最終話 問題山積みの再出発

 夢を見ていた。

 真っ白な空間の中、目の前に今の私と同じ顔の人が浮かんでいる。

 けれど顔つきですぐに分かった。

「ニナ……」

 目の前の私は、儚げに微笑む。


 ――ありがとう、マックスを、そしてみんなを助けてくれて……――


 その言葉にはっと胸を突かれた。

 私の役目は終わったのだ、と気づかされる。

「あ、あのっ……、ちょっと待って?」

 声が上ずる。

「えっと、やることやったからもう帰っていい、なんて言わないよね?」

 ニナは不思議そうに首をかしげる。

「や、だって、その……。わかってるよ? 私は、ニナが助けを求めてきたから力を貸したってだけで、本来はこの世界の人間じゃないんだよね。分かってるけど……」

 胸の奥がきりっと痛む。

「……まだ、その、色々問題抱えたままだから、やること山ほど残ってるし、責任者としてこの世界を後にするわけにはいかないって言うか」

 私は、こぶしをきゅっと握りしめる。

「……マックスと離れたくない」

 ニナが柔らかに目を細める。


 ――……貴女は、私――


「え?」


 ――貴女は私の前世の姿――


 はい!?


 ――貴女が生まれ変わって、私になる。貴女と私は、同じ魂――


 え? じゃあ……。


 ――貴女はニナ。新菜の記憶を持った、ニナ――


 周囲がまばゆく輝き始める。目も開けていられないほど強い光が私たちを包む。


 ――マックスに、気持ちを伝えてくれてありがとう――


 ニナと私の掌が合わさる。そのまま彼女は、光の粒子となって私を包んだ

「ニナ!」




 目を覚ました。

 レースのカーテン越しに、明るい光が差し込んでいる。陽は既に高かった。

「ニーナ、入るぞ」

 ノックの音と共にマックスが顔を見せた。

「どうした、ニーナ。叫び声が聞こえたが、何か……」

 マックスの髭がピクリと動いた。

「……ニーナ、か?」

 怪訝そうに、マックスが私の目を覗き込んでくる。

「それとも、まさか……」

 ごくりと唾を飲み込む音がした。

「……ニナ様でいらっしゃいますか?」

 何かを見極めるような、マックスの真剣な眼差し。私の中の奥の奥を探るかのように。

「どっちもだって」

 私の言葉にマックスは困惑した表情を浮かべる。

「どういうこと……でしょうか?」

「やめてよ、その口調」

 私は、夢の中でニナに言われたことを彼に伝える。

「新菜は前世の記憶。生まれ変わってニナになったんだって」

 不思議な感覚だ。

 これまで新菜の魂が転移したものだとばかり思っていたのに、ニナとして生を受けたと知らされてから、ニナの記憶までが私の中に蘇ってくる。

「では、あなた様はずっとニナ様でいらっしゃったと……」

「むぅ!」

 マックスの距離を置いた話し方に、寂しさを覚える。

 私は伸びあがるとマックスの首に腕を回し、その唇に自分のものを合わせた。

「に、ニナ様!」

「そうだよ、ニナだしニーナでもある。……この、マックスのことが好きな気持ちも」

「えっ?」

 至近距離でマックスが目を白黒させる。いや、瞳は蒼色だけど。

「……自分がニナだと気付かされてから、わかっちゃったんだ。ニナもずっと、マックスのことが好きだったんだって。でも人間とWBの間では許されない感情だと、自分を抑えていたみたい。……この世界で育ったニナの『常識』では、口に出来ない言葉だったみたい。だけど」

 マックスの半開き状態の口元へ、私はもう一度キスをする。

「新菜の『常識』は、その辺縛られてなかったから。素直に好きだって伝えられた。だから、新菜の記憶が強く出るのはいいことだったみたい。ニナにとっても」

 マックスはまだ呆然としている。

「では、その、私はあなた様に対してどのように振舞えば……」

「これまで『ニーナ』に対して向けてたのと同じものをお願い」

「しかし……」

「ニナもそれを願っていたんだよ、ずっと。マックスと対等の立場として恋人になりたいって」

 マックスがまだ迷うような表情をしている。だから私はニッと笑った。

「あー、じゃあこうしよう? 私は主人としてマックスに命令するね。ニーナに対して行っていた振る舞いをこれからも続けろって。命令だからね、きいてね?」

 マックスの肩から力が抜ける。やがて小さく吹き出した。

「……わかった」

 彼の大きな手が私の背中に回り、私はその逞しい胸の中に包み込まれる。

「これからも、愛していいのだな」

「うん」

 私は布越しに感じるマックスのモフモフを頬で堪能する。

「……大好き」

「あぁ」




 それからは大変だった。

「ニーナ、これを」

 マックスが大きな封筒を手渡してくる。中を見ると、難しい文字の並ぶ紙がぎっちり詰め込まれていた。

「なに、この分厚い書類」

「ツィヴがあの文化施設を、ニーナに譲るという内容だ」

 マジで!?

 あのどさくさの最中に、助かりたくて勢いで言ったこと実行しちゃったの?

 え、もらってもどうすればいいの? そりゃ、元々うちの持ち物って聞いてるけど。地下はさておき地上エリアの管理は? 職員とかどうすればいいの?

「それから、建物の地下の通路の檻の中に、WBが大勢置き去りにされている」

「なぜ!?」

「あの場でWBに恐怖を覚えた人間が、残していったのだろう」

 ちょっと待って、困る! てことは、大勢のWBも私の管理下になったってこと?

 すぅ、っと血の気が引く。


 檻に入っていても私の管轄下だから、数日後に殺処分なんてことは無くなったけど。

(面倒見なきゃいけない相手、どんだけいるの!?)

 勿論最初から全員引き取りたい気持ちはあったが、一気に来るとなるとただただ困る。

(彼らを養う場所は!? 生活のためのお金は!?)

 私たちにとって収入源だった闘技場の賭けバトルも、ツィヴがあそこを手放した以上もう行われないだろう。

「ど、どうすれば……」

 頭を抱える私に、WBたちが歩み寄ってくる。

「私どももついております」

「ニーナさんのためなら、ぼく、頑張りますから!」

「あ、ありがとう……」


 そうだ。手に入れてしまった以上、ちゃんと責任は取らなければならない。

(大丈夫、WBが反乱を起こしてた場合の被害よりはまし、ずっとましなはず……!)

 自分に無理やり言い聞かせ、大きく深呼吸する。

 それに、ニナとしての記憶も戻ってきたのだから、それが私を助けてくれるだろう。そう信じたい。


「それよりさ~」

 何だよ、この事態を招いた元凶のS5。

「みんなが言ってたバーベキューってやつやってよ」

 少しは責任感じろや、S5ぅうっ!

「そう、だな」

 マックスが、テーブルに置いた私の手に自分のものを重ねる。

「クモイ社の仲間が全員戻って来たのを祝うために、今日やるのもいいんじゃないか?」

「そうだね……」

 マックスが言うなら仕方ない。


 施設の運営、残されていったWBたちのこと、金策その他もろもろ。

 考えなくてはならないことは山積みだけれど、まずは仲間たちの帰還を今日は祝うことにしよう。



 ――終――

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戦神の集う庭 香久乃このみ @kakunoko

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