夏に馬鹿酔い、廃屋にバニー

目々

またここで続けられそうさ

 バニーガール見に行こうぜって話だったんですよ、要は。馬鹿の大学生が集まったらそんくらいのことで馬鹿やらかすんですよ、だって馬鹿だから。


 違いますよ、その手のお店じゃありません。心霊スポットです。心霊スポットでバニー見れんのかって思うでしょうけど、そこの説明もするんで。──関係ない話じゃない、っていうかそれが大元なんで、どうしても必要なんですよ。


 夏休み何やってたかって聞いてきたの、先輩じゃないですか。

 わざわざこうやって一対一で飲みに誘ってまで……そんなにすごい顔色してますかね、俺。そんなやつに酒飲ませんのもどうかって思いますけど、気遣いには感謝してますよ。割り勘だっていうなら尚更。

 心配してもらって言うことじゃあないでしょうけど、別に体調自体はどこも悪くないですからね。あれですよ、ベタなところで心因性の何やかんやってあたりが該当しそうなんで、先輩の勘はそれなりに当たってます。病気までいけてないですけど、二三歩手前ぐらいじゃないですかね、多分。どしたん話聞こか、が有効なタイミングなのは事実だと思います。効果があるかどうかは、まあ。

 そうですね。どっちかっていうと何やったかって説明になっちゃう気もしますけど……その辺はね、誤差ですよ、きっと。

 話すこと、変わんないですし。酒入れて喋るんなら、ね。どうにもならないことですから、起こったことって。


 で、バニーの話なんですけど。先輩知りません? 

 大学の最寄り駅から大通りまっすぐ行って、銀行のあたりで右に曲がってから道なりに歩くと住宅街につくじゃないですか。そこにある、ちょっと大きめの一軒家。他の家二つ分ぐらいの敷地で、玄関がちょっといい飲み屋みたいな木の引き戸で、屋根なんか瓦だし正面のど真ん中に家紋も刻んであるしぐるっと黒木の塀で囲われてるし、みたいな。豪邸って程でもないけど一軒家っていうにはちょっとスケールが合わない、そんな感じの一戸建てです。

 そういう……そこそこ立派な家なのに、庭なんか草伸びまくってるし、塀もところどころ朽ちてボロくなってるし、窓も壁も薄ら汚れて煤けちゃってる。そういう具合で、一見して分かるぐらいには廃屋です。

 そこにね、バニーの格好したやつが出るって話だったんです。


 なんでそんなもんが出ることになったかっての、よく分かんないんですよね。俺一応地元ここの出身なんで、噂はずっと聞いてたんですけど、それでも色々が曖昧っていうか。

 家としてもあれですね、誰かしら住んでたんだろうけど、気づいたら誰もいなくなってめっちゃ荒れてた、みたいな認識なんですよ、みんなして。一時期は前庭とかにバンとかファミリー向けっぽいデカめの車が止まってたりしたらしいんですけどね。それだってすぐに見かけなくなったし、取り壊されたり売られたりみたいな気配も全然ない。そもそも他人ひとの家のことだから詳しく知る手段も基本的にはないですしね。

 事件とか噂とかは何にも……あ、子供が庭に埋まってるみたいな話が一瞬出てきたりはしましたね。出所とか由来とか全然分かんない、それこそぽっと出てきた噂です。俺が中学ぐらいのときに、部活で先輩から聞きました。バニーの家、子供埋まってるらしいよヤバいよなぐらいのうっすい話でしたけど。本当に薄いんですよ、住んでた家族が何やかんやあって子供を埋めたぐらいの内容しかなくって、死んでから埋めたのかも埋めるために殺したのかも曖昧で……だからすぐに流行んなくなりました。それっぽい根拠がないと厳しいんですよ、やっぱり。

 そういう曖昧な廃屋なんですけど、だけはしっかりぶれてないんですよ。どの世代の馬鹿に聞いても、同じことを言うんです。


 何が見えるかったら、分かるでしょう。

 その家の窓に夜な夜なバニーガールの格好をした人間が立っていて、見た人は祟られる、みたいな話です。大まかに言うとね。──冗談みたいな筋でしょう。


 バニーガールじゃないのかったら、ほら。まちまちなんですよねそこは。

 見たって言うやつが、男だったとかお姉さんだったとか、はたまた首がなかったとか……中身には色々バリエーションがあるんですよ。でも、みんな格好は同じ。ウサ耳つけて、バニースーツ着て、襟とか袖とかお手本みたいなバニーガールの格好。

