冒険者トゥピラとの出会い

「あ、あの……」


 ゴロツキが去っていった後、襲われていた少女は暗闇の中から躊躇いがちに声をかけてきた。


 俺は彼女の言葉を遮り、手招きで光の下に出てくるよう促す。


「暴漢はもういない。出てきても大丈夫だ」


 躊躇っているのだろうか。

 なかなか彼女は出てこなかった。


 だが、やがて観念したのかガジュの光の下に姿を見せた。


 日の光ほどの強さを持たない光であったが、幼い少女の背格好をはっきり視認するには十分であった。


 現れたのは魔法少女だった。

 紫のつばの広い帽子を被り、同じく紫のローブを羽織っている。


 ショートカットの金髪はガジュの明かりによって輝きを帯び、さらさら揺れる。


 歳は17か18くらいだろうか。

 まだまだ青い。


 顔は可愛らしく整っていたが、その顔の緑の瞳が恐怖だか困惑だかの色を浮かべて俺を見つめていた。


 目が合った。

 しばしの間、彼女と視線を絡め合う。


 先に口を開いたのは、少女の方だった。


「あ、ありがとうございます……。私なんかを助けてくれて」


「怪我はないか?」


「は、はい、何ともないです……。えっと……」


「要救助者はみんな平等だ。どんなクズだろうが助けないという選択肢は削除するようにしている」


「クズ、ね……」


「ご、誤解はしないでくれ。君のことをクズって言ったわけじゃない」


 慌てて訂正した。

 正しい意味が伝わらないのは両者にとって不都合であるし不愉快でもある。


「でも、よかったん……ですか?」


「ん、敬語じゃなくてもいいよ」


 どこか硬かった少女の表情が、少し柔らかくなった気がした。


「そ、それじゃあ……。本当に、本当にこれでよかったの?」


「……と、いうと?」


「だってほら、私なんかを助けたところでメリットないっていうか……」


「自衛官は要救助者に対価を求めない。というか、何でそんなそう思うんだ? 自己肯定感が低すぎやしないか?」


 俺の言葉を、少女はぽかんとした顔つきで聞いていた。


「え? 冗談で言ってる……? あのマックスに目をつけられることになりかねないのよ? そしたら、いくらあなたでも……」


「すまないが、そのマックス氏が誰かわからないし、攻撃を加えてくるとしてもそうやすやすと負けはしない。何だ? 異世界だからステータスが高かったりスキルが強かったりすんのか? ん?」


 終始、彼女はぽかんとしたままであった。

 俺が話し終わるのと同時におずおずと尋ねてくる。


「すてーたす……? すきる……? 何の話? ……それに、もしかして何も知らないの?」


「知らん。ここに来たばかりでな」


 嘘は言っていない。

 俺はほんの数時間前にこの世界に来た。

 だが、彼女は俺がこの町に来たばかりと解釈したようで、


「他の街の人? だったらしょうがないか。それにしても、変わった服装が流行ってる街なのね」


「優秀な装備だ」と俺は言った。


「それで、俺の知らない事情とは何だ」


「……私達、パーティ第762号は嫌われてるの」


 少女は俯く。

 俺は黙って彼女の話に耳を傾けた。


「私、友達を誘ってパーティを組んでるんだけど……。色々あって大きな派閥に目をつけられて」


「……何故?」


「今のパーティ第762号のメンバーは私を含めて5人だけど、ちょっと前は6人だったの。今はもういないんだけどね。あいつはみんなの人気者で、なんでわざわざ私達と組んだのかわかんないくらいの実力者だった」


「ふむ……」


「でも、あいつは死んじゃった。病死じゃない。殺されたのよ。任務中にね。ギルドの殉職者リストに名前を連ねてしまった……。彼を慕っていた人達は、寄ってたかって私達を責めた。『お前のせいだ』『お前のせいで死んだ』『お前が殺したようなものだ』ってね」


「……そいつは酷い話だな」


 これは本心だ。

 俺は何度も、いじめというフラスコ3つ分以上のゲロを吐けるくらいおぞましい行為を目にしてきた。


 彼女もまた被害者なのだ。


「それから、毎日のように嫌がらせされるようになったわ。嫌がらせグループのリーダーが、マックス・ワイケー。詳しくは知らないけど、貴族と繋がりがあって、この街の冒険者の中でもそれなりに強くて、傘下の冒険者を大量に持つ男。冒険者がみんな私を嫌ってるわけじゃあないと思うけど、ギルド本部の低階級の冒険者の大半は、あいつの派閥に頭が上がらないの」


