第53話 急ごしらえのカラクリ

 闘技場内が一瞬にして暗闇と化す。

 観覧席に並ぶモニターも電源が切れ、暗転した。

「なんだ?」

「何も見えないぞ!」

「どうなったんだ!」

 前触れもなく、スポットライトのまばゆい光が一条のみ射す。

 それはツィヴを捕らえたS5を照らし出した。

「なにこれ?」

 眩しそうに目を細め辺りを見回すS5の元へ、マックスが重々しい足取りで現われた。

「よぉ、マクシミリアン!」

 S5は傷だらけの顔をほころばせ、ツィヴを放り出した。

「さぁ、オレに一撃決めてよ。一撃決めてくれさえすれば、オレ倒れるからさぁ! そしたらテンカウントでお前の勝ちだ!」

「S5……」

 マックスがギッとS5を睨む。すかさずその喉元へ手刀を叩きこんだ。

「ぐふっ!」

 スポットライトに照らされているエリアから、S5が吹っ飛び姿を消す。それを追って、マックスもまた闇の中へと身を躍らせた。激しく打ち合う音だけが、場内に響く。

 やがて、ぐったりとなったS5の首根っこを掴み、引きずりながらマックスは光の中へと戻って来た。

「ひ……ひぃ……」

 失神せんばかりのツィヴをマックスは一瞥する。そして汚いものでも見たかのように顔をしかめて目を逸らすと、マックスは口を開いた。

「S5は倒した。俺たちの勝ちでいいな」

「ひ……ひぃいい!!!」

 甲高い悲鳴を上げたかと思うと、ツィヴは先ほど取り落とした斧を掴み上げる。

 そして狂ったように、身じろぎもしないS5の体へ刃を立て続けに浴びせ始めた。

「死ね! 死ね! ふざけるな! お前など!!」

 斧が打ち下ろされるたび、赤い飛沫がツィヴを、床を、マックスを染める。

 観覧席から悲鳴と失望の声が漏れた。

 S5が肉片と化するまで、ツィヴは憑かれたように凶刃を振るい続けた。


 かくして、波乱に満ちたタッグ戦は幕を閉じたのだった。



 ■□■



 明け方、私は疲労困憊の体を引きずるようにして家路についた。

「ただいま」

 扉を開いた瞬間、飛び出してきたのは、

「おっかえりー!」

 包帯と絆創膏まみれの、痛々しい姿のS5だった。闘技場で肉片と化したはずの。

 こんな有様だと言うのに、やたらとテンションは高い。

「……本当に、ウチに来たかっただけなんだ」

「そう言ったじゃん! オレ、ニナちゃんの子になれてマジ嬉しい!」

(子って言うな)

 徹夜で疲れ果てた頭に、彼の放つ陽キャオーラは正直しんどい。

 察してくれたのか、マックスが間に割って入る。

「ニーナは疲れている。今はベッドで休ませてやりたい。S5そこをどけ」

「んじゃ、オレがニナちゃんを部屋まで運ぶわ」

「だめだ。お前はあの場では最高ランクかもしれんが、この家では一番の新人、序列最下位であるとわきまえろ」


 マックスとS5のやり取りから目を逸らし、私は背後に目をやる。そこには満身創痍のディルクを負ぶったヴィンセントと、ヴィンセントに瓜二つな巨熊アルクトテリウム型WBアイザックが並んでいた。

「ゼブロン、ゲイル、テトス。彼らを用意しておいた部屋へ案内して」

 アルマジロドエディクルス型三人組が出て来て、あらかじめ指定してあった部屋へ彼らを誘導する。

「さて……」

 S5を見る。目が合うと彼はこの上なく嬉しそうに笑った。

「オレの部屋は?」

「……あなたを引き取ることは予定になかったから、まだ用意できてないんだよね」

「じゃあオレ、ニナちゃんと同じ部屋でいいや」

 嬉しそうに迫ってくる彼を、再びマックスが止める。

「お前は、俺と同室だ」

「え、嫌なんだけど?」

「ベッドはない。マットと毛布を貸してやるから、しばらくそれを床に敷いて我慢しろ」

「嘘でしょ? オレ、SSランクよ?」

 ぎゃいぎゃい喚いている傷だらけのS5を引きずるようにして、マックスは階段を上がっていく。

「ニーナさん、大丈夫です?」

 イギーが心配そうに顔を覗き込んでくる。

「まずはいつも通り、ひと眠りした方がいいですよね」

「ん……」




 闘技場で私たちがしたことは、S5の死の偽装だった。あの場はそうすることでしか、収まりそうにないと考えたからだ。

 私はイギーに、闘技場の電気系統をどうにかできないかと相談した。元々、あの施設がクモイ社の持ち物だったことを思い出し、ひょっとしたらと思ったのだ。思惑は当たり、彼は照明を自在に操作できると言った。

 次に空を飛べるヒースに、家に戻ってイヴォンの作ったS5そっくり人形を持って来るよう頼んだ。使い方はあの闘技場でやった通りだ。恐怖にかられたツィヴが、あそこまでズタスタにするのは予想外だったけれど。あらかじめ照明を絞ったのは、作り物であるのがバレぬようにするためだった。ただ、予想以上にイヴォンが丁寧な仕事をしてくれていたようで、かなりエグい光景が展開されることとなったが。

 ウォルド、ヴィンセントには、観覧席を見回ってもらった。もしも人を害するWBが出れば、ことが終わった後も新たな問題が発生する。あの場にいるのは、発言力の大きい上流階級の人間ばかりだ。迂闊な真似をすれば、今後WB廃棄論への道が加速するだろう。観客に負傷者が出なかったのは、二人の密かな活躍による。

 そして時が来る。マックスは隙を見てS5へ、私が彼を引き取るつもりだから協力しろと伝える。S5は異議を唱えなかった。

 かくして作戦は実行された。

 ヒースには、人形と入れ替わったS5を一足先に家まで連れて帰ってもらった。空からなら、人に見つかりにくい。ヒース本人は、S5を運ぶのにかなり不服を訴えていたけど。


 作戦としてはかなり雑な出来だ。けれど考える時間など殆どなかったのだから、仕方ない。ひとまずは、S5を死んだことにして引き取る目的は果たせた。そしてトップを潰して見せることで、WBたちの殺気を削ぐことも。

(WBたちにはつらい思いをさせただろうし、これから考えなきゃいけないことは、いっぱいあるけど……)


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