 怖いんだかどうだかキワいんですよね。いや、廃屋で野郎がバニーガールの格好して佇んでたら怖いのは確かなんですけど、種類が違う怖さじゃないですか。お姉さんならいいのかったらそれもあれですし。首がないのでやっとそれっぽくなるっていうか、ぎりぎり怪談として成立するっていうか。でもバニースーツなんですよ。


 そういう具合の微妙な怪談なんで、ちょうどいいと思ったんですよ。酔っ払いどもからなんか面白いことを言えって振られたんで、バニーが出る廃屋があるんだぜ、みたいなノリで。

 酔っ払いどもはあれです、こないだ夏休みに実家にも帰らず予定もなくうだうだしてるサークルの連中集めて飲み会やったんですけど、それで二次会終わっても飲みたいっていう馬鹿が青木先輩んとこに転がり込んで飲んでたんです。その面子で一番家が近くて一人暮らししてんの、青木先輩しかいなかったんで。

 つってもそんなに人数いません。俺と、家主の青木先輩と、終電逃してやけになって着いてきた三橋と、とにかく酒が飲みたいし一人になりたくないって駄々こねて混ざってきた新井さん。この四人でした。

 そんでまあみんなして二次会までそれなりに飲んでたもんだからぐでんぐでんだし、アルコールが血にも脳にも浸みちゃってるからろくなこと思いつかない。その上で適当にノリで話したバニー屋敷の話がウケちゃって、よしみんなして窓辺に立つバニーのお姉さん見に行こうぜって決まっちゃったわけです。ねえ。賢いところがひとっつもないですね、ここまで。自分のことながら怖くなります。酒って怖いですね。


 思い立ったときには十二時過ぎてて、酔っ払ってても辛うじて良識みたいなものがあるからなるべく静かに道を歩きました。夏の夜風が酔った肌にちょうど良くて、何にもなかったら酔い覚ましの散歩に切り替えようとか思ったりもしました。


 けどね、開いちゃったんですよ、玄関。

 引き戸なんですけど、三橋がじゃあ試しにって手掛けたらがらがらって。あれですかね、田舎の家は鍵かけないみたいなのって廃屋でも通用するんですかね。

 そんな具合に入れちゃったんで、お邪魔しますって上がり込んで、みんなしてぞろぞろ探検してたんです。


 バニーの家、パーツがあるって話があったんです。──あ、違いますよ。腕とか首とかそういう猟奇なやつじゃなくて、部品っていうか、バニーガールのパーツです。荒れ果てた玄関に黒のハイヒールが散乱してるとか、埃の積もった洗濯機の傍に網タイツに片方だけのカフスが脱ぎ捨てられたみたいに放置されてるとか、仏間の隅に積まれた座布団の上に置かれた兎耳があるとか、みたいな。意味分かんないですよね、デカいけどその手のお店の廃墟とかでもない、普通の廃屋に、そんなもんがあるの。そもそもバニーが出るってのも分からないけど、バニーの衣装が落ちてるのはもっと分からない。


 とりあえずその辺のものは何にも見つけられませんでした。洗濯機は見つけましたよ、けど落書きとかゴミがひどくって……あ、蓋はさすがに開けませんでした。普通に怖いじゃないですか。限度ってもんがあるでしょう、きっと。


 二階も上がったんですけど、何にも。

 子供部屋みたいなのとか寝室っぽいのとかありましたけど、まあ……普通に荒れてんな、ぐらいでした。一階もそれなりに荒れてはいたんですけど、それとはまた種類の違う散らかり方でしたね。一階は落書きとかゴミとかだったんですけど、二階はこう、人が出入りしなくなったから年月とか湿気とか直射日光とかで順当に傷みました、みたいな印象でした。そうなんです、どこの窓にもカーテンがなかったんですよね、あの家。大きめの窓がそこかしこにあるんですけど、全部丸見えなんです。だから日差しで傷むんだなって納得した覚えがあります。本の背以外も焼けるんですね。


