


それを話せば、ディーレは涙ぐんでいた。


「そうか。おまえは、沢山の仲間に恵まれていたんだな」

「ディーレだっていたじゃん! クレアとマイタン」

「確かにそうだった。そこまでしてくれた二人を、私は……」


ディーレの思いは痛いほどわかった。

クレアとマイタンと、ちゃんと話せなかった後悔。

そこまでさせてしまったことの申し訳ない気持ち。

クレアとマイタンだって、ディーレの事を信じられなかったって言ってたからお互い様だと思うのに、ディーレは自分を責めるばっかりだった。


「ディーレ。自分を責めちゃう気持ちは痛いほどわかる。だけど、自分が幸せになる事がクレアとマイタンの思いに答えることだと思うよ」

「でも、私は……」


どうせなら、クレアとマイタンがここにいれば良かったのにと思う。

結局、俺がここにいたとしても、ディーレは別の意味でまだ一人だ。

クレアとマイタンは、もう死んでしまった。


『あなたの魔法なら、きっとなんでもできちゃうわ!』


ふと、シュリの言葉が後ろから、聞こえた気がした。

残念ながら俺は、なんでもできるわけではない。

死んだ人を生き返らせることだけは、流石にできなかった。

けれど、そう言えば前、巻き戻る前のゾルオ先生の記憶を、呼び起こしたっけ。


それならば、と、俺はディーレの手を握った。

クレアとマイタンの記憶と思い。

それが、ディーレに伝わりますように、と。


瞬間、ディーレの体が光り輝いた。

そうして光が収まると、ディーレは涙を流していた。


「これは……。この記憶は……。この感情は……」


ディーレは泣きながら、けれども笑っていた。

きっと、二人の気持ちが伝わったのだろう。


「何故、こんな駄目な私なのに、それでも愛されていたという二人からの思いが、溢れて、止まらない……」


きっと、もう大丈夫。

そんな気がした。

けれどもこの思いを飲み込むのに、もう少し時間はかかるだろうけど。


「ディーレ、また来るね。それまでに色々、考えといて」


そう言って、俺は外に出た。

外に出たら、気付いたら皆が待っていた。

きっと、シュリが呼んだのだろう。


俺は皆の所に思いっきり走っていった。

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