「訴え出たりはしないのか? 友達に頼ったりは?」


「した。何回も。でも、職員の注意も聞かないし、高階級の人達は格下のことなんてほとんど気にしないし……」


「よくそんな奴をクビにしないな。貴族と繋がりがあるからか……。友達の方は?」


「友達少ないし……」


「……一筋縄ではいかんな」


 俺は言った。

 頷きが返ってくる。


「うん。だから……」


「心配は無用だ。それに関しちゃこっちで何とかする。俺だってただ隊でしごかれてきたわけじゃあないんだ。俺に手を出せば少なからず痛い目に遭うってわからせてやるさ」


「で、でも……」


 俺は彼女の言葉を遮り、彼女のいる方──路地裏に向かって歩き出した。


「とにかく、余計な心配はするな。老ける」


「し、失礼なこと言わないでっ!」


「今夜はもう遅い。ゆっくり休め。もう絡まれるんじゃないぞ」


 少女の肩を軽く叩き、俺は路地裏の暗闇の中に消え──。


「ねえ、どこ行くの?」


 また声をかけられた。


 俺は振り返り、少女と再度目を合わせる。


「そっちはひたすらに路地だけど」


「……ごたごたがあってな。帰るすべがないんだ。事情は君には話せないし、話したところで混乱と誤解を与えてしまうだろう」


「……」


「1人はもう慣れた。おやすみ」


 これ以上、話す気はなかった。

 だが、彼女はそうはいかなかったようである。


「さっき」


「ん?」


「対価はいらないって言ったわよね?」


「言った」


「貴方がいらなくても、私は対価を支払いたいの」


「……と、いうと?」


「私の家に来ない? しばらく泊めてあげるわ」


 さっき、彼女は自分で、マックス・ワイケーに狙われるから気をつけろと言った。

 それなのに、標的にされるはずの俺に「泊まっていけ」と言うのだ。

 そのマックスとかいう男が俺の居場所をつきとめて襲ってくるかもしれないというのに……。


 しかし、阿呆なのではない。

 これは単純に、彼女が──。


「……いいのか? こんな浮浪者同然の俺を助けたところでメリットがあるかどうかわからんぞ?」


「それでも構わない。これは、私が支払いたくて支払う対価なの。義務なんかじゃないし、メリットだってどうでもいい。目の前に行き場所を無くしている人がいたら、助けてあげるのが正解でしょ?」


 ぐうの音も出ないな。

 俺は降伏するように両手を挙げ、小さく笑った。


「その優しさに甘えるとしよう。礼を言うよ…………えっと……」


「トゥピラよ。トゥピラ・イリエス」


 少女──トゥピラは微笑みと共に名乗った。


「貴方は?」


「木佐岡利也だ」


 手を下ろして俺も名乗る。


 それに応える少女の微笑みは、ガジュの光の下で美しく映えていた。


「それじゃあついてきて、トシヤさん」


「下の名前で呼ぶなら利也で構わない」


「え? 下の名前だったんだ……」


 文化の違いか。

 へっ……。


「ちょっと待ってろ。大事なものを置いていくのはまずい」


 俺は小走りに路地裏へ駆け込んでいく。

 銃を取りに行くためだ。


 上に乗っかっているもふもふをどかし、銃を覆っていた布を取っ払う。

 89式小銃の飾り気のないボディがあらわになった。

 日本人の体格に合わせて設計された高価な小銃である。


 俺はハチキュウを持ち上げようと手を伸ばす。


「えっと……」


 背後からの声に振り返ると、案の定トゥピラがそこにいた。

 彼女が見ているのは俺ではなく、手を伸ばしかけた小銃だった。


「それってもしかして、銃…………? それと、動物?」


「そうだが?」


「マジですか……」




○○○




【王国】ヴァング=イリューシェン王国(通称王国)はルクハント島南部一帯を支配する国家である。主に王政、伯爵以下の貴族が運営する貴族議会が国を運営する

かつては絶対王政国家であったが、とある事件をきっかけに宗教勢力の弱体化や奴隷制廃止などの改革を行い、現在の"封建制をある程度残した議会制の法治国家"へと生まれ変わり、25歳以上の都市部に住む人間に等しく選挙権が与えられるようになった


移動の自由や職業選択の自由が認められている他、数万人の人口を支えられる魔法を活用した最先端のインフラ、傭兵に頼らない強力な常備軍を持つ


誰が呼んだか、"自由の強国"

我々の世界に例えるなら、中世ヨーロッパの街並みや服装と、近世、近代の制度、規範を持つキメラ国家である


現在の王はヴァンク17世。女王はリリ・ヴァンク

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異界の三等陸曹 〜とある陸上自衛官の異世界解放録〜 エンタープライズ窪(煮干しマン) @enterprisekubo

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