第3話

「じゃーな、貴明。また明日」

「おぅ、またな」


 友達の榊と挨拶を済ませ、貴明も帰ろうと廊下に出た。まばらに生徒がいるのに、貴明としっかり目が合う男子生徒が一人。

 怪訝な表情を向ける。意味が分からないと小首を傾げ、貴明は通り過ぎようとした。


「うわっ!」


 廊下が濡れていたか、いや、水滴すらない。油でもあったんじゃないかと思うほど、足が滑った。

 貴明は派手に尻もちをついた。突然のことに、近くにいた生徒は貴明に目を向ける。体勢を立て直し、開いていた鞄から飛び出た筆箱を入れる。その際、先程まで目が合っていた男子生徒とまた重なる。

 瞬間、男子生徒はその場から走って行ってしまう。


「ちょっと待て!」


 音楽室、美術室へと続く長い廊下を、貴明は追いかける。男子生徒が手に空書きをするのが仕草でわかると、貴明は自身の鞄に文字を施す。

 男子生徒の前へ投げた鞄はピタリと止まる。少し足が引っかかると、バランスを崩し転けた。


「最近のことだけど、俺に空書きで悪戯してたのってお前だよな」


 茶髪にしてある貴明とは対照的に、黒髪の男子生徒。構図だけ見れば、貴明が酷いことをしていることになる。


「ほんと何にも気にしてないんだ」

「はぁ? はっきり言えよ。何がしたいんだよ」


 男子生徒は立ち上がる。


「中学のとき、君にいじめられてた」


 消せない事実が出されて、貴明は周囲を伺う。教室から遠いことで、ここでの騒ぎは聞こえていないと分かり、姿勢を戻す。


「あぁ、動画にある制裁ってやつ? だったらスッキリしたんじゃないの? 俺も中学からは変わってさ、友達同士とかだけなんだよ、悪戯するの。お前には何もしない。お互い干渉しないってことで、やめない?」


 そう口走り、「酷いことして、ごめん」深々と頭を下げた。


「いじめって言葉が出たから謝ってない? された側がそれで許すと思ってる?」

「じゃあ、どうしろっていうんだよ。わざわざ同じ高校受験して。違う学校行けば俺と会わずに楽しく過ごせてるはずだろ。何で」

「動画見たなら、あの言葉も見たってことだ」


 男子生徒の言う、あの言葉。さよならを言う前に、という一文。


「過去にされたことを俺にもやって、もう会わないって意味なんだろ? だったらもういいから、ここ数日、嫌な気分だったよ」

「復讐して僕がこの世からいなくなるって意味にも出来るし。復讐して、君をこの世からいなくさせるって意味にも出来るんだけど」


 狂気を感じる声に、貴明は言葉を失う。


「どっちがいい?」


 二択のうち、どちらか。男子生徒はあまりにも穏やかな声に変わる。それがまた恐怖を増加させる。


「いじられキャラで過ごせると思ってたのに、急に輪に入ってきた君は、いじめへと変化させたんだ。最終的に残ってたのは、君とその中学までの友達だったね。今の友達は、高校で知り合えたんだろ?」

「俺は、何を受ければ、お前は満足するんだ?」

「満足? しないだろうなぁ。僕に怯えて過ごしててよ、今思いつくのはそれだけだからさ」


 後日、投稿された動画には、文でのやり取りがあった。それを最後に、投稿は終わり、盛り上がりも段々と小さくなっていった。


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さよならを言う前に 糸花てと @te4-3

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