子犬
友未 哲俊
🐕 😿 🐈
弟は、二つ年上の弱虫な兄とは違って腕白な奴だった。
四つくらいの頃から、「ママ、これ」と、死んだネズミの尻尾をぶら下げて来て母に悲鳴を上げさせるようなお茶目な悪ガキで、滅多なことでは泣かなかった。実際、私が覚えている彼の泣き姿は、負傷して骨が折れたり、膝半分の皮がベロリとはがれて血まみれになったりして、本当に痛みに耐え切れなくなった際のものばかりだ。叱られても大喧嘩しても泣かない見上げた奴だった。
そんな弟が、一度だけ、けがもしていないのに大泣きして、━ 本当に号泣を上げて帰って来たことがある。あれは彼が小学校低学年だった時の出来事だ。
ある日、テレビの前で昼下がりの平和なひと時を過していた私と母の耳に、突然、叩きつけるような玄関の引き戸の音と、泣き叫ぶ弟の激しい足音がとび込んできた。驚いて立ち上がると、両目を真っ赤に泣きはらした弟がこちらへとんで来る。母を見るなり、涙をこらえようと歯を食いしばり、懸命につぶやいた。
「… 子犬、子犬が …」
兄には分からなかったが、母親は何かに思い当ったらしい。
「死んでたの?」
弟はゆっくり、けれどもきっぱりと、怒りを押し殺すようにかぶりを振った。
当時、田舎だったこの辺りではどの家も、犬は普通に放し飼いにされていた。通学路やあちこちに点在する野原では、捨て犬や捨て猫に出会うこともよくあった。我が家のボーダーコリー、雌犬の「デベン」もご多分にもれず放し飼い状態で、その結果、ほぼ年に一度、数匹ずつ赤ちゃんを産んでいた。生まれた子犬たちは目が開いて普通のご飯を食べられるようになるまでは我が家で可愛がられ、そしてある晩、そっと捨てられる運命にあった。犬を捨てるのは父の係で、父は子供達にはできるだけ内緒で、一匹ずつ数か所をまわって捨てていたという。できるだけお金持ちっぽい他人の家の庭や、人目につきやすくて
探し始めてすぐに、昨日の雨に湿った足もとの草むらから、弟を見つけた子犬は、ちっぽけな尻尾を必死に振ってそれは嬉しそうに駆け寄って来た。
その時、弟は、いつものように悲しみをぐっと
話を聞いた母は、弟を抱いて、「行こう」と言った。三人で涙ながらに野原で子犬に再会し、連れ帰った。その夜、帰ってきた父は話を聞いて、無言でそのまま後を向いてしまった。数日後、子犬は父の同僚の家に引き取られ、それが我が家で最後の捨て犬になった。
何て、罪なことをしてきたものだろう。「可哀そうだから捨てないで」と頼みはしても、心のどこかでは最初から無理だとあきらめていた。それに、子供時代には他にもさんざん残酷な遊びを平気で、そして、むしろ楽しんで繰り返していたことを慄然と思い出す。溜め池では年上の友達に
なぜ、そんなことが?テレビでも連日のように
人間の体には、保身や快楽のために容赦なく他者を切り捨て、共感なく虐げる悪が生物学的に織り込まれている。
とはいえ、今なら私もよせと言えるし、弟の代りに想いを伝えられそうな気もする。
子犬 友未 哲俊 @betunosi
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