 で、特に怖い目にも合わないしバニーもいなかった。結局何ともなかったなって、帰ることになったんですよ。

 部屋から廊下に出て、やけに急な階段をゆっくり下りて、玄関に行こうとした。


 そしたら、足音が変なんですよね。具体的に言うと、ハイヒールっぽい音がする。

 行儀の悪い話だけど、俺たち土足で上がってたんですよね。そんでみんなしてスニーカーだったんですよ。革靴すらいない。


 なのに、階段を下りる俺たちと同じ速さでついてくる、こつんこつんって階段をヒールが叩く音がするんです。


 皆、黙ってました。余計なこと言ったら駄目だって、分かってたんで。

 所詮一軒家の階段なんで、そんなに長くはないんです。踊り場があるったって二十段ぐらい。その二十段を黙って下りて──長かったですね、足元ふわふわするし。でもここで気逸らしたら落ちるなって思って、足元だけ見て下りました。みんなそうだったと思います。


 階段を下り切って、一斉に走り出しました。廊下から玄関、玄関から前庭、前庭から道路。来た道順をすっかり逆に走って、家から、家の敷地から逃げ出しました。


 それでもまだヒールの音がするんです。

 人っ子一人いない、車も走ってない真夜中の住宅街の狭い道路。走ってんのは俺たち四人だけだってのが嫌でも分かる。

 なのにヒールで全力疾走してるみたいな音がずっとついてきたんです。


 一人、転んだんです。そうしたら足音が途切れました。

 全員よろつきながら足を止めて、振り向きました。だって、気づいたから。


 転んだの、三橋でした。

 べっとり夜を吸って黒いアスファルトに膝ついて、土下座のし損ないみたいな体勢のまま、あいつもこっちを見てた。

 三橋が、立ち上がって歩きました。一歩、二歩、確かめるみたいにゆっくり。

 ゆっくりと、高らかに、ハイヒールの音がしました。


 全員、逃げました。

 置いて、ね。三橋も追ってこなかった。ヒールの音、しなかったんで。そのまま先輩の家に駆け込んで、玄関の鍵全部かけて、男三人が朝まで肩寄せ合って過ごしました。

 で、それから三橋のことを誰も見てません。

 サークルの例会にも顔出さないし、一緒の講義取ってるやつも見かけてないっていう。勿論ラインも既読がつかないし、普通に電話掛けてもずーっと呼び出し音が鳴るばっかり。

 誰にもね、言ってないんです。あいつの家族にも、警察にも──だって警察に何を説明しろっていうんですか。バニーの家に肝試しに行って帰ってくる途中で転んだやつを置いていきましたって話して、誰が信じてくれます? 俺たちだって信じられない、っていうか何が起きたか分かってないのに。


 だから、先輩に話したことが全部なんです。バニーの家に行って、三橋だけ見捨てて、俺たちは帰ってきた。


 ──やっぱ、あれですかね。あいつあれから、家、戻ったんですかね。自宅じゃなくって、バニーの家の方に。いなくなるより、そっちの方がありそうな気がするんですよ、なんか。勘っていうか思い付きっていうか直感っていうか、妄想ですけど。


 そうだとしたら、三橋、今頃バニーになってたりするんですかね。

 いや、気狂ったわけじゃないですよ。最初に話したじゃないですか、窓辺に立ってるバニーがいるみたいな。あとはほら、耳とか網タイツとかカフスとか、家に衣装が揃ってるわけですよ。それなら、ちゃんと手順を踏めばなれるんだなって思っちゃって。実際ハイヒールは履かせてもらえたわけですから……ああ、すごい気持ち悪いけどしっくりきますね、これ。お試しっていうか、目印っていうか。靴取られると、帰れないじゃないですか。


 窓辺に立ってたりするなら──見に行ってやらないといけない気は、するんですよ。ほら、言い出したのっていうか、話を持ち出した、発端は俺なわけですから。青木先輩は場所貸してくれただけだし、新井さんはただ居たってだけですし。ただ楽しく飲んでたところにいらんことを持ち込んだの、俺なんですよ。

 かわいそうじゃないですか、そういうとばっちりでひどいことになるの。だから俺が見て祟られてやるくらいはしないと、釣り合いが取れない気がするんですよ。……今のところ、行けてないですけど。

 どうせなら今、このまま酒の勢いで行くってのもありな気はしますね。そしたら先輩、ついてきてくれます? バニー、見られるかもしれませんよ。

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夏に馬鹿酔い、廃屋にバニー 目々 @meme2mason

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